Beast in the City ❖ RE:CONNECTION

貴葵 音々子

Case file 1:ファースト・スターミッション

Act.1 Love Bomb Magic

愛の爆弾(1)

 両手で持てる大きさの箱にもっちゃりと詰まったカラフルなコードと、命のカウントダウンを刻むデジタルタイマー。そして砂時計のようなガラス容器に上下分割して注入されているのは、この【超恒久的共生盟約都市・通称シティ】の至る場所を彩るネオンライトとよく似た、ピンクと水色の魔法薬液。二種が混ざり合うと爆発する、強力な液体爆弾だ。魔法と科学の融合体である【アーティファクト】は今やシティの生活必需品に違いないが、こんな物騒な代物まであるなんて。


 場所は館内電源が破壊された暗いショッピングモール内。全てを吹き飛ばす爆弾のそばに、二つの人影があった。二人ともまだ幼さが残る青少年だが、彼らの左腕には民間治安維持組織である【シティガード】の証――三重円に十字マークの腕章がかかっている。


「赤のコード、二本あるんだけど」

『ああ、タイマーに繋がってる方を、』


 ――パチン。


 ハンズフリーモードにして床に置いた【パクト】(二つ折りの鏡の形をしたアーティファクト)から届く指示を聞き終える前に、迷いのないハサミがコードを切った。 残り十分を切ったタイマーを懐中電灯で照らしていたもう一人が、青い顔でその様子を見守る。


 そもそもなぜ専門職ではない彼らが爆弾処理をしているのかと言うと。ショッピングモールで発生した爆破テロに巻き込まれ、利用客の避難誘導に当たっていたシティガードの二人が色々あった末に取り残されて今に至る。色々の部分はニュース特番で絶賛放送中であろうから割愛する。まぁ、シティでは特別珍しいことではない。連日とは言わないが、この規模の事件はわりと頻繁に起こる。

 とにかく、この状況で最も重要で重大な事実は、建物内に残された若い二人のタイムリミットが刻一刻と迫っているということだ。


「切ったよ」

『お、おぅ……次は黄色の、』

「切った、次」

『青のキャップを、』

「外した、次」


 リモートで家電を組み立てるようにサクサク進んでいるが、これは一つでも手順を誤れば間違いなく即死する威力の時限爆弾である。迷いのない手つきが逆に怖い。安全圏内にいる通信相手も、極度の緊張でおかしくなりそうだった。


「ねぇ、次は?」

『~~~お前よォ! もっとこう、躊躇ちゅうちょとかねぇのか!? フツー恐怖でビビったりするもんだろうが!』

「しない。ドラマの見すぎ。早く、次」

『あーッちくしょう! 指示してるこっちがこえーっつーの! 吹っ飛んでも化けて出るんじゃねぇぞ、マホロ!』


 仲間の投げやりな一言に、それまで黙っていたもう一人が鋭い牙をクワッと露わにする。


「あ゛? マホロが吹っ飛んだら死んでも噛み殺しに行くからな」

『俺様のせいかよ!? つーかガルガ、マホロと代われ! マジで怖くてやってらんねー!』

「代われるモンなら最初から俺がやってるに決まってんだろうが! オオカミに色覚期待してんじゃねぇよ、このヘビ野郎!」

『ア゛アン!? 俺様は誇り高きドラゴンの眷属リザードマンだって何度も言わせんなワンコロ!』

「だから、俺はオオカミだ!!」


 また始まった。

  これまで何度繰り返したか分からない口喧嘩に、ハサミを持った少年――マホロは、木々の薫りや葉擦れの音を彷彿させる緑色の丸い瞳を不機嫌そうに細める。

 十七歳にしては幼く見える小柄な体躯にオーバーサイズの白パーカーとミリタリージャケットを合わせたスタイリングは、遠目で見ればずんぐりむっくりなテディベアのようだった。うなじでチョロンと結ばれた鳶色の髪すら可愛らしい。

 魔力を持たない非力なヒューマの子どもは無条件で庇護欲をそそられるというのが、シティに住まう百の種族たちの共通認識である。成長が他種族に比べて遅く、年齢に対して幼く見えるのも影響しているのだろう。マホロはそんなヒューマのイメージにそのまま足が生えたような容姿をしているが、騒がしい懐中電灯の明かりの下でハサミを持つ瞳が放つプレッシャーは、鋭く重い。


