29 奮闘の果ての絶体絶命――あれ、これマジでヤバいです?

「ふぅ……」


 痛みに脂汗を流しつつ、やせ我慢的にグルルル……と歯を剥き出しに笑いながら私・八重垣やえがき紫苑しおんは呼吸を整える。

 太腿に刺さったナイフは当たり所は良かったみたいだ。

 今のところ、出血はそうでもないので助かってます。

 だけど、抜けばどうなるのか分からないので痛みはあれど今はこのままで。


 後は毒が塗られている可能性だけど――少なくとも即効性ではない様子。

 ステータスを開いて確認したいけれど、その隙を突かれそうで迂闊に出来ずにいる。

 そういう事もあって、なるべく早くに決着を付けたいんだけど。


「今の私の目的は、時間稼ぎなんだよね、うん」


 意識をはっきり定める為、自分の鼓舞の為にあえて独り言を呟く。


 正直恐怖がないと言えば嘘になりますね、ww。

 今まではスカード師匠や堅砂かたすなくんが一緒にいてくれたからこそ、という所は正直大きい。

 思っていたよりずっと二人を頼りにしていたのだと今更に気付く。

 本当に人は一人で生きてはいけないんだなあといつも思うように、今も痛感します。


 だけど、頼るわけにはいかない時もあるよね。

 ――今は私だけで踏ん張る時だ。


 まぁ、それはそれとして。


「できれば、このままにらみ合いが続いている内に援軍が、っていうのが一番助かるんだけどなぁ――」


 そう呟いた瞬間、七人のゴブリンが一気に動き出した。


「そりゃあ、そうだよね!」


 私に向かって殺到してくるゴブリン達――まずは囲いから出なければと、強化している脚力で大きく跳躍する。

 と、そこに目掛けて即座に斧が、まるで追いかけてくるかのようなタイミングで投げ放たれた。


 だけど。


「――そう来ると思ってましたぁっ!」


 私は空中で魔力の塊による足場を空中で制作クラフト

 盾代わりに使うが、当然のように直撃した手斧の威力で、ガラスみたいに砕け散る。

 先程襲われた人達を庇う際に使った時は絶対に通さない意思もあって集中できたから硬かったに過ぎない。

 咄嗟に使用すればこんなにも脆い――でも、盾として、足場としては十分だった。

 でも、内心ヒヤヒヤしまくっております、はい。

 

「ハァッ!!」


 傍から見れば空中で二段ジャンプしたかのような挙動の後、私は真下にいた、己を投げたゴブリンにお返しとばかりに槍を投げ放った。

 ゴブリンは嘲笑めいた表情であっさりとそれを回避――だけど。


(やっぱり――避けた!)


 私は、槍が地面に届くよりも先に、投擲の際に繋げていた魔力のロープを手繰り寄せて槍を回収する。

 そうして、一度避けた態勢のままだったゴブリンに再度投擲した。  

 これは予想外の行動であったらしく、動きが強張ったままのゴブリンの胸を貫いた。

 ――正直、当たらずとも牽制になればいいと思っていたので幸運だった。

 

(残り6人――行ける!)


 包囲の外に着地と共に念の為の一刺しをして、格上ではあるが決して倒せないほどではない確信を得る……が、それは決して容易くはないとすぐに思い知らされる。

 

「ぐぅっ!?」


 視界の端に映る影に気付いて、私は一歩分距離を置こうとする――が、そこを待ち受けていたゴブリンの一人が駆け抜けていく。

 同時に、ナイフが刺さった方と反対側の足を槍で切り裂かれてしまった。

 そうしてぐらついた瞬間を狙って、ゴブリン達が一斉に飛び掛かり、あっという間に私は地面に倒されてしまう。

 ううっ、やっぱ調子乗っちゃ駄目ですねぇー!?


「く、ぅぅっ!?」


 地面に俯せに抑え込んだ私に対し、ゴブリン達は武器を突き立てる――事はしなかった。

 代わりに、私の防具を剥ぎ取ろうと、あるいは破壊しようと腕を伸ばしてく。


『女がアイツらに捕まったら、もう悲惨なんてもんじゃねえんだ』


 ガチャガチャと防具を外そうとする音と共に、ここに降り立つ前の、御者さんの言葉が脳裏を過ぎる。


(――ま、まままま、マジでが、目的……!?)

 

 最初からそうだったのか予定を変更したのかは分からないが、どうやらそのつもり、らしかった。

 認識すると同時に心と体の奥底から、嫌悪感と恐れが沸き上がってくる――でも。


「そ、そそ、そんなつもり、私にはないのでっ!」


 ――まだ誰かとお付き合いさえした事ないんですからね、ええ。


 同時に負けられないという闘志も燃え上がり――こんな状況を想定した対処法を思い出す。

 直後、私は私の真下、地面から柱状の魔力の塊ブロックを急速形成して強引にその場から数メートル程上空へと押し出した。

 

 それで全員を振り落とせればよかったのだが、ブロックの上で私にしがみつき続けるゴブリンが一人残っていた。

 だけど、一人なら――!


