その名前はリリィ

シカクイホシ

0話 悪くない人生

選択はいつだって一つ。

人生には沢山の選択肢があるというが、それは恵まれている人間が言える事で、何も持たない人間はそもそも選ぶなんて事は出来ない。

目の前には誰かに引かれたレール。歩きたく無くても、生きるにはそれに沿って歩くしかない。

じゃあ、降りて仕舞えば良いなんて言うけれど、そうなった時は列車と一緒で脱線して歯車だけが周り続けるただの使えない物になる。

だから、もう自分の人生はこのレールしかない。


「だから、リリィ」







ここは帝都。広々とした土地と、沢山の人々と様々な建物が建っている発展した街。

その中心には西の国を治める王が住む広大な城がある。城中には帝国が率いる騎士団があった。

そんなある日、帝都を守る騎士団に事件が起きた。


「イナミ隊長っ!」


城の中、俺の名前呼んで廊下の奥から走ってくるのは、隊員の部下二人。

だいぶ焦っていたようで、俺の元に着いた時には口で息を吸い、肩を上下させていた。


「どうした」

「魔物の数が多すぎて壁を越えそうです。どうにか、残っている部隊で抑えているのですが、町に到達するのも時間の問題かと」

「やはり、状況は芳しくないか……分かった、すぐに行く。お前たちもすぐに戻れ」

『はいっ!』


一人はすぐに同じ道を辿って駆けていく。もう一人は残り何かを言いたげに唇を動かした。


「イナミ隊長……」

「どうした?君も早く行け」


そう言っても動き気はなく、さらには俺の腕を掴んで引き留めた。

その行動に少々驚いた。この部下は優秀であり、賢明であり、こういう時は感情で動くタイプではないと思っていたからだ。

あまりの不自然な行動に俺は歩みを止める。


「なんだ」

「あの……なんだかこの魔物達の襲撃に違和感があります。誰かの意思を感じるというか、仕組まれたような気がしてならないんです」

「……」


俺も考えていたことだ。元々は集落に周りにいる数匹の魔物を追い払って欲しいとの小さな依頼。

しかし、現状は沢山の魔物が集落を襲撃した。簡単な依頼だと少人数の部隊もあって、あまりの魔物数に処理が追いついていない。

魔物は個々が思う意思で行動すると言われているが、今回はまるで作戦を立てたかのような動きに部隊を更に翻弄させていた。

予期していない大きな事態に、騎士団の中も同じ情報が交錯するほど少々混乱させている。

そこに、誰かの意思を感じないわけなかった。


「分かっている、だが今は集落にいる命が優先事項だ。だから、感じている違和感や犯人探しは後回しだ」

「……はい」

「早く行ってこい。私も出来るだけ仲間を引き連れていく」


先ほどの部下と同じように向かわせた。

俺も部下と同じように現場に駆けつけるため、隊長室に向かう。

机の上にはまだやり残した書類が山のように積まれている。まだまだ、やることは沢山あるというのに緊急事態とは。

さて、自分の剣はどこにやったのだろうか。


「隊長……」


開けたままの扉、後ろから囁くような呼び声が聞こえた。後ろを振り向かずとも、自分が持っている部下だとすぐに分かった。

ここにまだ残っているとなれば、連絡がまだ行き届いていなかったのか。こういう緊急事態に、すぐに伝わるよう連絡網の改善をしないとな。

そう考えつつ、同時に剣を探しながら部下に答えた。


「まだ、いたのか。連絡はしたと思うが、緊急事態だ。数多くの魔物が集落を襲撃した。急いでお前もっ……」


ゴボッと思わず唾を吐くような咳が出た。


今になって風邪を患ったのかと思ったら、紙には数滴の血が落ちていた。

一瞬、理解できない状況。


何故だ、腹が痛い。


訳もわからず腹に手を当てて見れば、ぬるりとした液体の感触と刃のような鋭利な物に触れる。

下を見れば、沢山の血が腹から足に落ち、腹には剣が突き刺さっていた。


途端に足に力が抜け、踏ん張ろうと必死に机を掴もうとしたが血で手が滑り積まれた紙を部屋中に散らかしただけだった。

それでも机を背にして座ることは出来た。立ちあがろうと手をついたが頭がボーッとして力が入らない。


なんだ、毒か?というか、この散らかった書類どうする。面倒だ、誰が集めんだよ、これ。


腹に刺さった短剣はいつのまにか目の前に落ちていた。その剣を自分の赤で銀色が染められていくのをただ見ているしか出来ない。


「ひっ」


喉を引きつくような悲鳴。自分が刺したというのに真っ青な顔して真っ赤な手を震えさせていた。

怯えるくらいならやらなければ良いのに。


「アンタのっせいだからなっ」


扉に血の手跡を残し、部下は扉の向こうに姿を消した。


どうしよう、まだやり残したが仕事あるし。襲われた集落が気になるが、手で押さえても止まらない血。

もう一度血を吐き出して理解する。黒々とした塊の血、残念ながら俺は見届けることは出来ないらしい。


所詮、俺の最後はこんなものかと。


「イナミ隊長……すみませんがまだ気になってっ」


扉の向こうから顔をひょっこり出したのは、先ほど様子がおかしいと申し出た部下だった。

当然、俺を見るなり目をまん丸とさせる部下は、慌てて駆けつけて来ては、手で血を止めようとする。


「なんでっどうしてこんなことに!イナミ隊長、俺の声わかりますか」


聞こえているが、返事が出来ない。目だけは配ることは出来たが、どんどんと力が抜けていく感覚は毒が全身に回ってきていると実感させる。

返事のない俺に、焦った部下は俺の足と体に手を回し抱えた。

重たい俺を抱えて廊下を走る部下は必死に人を呼ぶ。


「誰かっ!救護できる方いませんか!」


かけずり回る部下に答える者はいない。今日に限って、今日だからこそ、外の魔物で手を焼いている忙しい今、ここを通る人はいない。


「お願いです返事をっ、お願いですからイナミ隊長、死なないでくださいっ」


懇願されても無理なものは無理だ。それに救護班を呼んだところでこの怪我では到底助からない。だから、死んでいくものは置いて、任務につけと言いたいがブラブラと揺れる腕。指先すら動かせない。


「誰かっ!誰でも良いからお願いします」


こいつは喉が枯れるまで呼び続けるつもりなのか。このまま城内を足が疲れるまで回る気なのか。まったく、戦いにいくというのに無駄な体力をつかうのはやめて欲しい。


「イナミ……隊長」


もういいって。


「……レオン……ハルト」

「っ……!」

「……おろせ」


目から溢れてくる涙が部下の顔に伝い、俺の頬に落ちてくる。

先輩からいじめられても泣かなかったくせに。


「嫌ですっ」

「無理だ」

「無理じゃない、アンタを絶対助ける」

「ハル……」

「……」


余計に涙腺が止まらなくなったようだ。

でも、悪くないな。こんなにもコイツに好かれていたとは思わなかったし、俺のために涙を流して奮闘してくるのは何より嬉しいし変えがたい。心が満たされるような、いい気分になったのは久しぶりだ。

最後にしては悪く無いな。


「ハル……ありがとう……」

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