第33話 無事の帰還
スティーブはソレノイドの町の外にいたフォレスト王国の軍を無力化した。途中で火属性を使う魔法使いと、水属性を使う魔法使いと戦い、彼等の魔法も作業標準書を作成した。
4,000人ちかい兵士を魔法で拘束して、直ぐにオーロラのところに転移する。緊急のこととあって、オーロラは全ての予定をキャンセルしてスティーブと会う事にした。
「閣下、ソレノイドの町を奪還しました」
「早かったわね。流石というところかしら。それで状況は?」
「町の中にいた敵兵は掃討ずみで、外にいた連中は拘束してあります。そこで閣下のお持ちの兵を借りたいのですが。僕らだけでは捕虜を扱う事が出来ません。このまま餓死させてもよいのですが、そうすると、4,000の死体が腐乱して、ソレノイドの町で疫病がはやる事でしょうね」
「それは困るわ。今出撃準備をしているレオの部隊を貸すわ8,000人の部隊だから十分でしょう」
オーロラはカーシュ子爵派の貴族の軍を鎮圧して、ソーウェルラントで再編を行っているレオを貸すと言った。元々レオにはソレノイドの町に行ってもらうつもりだった。予定通りといえば予定通りである。
「でも、今から向かったとしても敵が餓死していることでしょうね」
「それはご心配なく。自分が全員を転移で連れていきます」
「全員ですって?8,000人と言ったのが聞こえなかったのかしら?」
8,000人を転移させるというスティーブの言葉をオーロラは信じられなかった。国王が抱える魔法使いであっても、その人数を転移させるには魔力が足りない。
ましてや、スティーブは先ほどまで敵と戦い、1,000人を倒して、4,000人近くを魔法で拘束しているのだ。
「大丈夫だと思いますよ。いっぺんには無理ですから、何回かに分けてとはなりますけど」
「そういうのなら信じるわ。直ぐに準備させるから」
オーロラはハリーに指示をだして、レオに準備を急がせるようにした。500人、または1,000人単位で準備が整えば、整った部隊から転移させるつもりだとの伝言を託す。
ハリーが出ていくと、スティーブはオーロラにさらに要求をした。
「それと、フォレスト王国の地図があればお借りしたいのですが」
「どうするつもり?」
「勿論攻め込みます」
その言葉を聞いてオーロラは額に手を当てた。
「まだ国内の砦も奪還していないのよ。それからでも遅くないんじゃない?」
「いいえ、ソレノイドの町で敵の魔法使いをかなりの数潰しました。敵が魔法使いの配置を再編する前に、一気に王都までを攻め落とします。フォレスト王国の東の最大勢力であるブラドル辺境伯を排除出来れば、後は王都までは強敵はいないんじゃないでしょうか?」
スティーブの読みは正しかった。ブラドル辺境伯がカスケード王国へ対抗するために配置されており、それ以外の巨大勢力はまた別の方向に配置されていた。特に、フォレスト王国の西部には巨大な帝国があり、そちらへの備えを怠るわけにもいかず、比較的西部が厚めに戦力が配置されている。
ブラドル辺境伯が敗れたとしても、直ぐに回せるような部隊は王都や南北の地域の国軍くらいなものだ。勿論各領主貴族が領軍を持ってはいるが、ソーウェル辺境伯両軍とカスケード王国国軍が攻めこめば、それを止められるほどの勢力はない。
スティーブとしては領土が広がるなどはどうでもよかったのだが、フォレスト王国が今後二度とカスケード王国に攻めて来ない程度には叩いて、国力を弱めておく方がいいと思っていた。
だが、オーロラの考えは違っており、フォレスト王国を弱体化させすぎると、場合によっては帝国と国境を接することになり、その防衛を担うことになると頭痛の種が増えると考えていたのだ。なので、フォレスト王国を適度に打ち破り、賠償金と少々の領地をせしめる程度が落としどころだと考えていた。
スティーブなら逆侵攻も可能かもしれないが、国境の軍が壊滅した今は、まだフォレスト王国に健在でもらないと困るのだ。なのでなんとかして、スティーブを止めたかった。
「閣下に協力をお願い出来ないのであれば、この話は陛下に献策いたします。カーシュ子爵らの騒擾も併せての報告となりますが」
スティーブはオーロラで駄目なら国王に話を持って行くと脅した。西部でカーシュ子爵らの騒擾を起こさせ、フォレスト王国に侵攻されたのを国軍がおさめたとなれば、ソーウェル辺境伯の力が落ちるのは明白。
スティーブにそう言われては、オーロラも軍を貸し出すしかなくなった。オーロラとしては緻密な計算をしたうえでの逆侵攻ならよいが、こうした出たとこ勝負のような事はしたくなかったが、もう一つの選択肢が明らかにそれよりも悪いので、逆侵攻後の結果はその時考える事にした。
