第30話 旅団救援4

 シナトベ……いや、指定災害の研究はほとんど進んでおらず、弱点も特性も不明な点が多い。その中で遭遇経験のある俺は、今回の依頼に適任だった。


 魔物という範疇にすら入らないような存在だが、先程の手応えと、出血の具合から俺は確信する。死なない相手じゃない。


 現に俺が与えた傷以外にも、よく見れば脇腹に赤黒い液体が滲んでいる。おそらく、俺が来る前に与えた傷だろう。


「クルルルルゥ……」


 シナトベは喉を鳴らしてこちらを威嚇してくる。先程と比べると雨の勢いが収まっている事から、両耳によって気象を操作しているらしいことが想像できた。


「お前は――」

「依頼を受けて救援に来た白閃だ」


 レザル――かつてのリーダーに短くそう答えると、俺は手に持った両手剣を元師匠に投げる。


「っと……?」

「そっちの剣を使わせてくれ、あと……ヴァレリィ」


 詳しく説明するまでもなく、二人とも頷いてくれた。俺の使っている物よりわずかにずっしりとした、分厚さのある両手剣だった。


 俺はその両手剣を構えると、シナトベとの距離を一気に詰める。


「キュッ! キュオオアアァァッツ!!」


 狙うのは頭部、と見せかけて機動力を奪う為にも脚を優先的に攻撃し、頭部は可能なら、と言ったところか。


 シナトベが先程と比べ、威力の弱まった雷撃を打ってくる。俺はそれを外套ではじく。


 今着ている外套は、裏地は絶縁素材で、表には地面まで垂れる鉄線が編み込まれている。これにより外套の表面を通過しやすい道を作ってやり、地面に拡散させるのだ。


「――おおっ!!!」


 力を込めてシナトベの足へ斬撃を入れる。しかしそれは毛皮によっていなされ、本来の力を発揮できない。


 だが、それでいい。


 俺は致命傷を与えないまでも、機動力を奪う事でシナトベは弱り続けていく。そして相手に休む暇を与えないことで、大技を使わせる隙を作らない。


 この戦い方ができるのは、俺が強いからではない。それを知っている。レザルたちが手傷を負わせなければ、シナトベは怒ってここまで攻撃的にならなかっただろう。そして、ここまで攻撃的にならなければ、白金等級が混じっているとはいえ、六人ごときに溜めが必要な大技を使う事もなく、その隙を突かれる事もなかっただろう。


 全てが上手く行っていて、最後の仕上げが――


「ガッ!!」

「っ!?」


 振り抜いた剣に噛みつかれ、手が止まる。


 シナトベの片耳が不安定な光を発し、電撃の予備動作を確認する。


 そこで俺は、両手剣から手を放し、後ろへ跳んだ。


「お兄さん!」


 シナトベの周囲に複数回の落雷が降ると同時に、俺の耳に聞きなれた声が聞こえ、俺は腕を伸ばしてそれを掴んだ。


「っああああ!!!」


 手に馴染む感触。そして鮮烈に、青く輝く刀身。六人全員の力で解放されたダマスカス加工の刃は、能力を使った反動で、反応がわずかに遅れたシナトベの頭部へ食い込んだ。



――



「説明なしで伝わってよかった」


 暴風雨が降りやむと、わずか数分で空が快晴を取り戻した。俺たちは全身がずぶ濡れで、全員が靴の中の気持ち悪い感触を共有している事だろう。


 レザル白金旅団の面々は既にシナトベの死体と共にギルドの救護部隊が回収しており、俺達はゆっくりと下山しているところだった。


「こういう綱渡り的な……いえ、何でもありません」


 ヴァレリィはため息交じりに額を抑える。そもそも論として、独断専行によってパーティが分断され、危機に陥ったのだから強く言えないのだろう。


 俺は両手剣にバンデージを巻き終わり、それを背負う。


――「正直、この大質量で新規格のダマスカス加工を施すのは初めてで、研究員五人が握りしめて、やっと光らせることができた代物です。それを一人でここまで……」


 この両手剣を受け取った時、ヴィクトリア殿下から聞いていた言葉だ。


 つまり、光らせるのは誰が行ってもいい。そして決闘の時にもあったように、光っている時間は長くないものの、消えるまでのタイムラグはある。


 俺はシナトベ相手に、隙を作ることができないと判断した。


 判断したからこそ、師匠の両手剣と交換し、後方で待機している仲間に刀身を光らせることを任せた。


「とうさま、すごかった」


 興奮気味にシエルが話す。綺麗な倭服が汚れてしまったので、後でクリーニングをしよう。俺はシエルの頭を軽く撫でてやる。


「まあ、ワタシたちだとちょっと難しかったですけど、お兄さんはカッコつけす――」


 左手でキサラの頭を掴み、ギリギリと力を入れる。


「あいたたたたたた!!!! 割れるっ! 割れちゃうっ!」

「宿屋のベッド弁償と、依頼書の再発行手数料……お前の貯金から補填しろよ……あと、多分お前が首謀者だろ」


 置手紙の内容からして首謀者はこいつだろう。そして、依頼書の再発行にはそれなりの手数料がかかってしまう。


「で、でもお兄さんがこの依頼すると元メンバーと会っちゃうから……いたたたっ!!」

「依頼受注だけして不参加だと報酬貰えないだろうが」


 昔の話だが、依頼を受注して適当な奴に横流しをして報酬を中抜きする。そんな連中が出てきた時期があり、それ以来実際にクリアした人間にだけ報酬が支払われるシステムに代わっている。


