第16話 盗賊団壊滅4

――盗賊団壊滅

 町から離れた場所に、大規模な盗賊団の拠点が存在し、数日中に町へ進攻してくるという情報があった。現在騎士団と傭兵ギルドで対応予定だが、冒険者ギルドからも出向させる予定である。

 盗賊団の規模を勘案し、冒険者ギルドの戦力を示威するもあるため、受注はギルドの信任を得ている者に限定する。

報酬:金貨五〇〇〇枚


「ありがとうございます、白閃様がお受けになるのでしたら、だれも文句は言えないでしょう」


 手続きを済ませた俺は、受付員を一瞥して指定された待ち合わせ場所へ向かう事にする。


「はーあ、なんかいいように扱われてますよねぇ、お兄さん」

「本来なら受けたくもなかったがな、そうもいかないのが仕事だ」


 近隣での依頼はこれ以外、銀等級以下の物しか残っていなかった。無視してシュバルツブルグへ向かってもいいのだが、支部長まで出張ってきて頭を下げられたら、首を縦に振るほかなかった。


 冒険者ギルドには、当然ながら競合相手がいる。


 対人戦闘に特化した人材を派遣する傭兵ギルド。町の防衛に主眼を置いた騎士団。この二つが大きな競合相手となる。


 二つの組織は専門があり、その中で互いの仕事を奪ったり、奪われないようにしているのだ。現在盗賊団の壊滅には、町の防衛隊である騎士団と、町長からの依頼で傭兵と冒険者に依頼が回ってきていた。


「なーんだ、お兄さんの事だから報酬に目がくらんだんだと思ってましたよ」


 たしかに、この程度の依頼では、随分と破格の報酬だ。恐らく、町長の依頼金と、支部から追加報酬が加算されているのだろう。冒険者ギルドとしても、メンツをつぶされたくはないのだろう。


「じゃ、まあちゃっちゃと盗賊さんたちをぶっ殺しちゃいましょう」


 キサラは腰に差したナイフの頭を撫でる。ちなみにこいつのクラスは「盗賊」ということになっているが、正確には斥候(スカウト)という名前のクラスだ。


 何で盗賊なんて名前なのかというと、ダンジョン探索をする時に、魔物が収集していた宝物類を盗み出すのが最も実入りのいい斥候の仕事だからだ。


 始めのうちは当然ながら蔑称として定着していたのだが、蔑称を正そうとする前に定着してしまったため、流れでその通称が使われている。


 普通に暮らしている分には盗賊と出くわすことはそうそうないため、困る事は無いのだが、こういった冒険者の仕事から少し離れた依頼をする時は、時々混乱してしまう。


 町の表通りを歩き、一際物々しい、衛兵が左右に立つ建物へと向かう。入り口で依頼を受けた旨を話すと、憮然とした表情のまま、衛兵は建物に入ることを許可してくれた。


「ようやく来たか、冒険者ギルド」


 建物に入ると同時に声がかかる。奥まったところで腕を組んでいる彼は、恐らく騎士団長だろう。


 内部には同じ鎧に身を包んだ騎士たちと、それぞれの防具を付けた傭兵たちが既におり、どうやら俺たちを待っているようだった。


「冒険者ギルドからの出向で、白金等級の白閃と金等級のキサラだ」


 短く自己紹介を済ませると、騎士団長に作戦の詳細を聞く。


 今回の目標は一〇〇人規模の盗賊団を壊滅することで、相手は町から離れた位置にある洞窟を根城にしているらしい。周囲の村からは多数被害報告が挙がっており、騎士団が巡回することで、なんとか防衛をしている状況だった。