「まったく、こんなことになるなんてね。ブラドル辺境伯の顔を一発、おもいっきり殴ってやりたいわ」
「連れてきましょうか?」
「そうね、実際に殴るかどうかは別として、それくらいの大物が捕虜ならやりやすくていいわ。急なことで切れるカードも少ないから」
スティーブとオーロラが会話をしているうちに、最初の部隊の準備が整った。スティーブはそれを連れてソレノイドの町に転移する。
スティーブの帰還を待っていた人々は、一緒に来たソーウェル辺境伯軍の姿を見て歓喜した。
「無事に戻ってきたな」
ブライアンがスティーブの肩をがっしりと掴む。
「ええ。しかし、これからフォレスト王国に逆侵攻をかけることになりました。国内の砦を奪還したら、一気に敵の王都まで一直線に進みます」
「何!?」
ブライアンは息子の言葉に腰を抜かした。
*
スティーブがソレノイドの町に戻ってきたころ、ブラドル辺境伯はカスケード王国からの撤退を決意した。それを副官に伝える。
「撤退だな」
「閣下、本当ですか?」
「ああ。魔法使いが戻ってこないということは、あの少年に倒されたということだ。おそらくは他の魔法使いも駄目だろうな。となると、人数はこの砦の方が多いが戦力的には劣る。当然、ここに籠って戦おうにも負けは見えているな」
副官はブラドル辺境伯の考えに反対することはなかった。動員した魔法使いが殆ど討ち取られてしまっては、これ以上戦っても戦果は期待できない。ブラドル辺境伯が戦い続けると言った場合には諌めるつもりであったので、反対しようもなかったのである。
「ソレノイドの町に残っている兵士達はいかがいたしましょうか?」
「我々のために足止めになってもらおうか。いかに敵の魔法使いが強かろうと、あの人数では魔力ももたないだろう。ソーウェルの軍が駆け付けるまでには、もう少し時間が掛かるだろうから、あそこで威嚇してくれていたらそれでいい。魔法使いの回収が出来なくなった以上、あれらにはその程度の価値しかない」
時間稼ぎの捨て駒として兵士を使うつもりだったブラドル辺境伯だったが、まさかこの時既に全員がスティーブによって無力化されているとは思わなかった。
「これでしばらくは攻め込むことも出来ませんな。再編にどれほどの時間が掛かる事やら」
「陛下に掛け合って魔法使いを東部にまわしてもらう。まあ、ソーウェルの軍もボロボロだろうから、こちらに攻めこまれることもないだろうがな」
「初戦であの魔法使いを投入されていたら危なかったですな」
「まったくだ。ソーウェルが判断を間違ってくれたおかげか、戦況が不利に傾いたので国王が遣わしたかわからんが、ここまで敵に大きな被害を与えられてよかった」
そんな会話をしていると、砦の中を多くの虫やねずみが移動しているのが目に入った。
「何だこの砦は。虫やねずみが多くて不衛生だな」
ブラドル辺境伯は子供のように叫び声をあげるような事は無かったが、それらを不快なものとして嫌悪の眼差しでみていた。副官もそれらを追い払おうと手を振り上げた。
その時、目の前に再び黒髪の少年が出現する。
勿論スティーブだ。
そして、スティーブと一緒に10人の騎士が登場する。レオが率いるソーウェル家騎士団の面々であった。
スティーブは出現と同時に、持っていた剣の腹で副官の腕をおもいっきり叩いた。
「ぐぁっ」
腕の骨を折られた副官が叫ぶ。
「今度は魔法使いはいないようですね」
スティーブがブラドル辺境伯に向かってほほ笑んだ。
「また貴様か」
「今度こそ逃がしませんよ」
スティーブはそういうと、ブラドル辺境伯を魔法で作り出した鉄で腰から下を拘束した。
「一応言っておきますが、この状態で転移すれば、拘束されている下半身はここに残りますから、転移した先で死にますよ」
「それが本当だという証拠はどこにある?」
「試すのはご自由です。協力してもいいですよ」
スティーブとブラドル辺境伯の会話にレオが割って入ってくる。
「歓談中申し訳ないが、閣下には砦の中の兵士に降伏を呼びかけるのを先にお願いしたい」
「降伏だと?馬鹿な事を言うな。見た所10人程度で乗り込んで来たようだが、こちらは10,000の兵がいる。俺の事など気にせず攻撃しろと命令をすればどうなるかわかるだろう。お前等を生きて返すくらいならここで死んでも構わないから、そう命令を出すまで」
レオの指示にブラドル辺境伯は首を振らない。この状況で降伏したとして、命が助かる可能性はどれほどのものかわからない。ならば、お前たちも危険だぞと脅す方がよいと考えたのだ。