「ハァァッ!」


 槍を握ったままだった腕を抑えつけていたゴブリンは地面でひっくり返っている――当然自由になったその槍で、どこかに当たってくれればとゴブリンを突き刺した。

 ゴブリンはたまらず悲鳴を上げて、辛うじてしがみついていた手を放し、ブロックから落ちる。


 そして、その好機を逃す手はない――!


 自分が形成したブロックを蹴って、私は槍を落ちていくゴブリンに突き立てようとして――すっぽ抜けてしまった。 


「ああああっ!? 私の馬鹿ぁっ!?」


 いつのまにか滴ってきた血で滑ってしまったのだ。

 咄嗟の事だったので、魔力のロープは繋ぎ損ねていて、結果槍は私の手から遠ざかっていく――。

 

「だったら……!」


 私は槍を諦めた手を思いきり伸ばし、ゴブリンの足を掴んで自分の方へと引き寄せる。 

 そうした上で、別の手を思いきり伸ばしてゴブリンの顔面を思いっきり掴んだ私は、そのまま落下先のゴブリン――体勢を整えたばかりだった――に掴んだゴブリンを力の限り叩きつけた。

 幸運だったというべきか、意図してじゃないけれどゴブリンの頭部同士が衝突して鈍い音が響く。

 

 ううう――手の先に生まれた感触は正直吐き気が。惨い事をしちゃったなぁ。

 でも、こうしなければ私は彼らに――その事への怒りや恐れによる昂揚が、身体を突き動かしていた。


(残り、四人――!)


 そんな動揺をしながらも、彼らが倒れていくのを確認しながら私は地面に倒れ伏した。

 だが、そうしている暇はない事を、私は先程抑えつけられた事で身に沁みて理解しておりますとも。


「槍を――!」


 即座に起き上がり、先程結果として投げ捨てた槍を再び握るべく駆け出す――

 その為に踏み出した足を、思いきり後ろから斬り付けられた。

 ギンッと金属同士がぶつかる鈍い音が響く。

 膝から下に纏っていた鎧のお陰で、切断はされずに済んだが――いや、それが目的ではなかったのかもしれない。


 結果、足を掬い上げられた私は思う様後ろへと倒れ込んだ。

 その直後、右腕に鈍く強い痛みが走る。


「あぁっぐぅっ!?」


 別のゴブリンが振るってきた角材で、思いきり殴り潰されてしまった。

 数日前のスカード師匠との特訓の時のように、捩れ曲がったり骨折したりはしていないが、これではまともに槍を握れないし、振れないだろう。


 ――普通であれば、だけど!

 

「残念! まだ武器は持てますよっ!」


 持続し続けている強化の魔法で辛うじて普通位の握力は残っている。

 凄まじい痛みの中、私は潰された腕で近くに転がっていたゴブリンの手斧を手繰り寄せて、強引に投げつけた。

 痛みを和らげようとなのか、ゴブリンを倒す為なのか、自分でも判然としないままに瞬間的に強化を右腕に集中していた結果、手斧は唸りを上げてゴブリンの首に突き刺さった。

 ――ゴブリンはまさか砕いた手で反撃が行われるとは思っていなかったらしく、無防備だった。


「ハァッハァッ――あと、3人ッ! ……って、うひょわぁっ!?」


 息を乱しながらも立ち上がり、私は気炎を吐いた。

 だけど、身体は想像以上に披露していたのか、足元の血溜まりに足を取られて、バランスを崩した。


 だけど、結果から言えば、それはとんでもない幸運だった。

 私が数歩たたらを踏んだ結果、左右から私を挟み撃ちにしようとしていたゴブリン2人が目標を見失い――互いを貫き合っていた。 


「な、なんたるラッキー……」


 2人が放った一撃は、明らかに私を刺し殺す勢いだった。

 私の予想外のあがきに目的を変更したのだろうか――真実は最早分からない、だが、これで。


「あと、ひと――」


 あと一人、そう言おうとした瞬間、急激に、何かが。

 

 意識が、遠くなるような、朦朧と、なんだか、力が、うまく入らなくて。


「あ、れ――っ」


 私はガクンと、足に込める力を放棄して、尻餅をついた。


「なん、で、あと――もう、ひと――なの」


 口にすら、舌にすら、うまく力が入らない。

 ズルリ、とかろうじて上半身を支えていた両手からも力がなくなっていく。


 そうして私は――気が付いたら、地面の上に仰向けに倒れてしまっていた。


(そうか、ナイフ――あれがやっぱり、遅効性の毒だったんだ――!)


 毒にも様々な種類があって、今自分を襲っているのはどういった毒なのか、正確には分からない。

 ただ、即死するようなものではないらしい――だが、そう気づいても最早私は何も出来ない。

 普通には指一本すら自分の意思で動かせなくなっていた。

 

 そうして、何も出来ない私の身体の上に。



 ―――――ニタリ。



 まるで口でも裂けているかのような、大きな笑みを浮かべる、最後のゴブリンが乗り掛かってきたのだった――。


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