ディーン・アシュリーの潜入捜査日記。ミッションインポッシブル! 情報収集の基本はやっぱ酒場でしょう

柚月 ひなた

ミッションインポッシブル! 情報収集の基本はやっぱ酒場でしょう

 ——アルカディア神聖国・聖都フェレティ。


 とある王国の青年騎士ディーン・アシュリーは、神聖国の潜入調査を命じられて、その地を訪れていた。


 神聖国は世界の中心に位置する大陸に存在し、神秘的力のみなとである〝マナ〟を生み出す世界樹のふもとに築かれた宗教国家。


 アルカディア教団の総本山でもあり、教皇聖下きょうこうせいかを頂点に十人の枢機卿団カーディナルが国を動かしている。


 教団は創世の時代、世界を創ったいう創造の女神を主神に、世界樹の守護と世界の秩序を守るを事を教義・使命とし、世界中に数多くの信者を抱えている。


 一説によると、開祖かいそは女神の子孫であったと言われているが——真偽しんぎさだかじゃない。


 ディーンが潜入調査を命じられた経緯の詳細は長くなるので省く。

 ともかく、内部で渦巻く陰謀を探るためにやってきた。


 なんやかんやとあって、教団が有する軍隊——神聖騎士団の団員として潜り込む事が出来た。


 そして潜り込んでからもなんやかんやとあって。

 今日は所属する部隊で酒宴が催される事となり、居酒屋に繰り出していた。


 酒の席は口の軽くなる者が多いので、情報も得られやすくなる。

 絶好の機会だ。


(さてさて、何が出るかねぇ)


 正直、調査はあまりはかどっていない。

 潜り込んだところで、下っ端の団員なので当然と言えば当然なのだが——。


(上層部の守りが異様にかたいんだよなぁ)


 ゆすってもほこりの一つも立たない。

 徹底てっていした情報統制がされている。


 ついでに物理的な守りも完璧だ。


 教団には女神から神秘アルカナという強大な力をさずけられた〝女神の使徒アポストロス〟がいる。

 それも複数。


 一般人では太刀打ち出来ない存在。

 彼らの目があるので、迂闊うかつに行動しようものなら即お陀仏だぶつだった。


 ディーンが思いふけっていると「ドン!」と音がして、意識がそちらへ向く。


 見れば目の前に、綿雲のような白い泡が乗った黄金こがね色のエールで満たされたグラスジョッキが置かれていた。


 それをしたのはこの部隊の隊長。

 隊長はとても気の良い中年のオッサンで、今もディーンが視線を向けるとニカッと笑って見せた。


「新人、湿気しけつらしてんな? まずはほれ、エールでも飲んで、気持ちをほぐせ。今日は無礼講ぶれいこうだ!」


 「ははは!」と大口を開けて笑った隊長に、バシバシと背を叩かれる。

 ディーンは「地味に痛い」と思いながら愛想あいそ笑いを浮かべた。


「隊長、わざわざありがとうございます。お言葉に甘えて、頂きます」


 普段の自分とは掛け離れた言葉遣いに、ディーンは身の毛がよだった。

 言葉遣いも気を付けなけらばいけないので一苦労だ。


 ともあれ、置かれたグラスジョッキを手に取る。

 グラスはよく冷えていた。


 ディーンはエールをあおる。


 口内にシュワっとした炭酸の刺激と、苦味、甘み、うまみコクが一気に舌を賑わせ、口から鼻へ抜けて香る独特のフレーバーは嗅覚を楽しませた。


 冷たい液体が喉へ流れ込んで潤して行く感覚は、何とも言えず爽快そうかい

 仕事終わりに頂くエールは格別である。


(やっぱエールは美味いなぁ)


 飲み干してグラスを置くと、口の回りについたきめの細やかな泡がひげを作っており、ディーンはそれを舌で舐め取った。


 苦味のある液体と違って、こちらは甘味と旨みのみが凝縮されている。

 エールの美味しさに寄与する、大事な要素の一つだ。


「良い飲みっぷりだ! 君はいける口だな、確か、傭兵をやっていたんだっけ?」


 隊長がエールを含みながら嬉しそうにディーンの隣へ座った。


「ええ、はい。各地を転々とめぐるのが好きなので、そのついでに日銭を稼ぐ手段として傭兵の真似事をしてましたね」

諸国漫遊しょこくまんゆうか。君は腕も立つ。最近は魔獣だなんだと物騒ぶっそうだし、どの土地でも歓迎かんげいされたんじゃないか?」

「そうですね。有難ありがたい事に仕事には困りませんでしたよ」


 嘘に真実を混ぜてそれっぽく語る。

 馬鹿正直に身元を明かす間諜スパイはいないので当然だ。


「ははは! だろうな! それがどうして騎士になんてなろうと思ったんだ?」


 隊長はみ終わったエールのおかわりを二人分頼みながら問い掛けて来る。

 こういう質問への備えも、ばっちり用意してある。


「オレ、昔から女神様の敬虔けいけんな信徒なんですよ。だから、各地を旅して、美しい世界を見て、思ったんです。女神様の創ったこの惑星ほしを守りたい、と」


 首元から下げた、教団の象徴モチーフ——祈る女神の翼が世界樹を包み込む様子——をかかげて見せた。


 この国の騎士達は大抵女神の教徒なので、こう言っておけば間違いなし。


「おお、そうかそうか! それは女神様も、喜んでいることだろう!」


 思った通りの好反応が返って来る。

 本当はそこまで女神を信仰している訳じゃないが、嘘も方便だ。


 そうしていると、店の女性定員が「はい。隊長さん、お待たせ」と、エールとお通しの一品料理二つを持って現れた。


「お、すまんな」

「ありがとうございます」


 ディーンと隊長は店員からエールと料理を受け取る。


 料理はこの酒場定番のお通しで、蒸し鶏のささ身を胡瓜きゅうりなどの野菜と一緒にお酢でマリネした一品。

「取り敢えず」を語源ごげんとした〝鶏和え酢トリあえず〟と呼ばれるものである。


 ネーミングセンスはさておき、味は悪くない品だ。


 ディーンはそれをつつきながらエールを口に運び、酒場を占拠する団員達の喧騒けんそうに耳をかたむけた。


「この前の魔獣、厄介だったよな」


「次の配置替えの件だけどさ——」


「やべ、任務の報告書書いてねぇ! 帰ったら急いでやらねーと……」


「お姉さん! こっちにもエール追加ー!」


 聞こえて来るのは、他愛のない話題ばかりだ。

 今夜も大した収穫はないかな、と思いつつ、聞く耳はそのままにディーンは運ばれてくる料理とエールを楽しむことにした。


 地味だがこういう積み重ねこそ、情報収集には欠かせないのだから。






 その後、酒宴しゅえんが深まった辺りで気になる話題が出て来る事になる。


 〝教皇庁の大図書館に現れる幽霊〟

 

 これこそが、ディーンの潜入捜査成功のかぎを握る大事件となるのだが——この時の彼は知るすべもない。


 「念のため確かめておくか~」と軽い気持ちで訪れたそこで、運命的な出会いを果たし、女神の使徒アポストロスとドンパチ繰り広げる事になるとは、夢にも思っていなかった。

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