 しかし近頃動きが活発になっており、それに伴い被害報告が増加、騎士団と傭兵ギルド、そして冒険者ギルドで合同の作戦を実行することになった。ということだった。


「しかし、冒険者ギルドからは参加者が二人か、随分舐められているというか……」

「期待以上には働く、それと……周囲の地理を教えてくれるか?」


 騎士団長が持っているはずの、作戦地域の地図を見せて貰おうとしたが、なぜか彼は見せることを渋るように、一歩引きさがった。


「情報は既に我々が精査済みだ。冒険者はただ指示に従っていればいい」

「……わかった」


 騎士団長の態度に違和感を覚えたが、俺はキサラと部屋の隅へ向かい、具体的な行動指示が話されるのを待った。



――



 盗賊団は夜間に略奪をし、昼過ぎまで寝ていることが多い。その為、早朝に町を発ち、体力の消耗した盗賊たちを捕縛していくという作戦がとられた。


 そういう訳で俺たちはいくつかの部隊に別れて、盗賊が根城とする洞窟へと足を進めていた。


「……」

「どうしたんですかぁ? いつになく仏頂面じゃないですか、こんなに大人数で行動するの、コミュ障のお兄さんには無理でしたかねぇ?」


 作戦の内容について考えていると、キサラが顔を覗き込んでくる。日が昇る直前の蒼昏い雰囲気の中、彼女はいつも通りだった。


「キサラ、どう思う?」


 彼女のじゃれつきは無視して、意見を求める。俺の感覚が正しければ、少し厄介なことになりそうだった。


「んー、まあ、多分『いる』でしょうねぇ、詳しく調べないと分かりませんけど」

「そうか」


 大人数で生活する拠点を構えられるほど大きな洞窟、何かしらの魔物が生活している痕跡の可能性がある。


「おい」


 少し前を歩く甲冑姿の騎士――アレンに声をかける。


「どうした冒険者! 僕に用かい?」


 彼は少しオーバーリアクションな動きで振り返ると、兜の隙間からでも分かるような笑顔を向けてきた。


「少し進軍を遅らせられるか? キサラを偵察に出したい」

「ふむ……いや、その必要はない。事前に我々が偵察を行っている。むしろ手筈通りに動かなければ連携が取れなくて危険だ」


 アレンは自慢げにそう言って、手に持った槍を振り上げて見せる。


「それに、お前より僕は強いのだ。僕の指示に従っていれば安心だろう」


 ああ、なるほど、先程から妙に侮られている感があるのはそういう事か。こいつは強いと言っただけで、俺よりも強いと言った覚えは無いのだが、一体どこで勘違いしたのか……そもそも、ガドの家での件は黙っておくように言ったはずなのだが。


「そうか……魔物が居る可能性がある。あまり血は流さないでくれよ」


 少々釈然としない部分があったものの、今の状況で独断専行が危険というのには、同意せざるを得ない。基本的に俺がソロもしくはごく少人数で行動しているのは、こういう状況で即応できるためでもある。俺は魔物が居た場合の注意喚起だけ行い。従う事にした。


「当然だ。我々は盗賊を殲滅するのではなく、盗賊団を壊滅するのだからな」


 盗賊団を壊滅という事は、盗賊団としての形態を保てないようにする。という事だ。つまり、人殺しを進んでしようという訳ではない。


「で、どうします? お兄さん」

「ひとまず予定通りに動く、俺達が抜けて余計混乱を起こすわけにはいかない」


 もし俺がここでキサラを偵察に向かわせた場合、彼女が盗賊団と判定される事もある。集団で動くという事は、仲間と敵をしっかり分けるという意図もあるのだ。


 口元をさすって当面の行動をキサラと共有すると、彼女は「なるほど」と頷いてから言葉を続ける。


「お兄さんには大勢を相手に何か言う度胸もありませんもんね」

「そういうことだ」


 予定のポイントに付いたので、俺は両手剣に手を掛けて身を屈める。ちらりとキサラの方を見ると、額をしっかり押さえていた。


「何をしている?」

「こういう時って、お兄さんデコピンしてくるし」

「そうか?」


 キサラの考えていることはよく分からなかった。



――



「第三部隊! 出入口の封鎖をしろ!」

「やべぇ! 早く逃げ――ぐあああっ!!!」

「抵抗する者は殺しても構わん! 一人も逃すな!」


 統率の取れた騎士団はもとより、傭兵たちも上手く連携を取り、盗賊団の捕縛を行っている。


 周囲は夜明け前の青みが掛かった世界から、暁と鮮血の燃えるような世界へと変貌していた。そんな怒号が飛び交う場所で、俺とキサラは指示通りに洞窟の中へと分け入って、遊撃と妨害を行っていた。


「や、止めろ!!」

「投降しろ、死にはしないだろう」


 武装解除させた盗賊を後方部隊へ引き渡し、俺は洞窟の深部へと向かう。キサラは既に先行させているが、戻ってこないという事は、かなり大規模な洞窟か、戻ってこられない状況かのどちらかだろう。


 金等級の彼女がそこら辺に居る奴に後れを取るとは思えない。つまり、大規模な洞窟が広がっているか、盗賊以上に厄介な何かがあるという事だ。


「おい、冒険者」


 アレンが声をかけてくる。俺は先を急ぎたい気持ちを抑えて振り返った。


「なんだ」

「す、少し……休めないか?」


 俺はため息をついた。連携の練度は高いものの、装備の重さから体力が無いのが、騎士の弱みだ。


 ここで放っておくのは、こいつを孤立させることになり、それはそれで危険だ。俺は少しペースを落とし、ゆっくりついて来るように促した。


 その時、鼻が微かな鉄臭さ――血の臭いを嗅ぎ取り、次の瞬間遠くで男の悲鳴が聞こえた。


「な、なんだ!? 今の声は!?」

「ちっ……!」


 短く舌打ちすると、俺は驚いているアレンを放って洞窟の先へと向かう。人間同士の交戦なら構わないが、今は血の臭いがしている。最悪の想定は必要だった。


 角を曲がりその先へ視線を向ける。甲殻類を思わせる無数の節足と、松明の灯りに照らされ、黒く光る連結した甲殻が見える。腐肉百足(キャリアン・センチピード)だ。


「ギシャアアアアァァッ!!!」

「う、うわああぁっ!!? なんだこいつ!?」


 大顎を開き、人間に襲い掛かろうとしているのを見て、俺は地面を蹴り、腐肉百足の頭を切り飛ばす。


「あ、たすか――」

「出口はあっちだ。早く逃げろ、こいつらは血の臭いに敏感だ」


 言いながら、俺は腐肉百足の頭に両手剣を突きさす。助けた奴は盗賊か傭兵か、区別はつかなかったがそれはもうどうでもいい事だった。俺はそいつに、屍肉を食べる習性のある魔物が現れたことを言って回るように伝え、出口へ向かうように指示をする。


「あ……うっ……すまん!」


 アレンの方向に彼が行くのを見届けて、俺は洞窟深部へ向けて駆けだした。

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