第2.5章 ヒーローズサマー

第71話 ヒーローと夏祭り 前編

 日が落ちて夕陽がさす時間になっても暑い日。

 本日はアクセル事務所近くで夏祭りが開催されていた。

 浴衣を着た男女で賑わう並木道に、結城、凜音、律、グレースは来ていた。

 車両通行止めがされた道路には露店が並び、焼きそばの焦げたソースの匂いや、ベビーカステラの甘い匂いが漂っている。


「凄い人の数だな」


 今回は特に案件や依頼ではなく、純粋に祭りを楽しみにきたメンバー。

 そのため皆スーツは着ておらず、それぞれ花柄の浴衣姿である。

 モカとバニラ、琉夏の三人は着替えに手間取っており後ほど参加予定。先に到着した4人は出店に目を輝かせる。


「夏祭りとか来たのひっさしぶりだわ」

「私もです」

「ジャパニーズナイトフェスティバル、グレイト!」

「なんだグレースは当たり前として、凜音たちもあまり来てなかったのか?」

「こういうとこは男と来るとこみたいなイメージがあって……」

「友達とかいただろ?」

「ジューシーズの連中と行っても絶対楽しくないし」

「あれは仲間ではなくライバルですよライバル」


 どんよりした雰囲気を出す凜音と律。


「じゃあウチの事務所は良いんだな」

「だってアクセルは人気投票ないし」

「他のメンバーに盗撮されたりしませんし」

「アイドルヒーロー事務所はドロドロしてるな……」


 結城は顔を引きつらせる。

 一行は人の流れに乗り、提灯が揺れる道を歩き始める。


「おじさんたこ焼き2船、お好み焼き2枚」

「あいよー」

「凜音先輩、そんなに炭水化物ばっかりとってたら太りますよ」

「お祭りは熱気に溢れていて、カロリーが蒸発するから実質0カロリー」

「そんなこと言って、後で痛い目見るのは自分ですよ」


 凜音は鰹節が踊るたこ焼きが乗った船を受け取ると、爪楊枝で突き刺し律の口に運ぶ。


「はい、あ~ん」

「はむっ、あつっ」

「グダグダ言いながらも食べるんだから~。ほら一船持ちなさいよ」


 律は唇を尖らせながら船を受け取る。


「人をカロリーの沼に引きずり込むのほんとやめてほしいです」


 そう言いつつも、律ははむっとたこ焼きを頬張る。

 夏祭り初めてのグレースも、チョコバナナ片手にヨーヨー釣りや金魚すくいを見て回る。


「ヘイ、ダッドあれは何かしら?」


 彼女が指差すのはコルク銃で景品を撃ち落とす射的だった。


「あぁ、あの玩具の鉄砲で並んでる景品を撃ち落とすんだ」

「へー、面白そう! やってみマース! ヘイマスターやらせてくだサーイ!」

「あいよ、5発500円ね」


 野球帽を被った中年店主は、どこか含みのある笑みを浮かべている。

 彼女はコルク弾を装填すると、ライフル型鉄砲のストックを肩に押し当て、正しい姿勢で構える。

 アクセルのメンバーが、後ろでグレースの様子を見守る。


「あのクマを狙うわ」


 彼女が狙うのは高さ25センチほどの縫いぐるみ。初心者には難易度が高そうだが、グレースは銃の扱いには長けている。

 目を細めながらクマちゃんに狙いを定めると、引き金に指をかける。

 集中して景品を狙うその姿は、まるで一流のスナイパーのようだ。

 ポンっと軽い音をたててコルク弾が発射されるも、彼女の狙いからはそれ、クマの右頬をかすっていく。


「惜しい」

「NO、銃身が曲がってるわ」

「まぁ玩具の銃だしな、精度は期待するな」

「修正しマース」


 しかしながら二発目も外れ。


「ガッデーム! このコルクもガタガタで、真っすぐ飛びまセーン!」

「あたしもやってみよ」

「私もやります」


 後ろで見ていた凜音と律も参戦、三人でポンポンとコルク弾を発射するが一向に当たらない。

 見かねた結城が、打ち方を教える。


「もっと近づきゃいいんだよ。こうやってビリヤード打つみたいに」


 結城はグレースの銃を持つと、眼の前のテーブルから身を乗り出し、銃口を景品の至近距離まで近づける。


「OH、そんなに接近していいデスか?」

「お祭り打ちって奴だ」


