第31話 実技
「来週から実技に移ります」
俺のダンジョンについての講義も日程の半分を終えた。
最後の課題であるダンジョン攻略に向けて次の講義から実技に移る。
実技といってもダンジョンに行くわけではない。
学園の設備でできることをするだけだ。
すでに施設の使用許可もとってある。
「そして実技では、パーティーとしての動きを学んでもらいます」
ダンジョン内ではパーティーを形成して動く。
冒険者の経験があれば、パーティーとしての動きにも慣れているが、ここにいるほとんどは経験がないはずだ。
個人としての能力は高いものが多いが、それだけでダンジョンを攻略できるほど優しいものではない。
しっかりと動きを学習してもらおう。
「そしてそのパーティーですが、最終課題に挑むパーティになるので、それぞれ真剣に取り組んでくださいね」
生徒たちがざわつく。
「すでに編成はこちらで作ってあります。それを今から発表しますので、コミュニュケーションを来週までにとっておいてください」
いきなり初対面の人と連携をとることは難しい。
同じ授業の仲間でも、まだまだ話したことのない人物も多いはずだ。
パーティーと交流を積極的にしてほしい。
俺は事前に考えていた編成を発表した。
二十人を五人パーティ四つに分けた。
リーダーは前から決めていたように、ジルコ、テルル、セイム、アメリアだ。
成績などの影響もあり、誰からも反論は上がらなかった。
来週からの実技ではこのパーティーで行動してもらうことになる。
俺もより良い講義になるように準備を進めておく必要がある。
---
一週間はあっという間に過ぎた。
いよいよ実技の講義に入る。
俺の正体に気がついているのはテルルだけだが、実技を教えるとなるとアメリア様にもバレる可能性がある。
それはなるべく避けたい。
俺は講師ネオンとしてこの場所に立ち続けたい。
だから助っ人を呼ぶことにしたのだ。
「彼らは実技の講義を補助してくれる現役の冒険者です。僕が見切れない人たちを担当してもらいます」
俺は彼らに協力をお願いした。
「ネオン先生には前にお世話になったことがあってな。その恩返しという形で協力させてもらうことになった。俺はこのパーティーのリーダーのクロムだ」
「私はルチルよ!」
「私はペトラです」
「僕はコランです」
俺がお願いしたのは前に共にダンジョン攻略をしたクロムたちだ。
彼らはあの後自分たちだけでダンジョンを攻略してCランクに上がっている。
それからもダンジョン攻略に力を入れているようだ。
俺は彼らに依頼という形で協力をお願いした。
彼らは快く依頼を受けてくれた、それも格安で。
俺は懐事情が残念なことにならなくて安心した。
そんな彼らには、俺の事情は話してある。
間違ってもネルクの名前で呼ばないように、練習も積んでもらった。
「それではみなさん、指定の場所へ移動してください」
実技の講義の回数は4回だ。
俺はこの4回で全てのパーティーを見れるように、毎回担当を変えるようにした。
今回俺が担当するのは、テルルのパーティーだ。
クロムがアメリアを、ルチルがジルコを、そしてコランとペトラでセイムのパーティーを担当する。
「今日は僕がこのパーティーを担当します」
テルルのパーティーは、魔法職二人と剣士三人の構成だ。
今回はそれぞれのパーティの役職配役を異なるものにしている。
その方が生徒たちの力を伸ばせると考えたからだ。
「この中でパーティーを組んで動いたことがある人はいますか?」
「はい」
テルルだけが手をあげる。
テルルは両親が冒険者のため、他の人より経験値が多いのだろう。
「じゃあテルルに質問をします。パーティーで動く時に大切なことは何か分かりますか?」
「明確な役割分担です」
「その通りです。複数人で動くパーティで一人一人が別の動きをしてしまうと、一気に崩れてしまいます。では、このパーティーの役割分担を考えてみましょう」
俺の指示に従って五人は話し合いを始めた。
俺はこのパーティーに少しの不安を感じていた。
理由はテルルが平民であるということだ。
実は彼のパーティの残りのメンバーは全員貴族様なのだ。