「ガルガ、スネーク。二人ともうるさい」


 水面に落ちた雫のような一声が、一瞬で静けさを取り戻す。

 髪と同じ濃紺色の大きな耳と尻尾をピンと立てて形の良い唇を引き結んだガルガは、さながら躾が行き届いた番犬のよう。いや、彼はれっきとしたウルフ系獣人族である。飼い慣らされた従順な犬と一括りにされるのはどうにもプライドが許さない。が、マホロに対する忠誠心は犬にも負けない自信がある。ガルガにとって、それは誇りですらあった。

 しなやかな筋肉がついた恵まれたスタイルを惜しげもなく見せる細身のスキニーパンツに、腰の位置の高さを強調するショート丈のカーキブルゾン。癖のない前髪からのぞく切れ長のシルバーアイズが意志の強さを物語った。顔のパーツは理想的な位置に収まり、頭の大きさや腕の長さまで全てが完璧なシルエットを形作る。ガルガは触れたら切れる美しいナイフのようだった。歳は十六だが、獣人族は成体になるまでのスピードが早いため、マホロと比べると随分大人っぽい。


 まるで正反対な雰囲気の二人は、自他共に認める『唯一無二の相棒』だ。


「でもなマホロ、頼むからもうちょっと慎重にやってくれ。危なっかしくて見てらんねぇよ」


 ガルガの心情を表すように、懐中電灯の明かりが心許なく揺れる。

 不安と緊張で強張る相棒を、超弩級の肝っ玉を持つマホロは心底不思議そうに見つめ返した。


「慎重にやったら間違えない? 怯えたら助かるの? ガルガって変なこと言うよね」

「変じゃねーしそういう言い方やめろ。俺はお前が何より大切なんだよ、それくらいわかれよ!」


 大きく鋭い牙を剥いて吐き出されたのは、空気を切り裂くような悲痛な怒号。

 ガルガが恐れているのは自分の死ではない。自分が吹っ飛んで死ぬことよりも、マホロが木っ端微塵になってこの世界からいなくなってしまうことの方がずっと怖い。

 だが当の本人は大きな瞳をぱちりと瞬かせ、小首をかしげた。爆弾さえなければ間違いなく絵になるほど可愛らしい。


「ありがとう、そう思ってもらえて嬉しいな」

「……! お、おぅ!」


 純度百二十パーセントの緑の結晶に正面から見つめられ、途端に尻尾が左右に揺れる。まるで見当違いな回答だが、過保護なオオカミの口を塞ぐには十分だった。ガルガがチョロいのは今に始まったことではない。命のタイムリミットが迫っているとは思えない甘ったるい空気がぶわりと広がる。






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


【超恒久的共生盟約都市・通称シティ】

 百年に渡る異種族間戦争の終戦宣言がなされた世界の中心地に作られた、魔法と科学が融合したテクノロジー都市。常時百種以上の種族が暮らしている。

 戦争によって空へ巻き上げられた空中塵エアダストの影響で太陽光が当たらず、永遠の夜が今なお続く。ネオンライトが彩る最先端の街並みは必見。


【シティガード】

 犯罪行為の捜査・解決を保安局から委託されている民間治安維持組織の総称。個人事務所もあれば従業員数千名を超える大企業もあり、シティの一大産業として発展している。裏を返せばそれだけシティで犯罪が多いということ。

 保安局が認めた優良なシティガードにはその功績に応じて星が付与され、オフィシャルシティガードと呼ばれている。


【アーティファクト】

 魔法や特殊能力のある魔物の素材などの超常的な力と科学技術を組み合わせて作られた道具の総称。シティの発展と共に技術が成長し、今なお新たな便利道具が日々作り出されている。中には爆弾や盗聴器など、犯罪に利用される危険なものまで出回っているとか。


【パクト】

 アーティファクトの一種。マジックミラーとボタンを組み合わせた二つ折りの通信装置。個人同士の通信やネット検索ができる。シティでの個人普及率は九割を超える。

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