 グレースは自身の胸をクッションにしてテーブルから身を乗り出すと、至近距離からコルク弾を発射する。

 しかしぬいぐるみは、そよ風に吹かれたかのようにピクリとも動かなかった。


「NO! 当たったのに!」

「重い奴は落ちにくいからな」


 凜音と律も結城の打ち方を見習い、胸をテーブルに乗せ腕を伸ばして射的を行う。

 凜音に至っては片足を下品に上げテーブルに膝を乗せている。

 3人共命中率は上がったものの、景品はびくともしない。

 その様子を、店主はニヤついた瞳で眺めていた。


(ぐふふ馬鹿め、高い景品は軒並み台に固定してあるんだよ。オレは祭りに楽しむガキと、バカなカップルに無駄金を使わせるのが大好きなのさ)


「ガッデ~ム! マスターリロードデース!」

「あいよ~」


(ぐふふ、バカな外国人め。祭りとは弱肉強食。弱いやつは食い物にされる、そこに国境はない。ムキになって浴衣もはだけちゃって、胸の谷間が見えてるぜ)


 既に4皿目のグレースと「これ景品が台に固定されてるのでは?」と気付き始めた凜音と律。


「ねぇパパ、これもしかしてインチキじゃない?」

「そんなまさか、今日日こんなところで堂々とズルするわけないって」


 結城は俺もやってみようと、店主にお金を払い皿を受け取る。

 店主は無駄無駄、いくらエイムが良かろうが透明なL字のプラスチック板で支えられてるんだから、絶対に落ちないと勝ち誇る。

 結城がテーブルに腕をついたとき、彼のジャケットの隙間からチラリと拳銃が覗く。


「ん?」


 店主は見間違いか? と注意深く観察していると、その視線に気づいた結城が向き直る。


「どうかしました?」

「いや、今お客さんの脇に何か見えたような気がして」

「あぁこれですか?」


 結城はホルスターに収まったシルバーメタルの拳銃、357マグナムを見せる。


「けん、銃?」

「驚かなくて大丈夫ですよ、我々ヒーローですので」


 店主は(あれ? そういえばこの男と少女たちテレビで見たことあるかも)と気づく。


「もしかして普段は学生服を着てるチームのヒーローかい?」

「そうなんですよ、アクセルっていう事務所なんですけどね」

「あー……最近ちょいちょい見るねぇ」

「ありがとうございます」


 店主はまずい、ヒーローにイカサマ仕掛けてしまったと心臓がバクバク鼓動を打つ。


「ちなみにそれは実弾が入ってるんですかねぇ?」

「勿論、いついかなるときも市民を守れるようにしています。大丈夫ですよ、悪人にしか使いませんので」


 店主は悪人には使うんだぁっと、冷や汗がとまらない。


「随分といかつい銃だね兄さん」

「ええ、スイカくらいなら吹っ飛ばせますよ」

「あぁそぉ……人間の頭も吹っ飛ばせそうだね」


 店主は何食わぬ顔で景品の後ろに回ると、景品を固定しているプラスチック板を抜いていく。


「さ、サービスで落としやすくしておいたんで」

「優しいですね」

「なーに、祭りを楽しんでもらわないとね。お姉ちゃんたち、その鉄砲やめてこっち使いな」


 店主は店の奥から、いかついエアガンを3丁取り出してくる。


「これは……」

「M16アサルトライフルだよ」


 凜音、律、グレースが銃を受け取ると、再び景品に狙いをつける。

 三人が同時にトリガーを引くと、凄まじい弾速のBB弾が発射され、景品が片っ端から吹っ飛んでいく。

 結城達は景品を大量乱獲。ほぼ閉店まで追い込む。


「すみません、こんなにとってしまいまして。弾もほとんど無制限で撃たせてもらって」

「いやいや、店じまいしようと思ってたんでね」

「えっ、祭りは始まったところですよ?」

「いやぁ、悪いことはしちゃいけねぇって思ってね」

「?」


 獲得した景品が入った紙袋を受け取ると、グレースはクマのぬいぐるみを取り出し胸に抱く。


「キュートベア~♡」

「アサルトライフルで撃ち放題なんて、優良店だったな」

「絶対パパの銃見たからですよ」

「ビビってイカサマやめたよね」

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