32 改めての理解――相互理解って大事だけど、難しいよね

 私・八重垣やえがき紫苑しおん堅砂かたすなくんを、クラスメートとして、手を組んだ者同士として、信頼しているつもりだった。良いヒトだと思っていた。

 だと言うのに、その発想が――彼が困っていれば力になりたいと私が思うように、彼もそうである事――ちゃんと出来なかった。浮かんでいなかった。


 あの時、私は――彼を信じていなかった、のだろうか。

 そんな、そんなつもりはなかったのに。


 私は自分自身は信じられないけど、信じたい誰かは信じられると思っていたのに。

  

「それ、は――」

「――いや、その、悪い。悪かった」


 私の表情を見て、堅砂くんは上がっていた声のトーンを少し抑えた。

 そして気まずそうな表情で、床を見据えながら言葉を続けた。


「俺の普段の態度から、そう思えなかった部分の方が多かったんだろう。

 当然だな。

 確かに、基本的に俺は誰かに関わろうとも、必要以上にお節介を焼こうともしなかった。自分優先の言葉ばかりだった。

 こんな時にだけ、俺は全部が全部我関せずのつもりはなかった、なんて主張、通るわけがない」

「そ、それは、違うよ――!

 それに、そんなこと言うなら私だって、いつも気味が悪いから、信じてもらえなくても当然で、だからつい周囲と距離を取りがちというか……」


 だから、さっきも――その思考のままで、つい自分勝手に動いてしまった。

 それを周囲がどう受け取るのかを考えもしないで。

 堅砂くんの気持ちを心の何処かで悪い意味で決めつけていた……のかもしれない。

 そんな私に謝ってもらう資格はない、と慌てて声を上げる。


「まあ、時々気味が悪い表情になっているのは確かにそうだが」


 その部分についてはしっかり突っ込む堅砂くん。

 いや、うん、ごもっともなので何も言い返せませんね、ええ。


「だが、即座に謝罪する君とは違い、俺が信用を損ねていた事実に違いはない。

 俺とした事が、思った以上に悪い意味で感情的になっていたな。

 ――八重垣。

 君が俺を信じようと思ってくれた事は、手を組んだ時に理解している。

 なのに、俺は――斜に構えた態度を続けてたんだ。

 だから、君が悪かったんじゃない。

 相互理解を怠った、俺に責任があった」

「そ、それは――それは、私もそうだよ……!

 あの時、堅砂くんの言葉を、決めつけちゃってた――!

 私は、私一人で戦えばいいって、そう思い込んでた――」


 暫し、私達は言葉を失った。

 言葉を交わす事で、私達は自分達の見えていなかった事が見えて――だからこそ、方向を見失っていた。


 私は、堅砂くんに謝りたかった。

 堅砂くんは、私に少し怒っていた。

 

 最初に考えていた事の先にあった『仲直り』にどう辿り着けばいいのか分からないがゆえの沈黙だった。

 うう、申し訳ないなぁ……。

  

