第28話 幅舞岬の定

「あれ、やってみたいです」


 1ヶ月ぶりに目が覚めた幅舞岬は、テレビに指差した。

 それを見た医者は、苦笑いを浮かべる。


「魔法ですか。あれは魔力適性がないと使用できません。幅舞さんには魔力適性があるかないか次第ですね」


 医師の答えはそれであった。

 決して子供に対しての口調ではないが、幅舞岬の纏う覇気により、なぜか不可抗力的に大人として接触してしまっていた。


「そう。じゃあ、今からボクの魔力適性を測って」


「それは、無理かもしれな──」


「金ならいくらでも出すから」


 その答えを聞いた医者は、馬鹿ではなかった。

 すぐさま緊急的に設置されたダンジョンセンターに連絡し、魔力適性を測定する機器を取り寄せた。

 やや金はかかったが、幅舞岬から渡された金に比べれば小さな金である。


 取り寄せられた魔力測定器は、魔力に反応する物質を内部に包容しており、それに対象の血を入れることで生じる反応を見てその人間の魔力適性を検査する物だった。


「チクっとしますよー」


 注射針を幅舞岬の腕に刺し、血を抜き取る。

 そしてそれを機器に入れ、検査。


 結果は超高適性であった。

 今まで測定された総ての人間の中で、上位の魔力量だ。

 すぐさま医師はダンジョンセンターの方へ連絡する。

 なにせ魔力量が多い人間は貴重だ。

 ここで捨て置くには勿体なさすぎる。

 それに、これからダンジョンはとても大きな影響力を持つようになるだろう。

 だからこそ今ここでダンジョン側に恩を売っておくべきだった。

 故に、医師はダンジョンセンターに幅舞岬の結果を伝える。


 帰ってきた答えは、今すぐこちらへ寄越せという物だった。

 反抗することに意味などなかったため、すぐにダンジョンセンターの方へ幅舞岬を押しやる。

 当の本人は、魔法に興味津々のようで、全く抵抗しなかったのは医師にとって僥倖だった。



▼△▼△


 

 それから数年後、幅舞岬は魔力学を学び、習得していた。

 なんならダンジョン出現から現れた未発達の分野であったため彼女の研究が全く新しいものであるという事もしばしば。

 そんな彼女であったが、魔力学の習得により卓越した魔法技術を獲得した。

 

 ──魔法とは、魔力を持って世界を歪める物。

 世界を歪めるとだけあって、習得までにかなりの時間を要してしまったが、それでも一般人がそれを完全に理解し、新たな魔法を開発できるようになるまで莫大な時間を要する事には変わらない。

 幅舞岬はやはり天才であった。


 とまあ、そんなこんなで彼女は自身の魔法を獲得するに至った。



▽▲▽▲



 魔法研究に明け暮れ、魔物を殺す毎日。

 そんな毎日が続いていたある日、彼女はダンジョン配信に出会う。


 動画配信サイトにて、冒険者がカメラを持ってダンジョン攻略を行なっていたのだ。

 別に、その動画自体には特に興味は湧かなかったが、そのコメント欄を見て彼女は興味を抱く。

 そこには、動画主に対しての賞賛の言葉や尊敬の言葉が並んでいた。

 

 これこそが自分の求めているものなのでは?


 何となく彼女はそんなことを思った。

 価値がなければ存在する理由など無い。そんな考えを持つ彼女であったからこそ、その考えは承認欲求という泥沼にハマってしまったのだ。



「どうも、皆さん、こんにちは?」


:おは

:可愛い


 初めての配信。

 彼女はぎこちない笑顔を浮かべていた。

 普段から笑うような人間では無かったからこそ、やや奇妙なものになっていた。

 だが、それでも見るものの心を掴む物があったのは言うまでもない。


 

▽▲△▼


 思春期も後半にさしかかり、胸も膨らみ終えた頃、彼女は配信業にどハマりしていた。

 なにせ、目に見える形で皆が称賛してくれるのだ。

 咳をするだけで皆が可愛いと褒めてくれるし、魔物を殺せば強いと称えられる。

 

 価値に重きを置く彼女は、既にもう戻れなくなるほど配信に依存していた。

 他者のコメントに気を遣い、他者の目を気にするようになっていた。

 

 今まで他人が何だとか全く気にならず、特に服など気も使わなかったが、この頃にはファッションに気を払うように。


 それは、幼少期の歪な成長による反動なのかもしれない。

 だが、それでも彼女にとっては危うい幸せであったから良かったのかもしれない。


 そんなこんなで配信業を続けて数年、ついに彼女は偉業を成し遂げる。

 そう、A-1の8層を攻略したのだ。

 世界で最も凶悪なダンジョンであるA-1の当時の最下層を攻略した事により、世間では彼女の話題で満ち溢れた。

 当の彼女は、周りの絶え間ない称賛とこの上ない価値の認定により絶頂にも似た感覚を覚えていた。


 この世界ではたった一人だけがこの偉業を成し遂げられる。

 

 ──そして、それに自分が成った。


 想像に難しくない快楽だ。



▼△▼△



 だが、そんな快楽もすぐに恐怖へと変わる。

 勝者が敗北に怯えるように、彼女もまたその記録が抜かされることに、視聴者に飽きられる事に怯えるようになる。


 毎日毎日毎日、脳裏に恐怖がこびり付く。

 五月蝿い恐怖の囁きが脳裏に響く。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!!」


 

 うずくまり、ノイズが晴れる事を祈る。

 だが、常に悪魔の囁きは終わってくれなかった。

 

 今日の配信が終わっても、明日の配信がある。

 飽きられたら死ぬ。

 そんな恐怖でいつしか不眠症に陥っていた。


 どうか、明日が来ないでくれ。

 寝て起きたら、この地獄から解放されていてくれ。


 願っても願ってもそれが現実になる事はなかった。

 必ず日は登り明日が来る。

 そのたびに心の底から絶望した。


 そして、そんな地獄が数年と続いたある日、ついに彼女が恐れていたものが現実となる。

 彼女の記録が破られたのだ。



「うッ、おえぇぇぇっ!」



 胃の底から何か黄色いものが湧き上がってくる。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い


 

「たった一人しか笑えない世界で、ボクはどうやって笑えばいいんだよ・・・・・・」


 

 そんな言葉が涙と共に零れ落ちる。

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