〇八七 足置き




「ユウヅツという準生徒が音楽クラブに加入した日、人畜無害そうな新入りに安心した男子生徒数人のグループが、自分達が座っていたテーブルに彼を呼び、座らせ、音楽性ひいては出身や趣味などについて歓談した」


 喋りながらトカクはソファに腰掛け、足置きに足を乗せた。


「ユウヅツは見た目通りの好青年だった為、その男子グループに問題なく受け入れられた。男子グループにとって嬉しい誤算だったのが、ユウヅツの出身地である島国の知名度の低さゆえに、むしろどのような場所か興味を持ったらしい女子グループが、自分達の輪に入ってきてくれたことだ」


 何故なら、音楽クラブにおいて男女が混じることは稀だったが、男子生徒達はそれを心待ちにしているようなところがあったから。


「それが『編入生』の物珍しさからくる一時的な事象であることは察するところであるが、男子生徒グループは華やいだ。しかし、ユウヅツはあまり機微を理解しておらず、「このクラブは男女分け隔てない雰囲気なんですね」などと言っていたという」


 トカクは、ネッコに調べさせた情報を読み上げながら、足置きの上で足を組み替える。


「ユウヅツが入部してから一週間ほどは、誰も違和感に気づかなかった。しかし男子生徒の一人が証言するには、思い返せば三日目にはもう空気がおかしかった。仲の良いはずの女子部員同士が、やけにギスギスしていた。和平と牽制が交互に行われるような、発言権を奪い合うような……」


 このあたりは掻い摘んでいいだろう。


「件の女子生徒達。片方は、ユウヅツの入部初日から話しかけていた準生徒の少女であり、片方は、ユウヅツが一曲披露した後から話しかけるようになった本生徒の少女で——このあたりは省略」


 紙をめくる。


「少女たちはグループは違うものの、仲の悪い二人ではなかった。むしろ、学院に入学する以前からの友人、昔馴染みだったという。なので互いのことをよく知っていた。……今回の件は、それゆえに起きたと言って過言ではないだろう」

「…………」

「ある時、ユウヅツをはさんで会話しながら……片方の少女が、自分達の幼少時代の思い出話をはじめた。笑い話として、もう片方の女子の過去の失態の話を。相手をはずかしめ、おとしめるような発言でありながら、悪気はないと言い逃れができるような、……そんな話を繰り返した」


 周囲は、そのような話題を出す少女に違和感を抱いたが、強い制止はなかった。こんなことはこれまで無かったので皆、対応に困ったのだ。

 聞くところによれば、後から仲の良い女友達などは「あのような振る舞いは相手を不快させる」と忠告したらしいが、それでは止まらなかった。


「片方の少女が、もう片方の少女の株を下げるような発言をすることが、その日以降も相次いだ。あの女子ふたりは喧嘩しているのでは、と噂になる程度には」


 しかし、その中傷を常に横で聞いていたはずのユウヅツは、特に気にした様子はなく、話に合わせてニコニコと笑うばかりだった。


「もはや誰の目にも、少女達がユウヅツをめぐって小競り合いになっていることは明らかだった。のに、当のユウヅツが素知らぬふりを続けているから、不信を抱かれはじめていた」


 この間も、ユウヅツは定時連絡で「特に何もなし」などと報告していた。


「そんなことが続いて……。あの日、『いつものように』片方の少女が片方の少女をおとしめ始めた。いつもと違ったのは、おとしめられていた少女の反応だ。制止し、反論し、謝罪を求めた」

「…………」

「しかし、相手はそれに応じず、自分が悪意を持って少女を侮辱したことを認めようとはしなかった。それで言い合いになり、掴み合いになり……あのようなことになった、…………」


 トカクは言葉を区切る。そして大きく息を吸った。


「……こ、れ、をっ」

「はい……」

「これを、『お友達が急に口論を始めて、気がついたら大騒ぎになっていた』なんて報告したアホンダラがいたなーーーーッッ!!!」

「ッ申し訳ございません!!!」


 トカクが足を持ち上げて振り下ろすと、足置きが「うっ」とうめいて崩れた。


「おまえは、もう、本当にどうしようもない……。とんでもないボケナスが……」

「はい……」

「自分の周りで、自分のせいで、自分にまつわる諍いが起きているのに、よくもまあ自分と関係ないと思えたものだな、間抜けぇッ!」

「すみません……」


 誤りながら足置き——もとい、ユウヅツが四つん這いの体勢を取り直した。


「……不幸中のさいわいとして、学院全体でおまえの悪評が立っているわけではない。女同士のトラブル、と噂になっていて、おまえに照明が当たっていないんだ。これは本当に何よりだ」


 音楽クラブ内では、ユウヅツの評判はかなり悪くなっているが。


「うちのユウヅツは巻き込まれただけ、と言い訳できるようになった。というわけで自主謹慎を解く。明日からおまえは復学だ」

「…………」

「? なんだ」

「なんでもありません……」

「はあ、まったく」


 トカクはユウヅツの背中を足で踏んだ。


 ……このくらい痛めつけられた実績があれば、宮廷の人間がユウヅツに文句を言いにいくこともないだろう。……陰口や、学院の人間まで制御できないが。


 ……と、まるでユウヅツのためにこんなことをしてる風に思ってみたが、この折檻に私的な鬱憤晴らしが混じってないとは言い切れない。


「……いいか!? 今は、連盟学院および国際連盟の中で、大瞬帝国の椅子を増やしていかなきゃいけない、大事な時期なんだ。すでにクラリネッタ関係でゴタついてんだぜ。あの国はトラブルばっか起こす問題児〜とか思われたら、ほんっとに困るんだ。二度とやんなよ!」

「はい……」

「じゃあ立て。もう戻っていい」

「はい……ありがとうございます……」


 音楽クラブで暴力沙汰が起きた直後、ユウヅツを『ウハク』の側近から外す話も当然出た。……それはどうにか取り下げられたが……。

 次はない。次はトカクでも揉み消せない。


 少なくとも、クラリネッタから万能解毒薬を譲り受けるまでは、ユウヅツには連盟学院の生徒でいてもらわなければ困る。


「すみません……」


 トカクが説教するまでもなくユウヅツは自分を責めているらしく、がっくりと肩を落としたままだ。猛省の姿勢である。


 ユウヅツは、おそらく本当に何も気づいていなかったので、まあ、そこだけ切り取れば気の毒ではある。擁護しきれないが、トカクも同情はできた。


「……明日からまた学校だ。今日はよく寝て明日に備えろ」

「…………」

「…………?」


 まだ折檻され足りないのか?

 ユウヅツはうつむいて突っ立ったまま帰ろうとしなかった。トカクは腕を組んでユウヅツをながめる。


 ユウヅツは。


「…………、……あの、…………、…………」


 ユウヅツは何度か口を開閉し、そして意を決したように顔を上げた。涙目だった。

 そして。


「もう学校いきたくないです……」


 と、がたがたの声で言ったのだった。



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