「ああっ! 忘れてましたっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」


 反省したようなので、解放してやる。


「だが、気遣いは受け取った。有難う」

「へ……?」


 まあ結果はこうだったとしても、俺のためを想っての事なのだろう。少し気恥しいが、その感謝を素直に伝えることにした。


「あと、俺を嘗めるなよ。お前にだってできるんだ。俺にでもできる」


 気恥ずかしさのついでに、俺はもう一つ感謝を告げる。自分を追放したパーティでも助ける。その姿を見せてくれたのは、他でもないキサラだった。


 彼女は言葉を聞いた直後は呆けたように口を開けていたが、すぐに自信満々に胸を張った。


「ふ、ふふん。陰キャでぼっちなお兄さんもワタシの溢れんばかりの魅力で少しは成長できたみたいですねぇ」

「ああ」

「この調子でもっと頑張ってくださいよぉ? コミュ障で仏頂面のお兄さんでも仲間が増えるかも――」


 額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああ!!!! ちょっと褒めてあげたらすぐにこれやるんですから!!!!!!!!!」

「いや、仲間増えるかなと」

「一体お兄さんの中でこの動作の位置付けどうなってるんです!!!?!???!!!??」


 仲間が増えるのも悪くないよな、とは言わなかった。



――



 キサラたちが寝静まった後、俺は一人で蒸留酒を飲んでいた。救援依頼から数日、俺達は仕事の後処理に追われ、ようやく一通りの手続きが終わったところだった。


 救援だけならすぐに終わったものの、シナトベを討伐したため、それの報酬を按分せねばならず、その手続きに手間取っていた。


 なんせ指定災害の素材など、市場にまず出回ることが無いのだ。値段をつけようが無い。ふつうなら研究機関へ献体するようなものだ。


 だからこそ、結局は俺達が素材や商材として扱うことなく、実績と信用に変換することにした。キサラは金の面で、ヴァレリィは素材の面で最後まで渋っていたが、キサラは等級の査定におまけしてもらい、ヴァレリィはシナトベの解剖に立ち会うという条件で納得してもらえた。


「改めて、久しぶりだな」


 今回の清算を頭の中で反芻していると、レザルが隣の席に座った。


「ああ……」

「あの時は、済まなかった」

「別に、構わない」


 既に事情は聞いていた。すぐに街へ帰還したがシナトベが居座っており捜索隊を派遣できなかった事。そして一週間が過ぎた時点で諦め、再起のために次の街へ向かった事。


 俺は木の実や薬草で空腹をごまかしつつ、旅立った後に街へ帰還した。そして名前を変えて、ソロの冒険者として活動を始める。


「まさか一人で白金等級まで上り詰めるとは思わなかった」


 俺はレザルの言葉に応えず、蒸留酒を口に含んだ。喉を焼く感触が胃の底へと流れ落ちていく。


「それに、良い仲間を持ったな。俺達にも負けないくらい」

「本題はなんだ?」


 遠回りするようなレザルの発言にしびれを切らして、俺は少しだけ語気を荒げる。彼は少しの沈黙を挟み、ゆっくりと口を開いた。


「引退、しようと思ってな」


 その言葉に、俺は少なからず動揺した。


「どうしてだ?」

「身体にガタが来てるっていうのが一番だ。それと二つ、シナトベの討伐って目標が既に達成されてしまった。そして、お前が生きていた」


 確かにレザルを含めたメンバーは、もう若くはない。そしてシナトベの討伐は果遂された。それは引退することに、何の瑕疵もない理由だった。


「どうして俺がその理由になっている?」


 しかし、俺が生きていたというのは、一体どういうことなのか。全く見当がつかなかった。


「良い後継者が見つかったからな」

「……そうか」


 つまり、後を任せるという事だ。ギルドの規定も何もないが、引退という事は、もう依頼を受けることはないという事だ。


「俺も、あいつらも、ようやく肩の荷が下りた気分だった。生きていてくれて、ありがとう。そして改めて、済まなかった」


 俺はその言葉を受け取りつつ、バーテンダーに蒸留酒を二杯注文する。


「乾杯、だな」

「ああ、そうだな」

「永遠となった誇り高きレザル白金旅団と」

「新しき新星旅団の誕生に」


 バーの片隅で、グラスのぶつかる涼しげな音が響いた。



――



 翌朝、俺達は次の街へ向かうために街道を歩いていた。


「はぁ、あれだけ死にそうな思いして、借金がチャラになっただけとか、割に合わなくないですかぁ」

「そうは言ってもね、キサラちゃん。指定災害の研究が進むのは、人類にとって大きな進歩なんだよ」

「そうならせめてお金をもっとくれるべきじゃないです?」


 キサラは未だに報酬の愚痴を漏らしているが、言葉以上に残念には思っていなさそうだった。


「とうさま、肩車」


 シエルが外套の裾を引っ張ったので、俺は彼女を持ち上げてやる。体力的には問題ないはずだが、まあ甘えたい年頃なのだろう。肩の上で上機嫌な彼女を感じつつ、そんな事を考える。


「ねえ、お兄さんもそう思いますよねぇ? 報酬少なすぎじゃないかって」

「だからその分、実績と信用に色を付けてもらったっていう話だ。ギルドも慈善事業じゃない。この辺りは受け入れるしかないだろう」


 未だに文句を言い続けるキサラをたしなめる。俺自身思う所が無いわけではないが、倉庫や依頼斡旋の手間などを考えれば、我慢するしかない。足元を見られていると言えばそれまでだが、許容範囲にある限りは黙っているつもりだ。


「ええー、もしかしてお兄さん、ギルドと交渉するの面倒だとか思ってます? やっぱコミュ障で言うべきことも言えない情けな――」


 額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!! ホンットにいつになったら止めるんですかコレ!!!!!!!」

「いや、うるさかったから」

「未だにデコピンしたらうるさくなることすら学習してないんですか!?!!!???!?!??」


 うるさくしてる自覚はあるんだな、とは言わなかった。

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