そんなパーティーのリーダーをするのが平民というのは、纏まらなくなる恐れもあると考えていた。
だがそんな心配は無用だった。
全員がテルルの実力を認め、彼の意見を積極的に聞いていた。
これはテルルの人徳が会ったからできたことだろう。
「先生、決まりました!」
そんなことを考えながらテルルたちの会話を見ていたら、あっという間に話をまとめ終えてしまった。
「このパーティは魔法使いが二人いるので、それを最大限に生かそうと思います。まず前衛は僕が一人で担当します。そして魔法使い一人一人に剣士をつけ動きます」
「テルルの負担が大きくないですか?」
「確かに前衛一人と考えると、バランスが悪いように見えます。ですが、魔法使いに剣士をつけることで普通の魔法使いの立ち回りより多くのヘイトを請け負ってもらうことができるようにしました」
講義ではパーティーの基本は前衛、中衛、後衛に分かれると教えてある。
だがそれはあくまで基本だ。
その方に当てはまらなくても強いパーティも多くいる。
テルルは卓上の理論ではなく、実戦を見据えて役割分担ができている。
「しっかりと考えられていますね。ただ特殊な形なので、他のパーティーよりもしっかりとした連携が求められます。なので、さっそく実戦と行きましょう」
「「はい!」」
---
「僕を魔物だと思って全員で連携して動いてみてください。剣士は木刀を、魔法使いは詠唱のみでお願いします」
彼らが本気で攻撃してきたら俺なんて相手にならないだろう。
だから手加減をしてもらう。
「先生なら真剣でもさばけるでしょ?」
「何を言っているのか分かりませんよ」
テルルが意地悪そうな顔で突っかかってくるが無視だ。
全員が配置についたのを確認して俺も構える。
構えるといっても手に剣を持っているわけではない。
「先生、それは一体なんですか……」
「何って、コボルトの真似ですよ」
生徒たちからは怪しいものを見るような、いや、あれは残念なものを見る目だ。
せっかく恥を捨ててこんな構をしているのに……
「あなたたちが挑むダンジョンはコボルトやゴブリンが出てきます。なので早めに動きに慣れてくださいね!」
俺は合図もせずにテルルに向かって動き出した。
「えっ!?」
不意をつかれたテルルの剣はとても単純な動きだった。
俺はそれをワンステップで躱して肩を叩いた。
「ダンジョンで気を抜いてはいけませんよ」
俺は再び距離をとった。
「全員、先生を絶対に倒しますよ!」
「「おぉーー!!」」
---
その後は講義の終わりまで俺は魔物として動き続けた。
最初の頃はまとまっていなかった動きも、回数を重ねるうちにどんどん洗礼されていった。
何よりテルルの指示がいい。
彼女は剣士としての実力もあるが、それ以上に視野の広さが際立っている。
前衛を務めながら、全員に指示を飛ばしている。
まだまだミスも多いが、全員が彼女の指示を信じて動いている。
最初の実技と考えれば最高の出来だろう。
「先生、やっぱり強いですね……」
結局最後まで俺にまともに攻撃できなかった彼らから声がもれる。
「魔法が詠唱だけですからね。実際に発動していたら何度かやられていましたよ」
やはり詠唱だけでは完成系のイメージをするのが難しいだろう。
何かいい方法を考えてあげたい……
そんな風に次の講義のことを考えていたところに、一人の男が声をかけてきた。
「ネオン、今日はこれでおしまいか?」
「あぁ、本当に助かった。次もよろしくな、クロ……ム?」
俺はクロムの声に顔を上げたが、言葉を失った。
目の前にはいたのは、おそらくクロムであろう人物だったからだ。
彼の顔は土ですごく汚れ、全体的にボロボロしていた。
「おまえ、それどうした?」
「猛獣に襲われた」
俺は彼の目線を追ってその理由に納得した。
「あの嬢ちゃんヤバいな。学園ってのはあんなのばっかなのか?調子に乗って指導してたら痛い目にあったぜ……」
「彼女は少し特別ですから……次はこんな風にはならないと思うので」
「おぉ、そうか」
俺は自信に満ちた表情をしているアメリア様を見ながらクロムの肩を叩いた。
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