「――――仕方ないな」


 そんな沈黙を破ったのは、堅砂くんだった。

 彼は渋面を改めて表情に浮かべた上で、つまらなさそうにいつものように言った。


「こうして無駄に沈黙をするのは時間の浪費だ。どちらも悪かったで両成敗にしよう」

「え?! いや、それは――」

「両成敗だ。それで全部チャラにする。

 そんな泣きそうな顔をされたままだと手を組んでる俺の気が休まらないだろ。

 あの子に――レーラに何を言われるやら、だしな。

 だから、いいな?」

「でも――」

「い・い・な? 俺は、許すって言ってるんだからな?」

「ひゃ、ひゃいはい!」


 慌てて返事した者の、正直私自身完全には納得できなかった。

 私に非があるとしか私には思えなかったからです、はい。

 でも、堅砂くんもきっと、私とは違う理由で同じように自分に非があると考えているんだろうと思う。


 だけど、それについて互いに強引に押し付け合えば、千日手、永遠に話は終わらなさそうだ。


 だからあえて堅砂くんが強引に結論を押し付けてくれた――私には、それが出来ないと正しい判断をしてくれた。


 ……優しいなぁ堅砂くん。

 うん、改めて良い人なんだなって、分かった。すごく――私とは違って。


 私は、どうしようもなく陰キャだ。

 心の何処かで、堅砂くんに嫌われたくないと思っていた。ほんの少しでも親しくなれたと、友達になれたかも、と感じていたから。

 だからこそ、私だけが悪いと思い、両成敗どっちもわるいを口に出来なかった。

 それこそ自分勝手だと頭と心の片隅で理解していながら。


「―――――う、ん。分かった、よ」


 だから私は、強引に頷く事にした。

 自分勝手な自分自身に蓋をする為に、それが一番いいと考えて。

 多分、そこまで考えた上で堅砂くんは言ってくれたんだと思うから。


 でも、そんな自分に嫌気がさして、私は思わず俯いてしまう。


「ああ、ただ、これだけは覚えておいてくれ」


 そうして視線を泳がせる私に、堅砂くんはうんざりとした口調で言った。


「次似たような事があったら、俺も一緒に行く。俺は――そんなに薄情じゃないからな。

 逆に俺が行く時は――八重垣も来てくれるんだろ?

 俺達は手を組んでるんだからな」


 言葉こそぶっきらぼうだったけど、そこに込められていた彼の気持ちは……間違いなく、紛れもなく、あたたかかった。

 ――その確信を、私は忘れないようにしよう。今日の自分勝手を繰り返さない為に。

 

「――っ! うん、勿論!! その時は一緒に行くよ……!」


 そんな想いで、私は力強く、精一杯の誠意を込めて頷いた。

 可能な限り、彼の気持ちに添う事が出来るように。


「いや、無駄に力強く返答しなくていい。うるさいし恥ずかしい」

「はい、すみません、気を付けます――私はダメな女です、ううう……」


 こういう所がまだまだ自分勝手なんだろうな、と反省する私です、はい。

 やはり、これは何かお詫びするべきではないでしょうか。

 そう思った私は、思いきって言ってみた。  


「か、かかか、堅砂くん!」

「いきなり大声出して、どうした?」

「あの、その、今回の、というかこれまでの、というか色々迷惑というか不快というか、私という存在についての……」

「……その調子だと本題になるまでかかりそうだな。簡潔に言ってくれ」

「うひゅっ!? そ、そうだね。

 えっと、た、端的に申しますと、感謝とお詫びをしたくて、堅砂くんに。

 だから何か、やってほしい事とかあるかな……や、やや、やっぱり、靴舐めとかします?」

「やっぱりってなんだ。

 だから前から言ってるが、それはいいって。

 というか、それどっちにとっても衛生的じゃないだろ」


 至極当然なツッコミでございます、はい。


「それにそもそも感謝と詫びは必要ない……」

「――」

「……と言いたい所だが、それだと君の気持ちが落ち着かないようだな」

 

 私がプルプルと震えながら投げかけて来る視線を受け取ってくれつつ、堅砂くんは手で顔を隠すようにしながら、眼鏡を押し上げた。

 そうして暫し思考を巡らせ――やがて、思いもよらない事を口にした。


「じゃあ、今度一緒に服を買いに行こう」

「ふ、服を? 堅砂くんの?」

「君のだ」

「ええっ?! ど、どうして?」


 何故それがお詫びとかになるのか分からずに尋ねる。

 すると堅砂くんは私の全身を眺め、小さく息を吐いた。


「少し前から言おうと思っていたが……君はもっと自分に適した服を選ぶべきだ。

 そうすればもっと魅力も増して、自分に自信も持てるだろうに――勿体ない。

 俺はそういうのが我慢ならないんだ。

 だから俺の我が儘で君をコーディネートする――もっとも、細かい事は専門家に任せるが。

 ということでどうだ?」


 う、ううーん……それでいいのかなぁ。

 ああ、でも、私のセンスがダメダメで、このままだと一緒に行動する堅砂くんに恥をかかせないとも限らない、のかも?

 だとすると、お詫びにはなる……のかもしれないなぁ、うん。


「……ダメか?」

「う、ううん。堅砂くんが――それでよければ。あ……で、ででで、でも、あんまり露出が高いのはちょっと」

「誰もそんな服着せるって言ってないだろ……やはり君は根本から破廉恥なのでは?」

「えええっ!? そ、そんな事はないと思いますですよ?!」


 ――ちなみに。

 少し前に馬車は目的地に到着、停まっておりました。


 それでもあえて声を掛けずにいてくれた神官さんと御者さん、大人お二人の優しさに、私はただただ感謝と尊敬を深めました。

 私もそういう大人になりたいです……今のままじゃ滅茶苦茶に遠く険しい道な気がしますけどね、ええ。


 なんにせよ、仲直りは出来たからよかったよかった、と思わず顔が綻ぶ私でした。




「――普段から、そういう笑顔だといいんだけどな」

「?? 堅砂くん、何か言った?」

「別に」

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