「流石に今日は魔力を使いすぎたので、この人だけ連れて帰りましょう。明日また攻撃すればいいだけですから」
「少年がそう言うならそうだな」
スティーブは魔力を使いすぎており、ここで砦の中の兵士を相手にするのはきつかった。魔力燃費の良い作業標準書を使って、全員を斬り殺すのであれば出来なくもないが、それだけの死体の山を築くのは気が滅入るのでやりたくない。
なので、ブラドル辺境伯だけ捕虜として連れて帰る事をレオに提案したのだった。そしてレオもそれを受け入れる。
「というわけで閣下、先ほどの答え合わせをしてみましょうか。下半身がどちらにあるか好きな方に賭けてください」
「いや、その賭けは止めておこう。勝った時に得られるものが良くわからん」
「実にご聡明な判断ですね。できればその聡明さを開戦前に発揮していただきたかった」
「準備は上々だった。実際に開戦からここまでずっと勝利をあげてきた。まさか、こんな切り札があるとは、神託でもなければわからんだろうな」
ブラドル辺境伯は己の運の無さにため息をついた。
スティーブはそんなブラドル辺境伯に怒りをあらわにする。
「僕は兵士同士が戦っているのであれば、ここまでの事はしませんでした。非戦闘員まで虐殺、略奪、強姦することにどんな意味があるというのでしょうか」
「命を賭けて戦場に出るからには、それなりの見返りが必要だという事だ。貴様らの国でも同じであろう?」
そう言われてスティーブは反論できなかった。戦場を見たのはこれが初めてだったからである。ただ、カスケード王国でもそうしたことはしているであろうと容易に想像は出来た。
「ひとつ言えるなら、お前のその考えは貴族としては危険だ。平民のことを考えて甘やかせば、奴らは次第にその要求を拡大してくる。王も貴族も平民は数字として捉えて、人として扱う事を考えてはならんのだ。平民が可哀想などと思わずに、納税する者がどれだけ減ったと考えなければならないのだよ。お前が貴族ならばな。まあ、どうせこれだけの魔法使いなのだから、爵位など望むままであろう?」
ブラドル辺境伯にそう言われても、スティーブは何も答えなかった。21世紀の日本人としての感覚は、身分制度の固まった世界では異質であり、その考えが広まれば市民革命が起きる事も歴史で知っていた。
その地球の歴史を踏まえてみると、ブラドル辺境伯の言う事は間違っていない。
自分の考えを広めていけば、最短で父の時代に革命が起き、自分かその子孫の代で間違いなく革命となる。平民となるのは元々そうであったので構わないが、貴族を断頭台に送れなどという過激な主張が通ってしまった場合、愛する家族の処刑を招くことになる。
「転移します」
結局、スティーブはそう言ってレオ達に加えて、ブラドル辺境伯と副官を連れてソーウェルラントに転移した。
「明日また迎えに来ますね」
「わかった。待っている」
レオにそう言うと、スティーブはソレノイドの町に転移して、アーチボルト領から来たメンバーを連れて家に戻った。正確には家の近くである。
家に帰ればアビゲイルやクリスティーナが迎えてくれるだろうが、その前に今後の話をしておきたいスティーブが、座標を少しだけずらしたのだった。
そこでレオたちとブラドル辺境伯を捕まえた話をする。
ブライアンは息子の話に目玉が飛び出すかというほど驚いた。
「敵の大将であるブラドル辺境伯を捕まえただと?」
「はい、父上。今はその身柄をソーウェルラントに移して、現在は閣下が監視しております」
「それではこの戦争は終わりか」
「いいえ」
一瞬喜んだブライアンは息子の言葉で落胆した。
「今日砦を急襲してブラドル辺境伯の身柄を確保しただけです。砦にはいまだに10,000の兵士がおります。明日はこの兵士を無力化して、更に国境の砦を奪還する計画となっております」
「すると明日には国内から敵兵を一掃できるわけだな」
「はい。なので明後日からはフォレスト王国に逆侵攻をかけることとなっております」
「逆侵攻だと?」
「はい。敵の王都まで一直線に攻め込みます。これは閣下の承認した作戦です」
オーロラを脅して認めさせた作戦ではあるが、スティーブはそんなことはおくびにも出さず、いかにもオーロラがやるように命じた風な話し方をした。
ブライアンもそうなっては反対するわけにもいかず、明日からの流れの説明を求めた。
「朝ソーウェルラントにレオ様たちを迎えに行き、敵の立て籠もる砦に転移します。ソレノイドの町と同様に魔法で敵を拘束して、閣下の軍に敵兵の処置を任せます。それが終われば次の砦に転移ですね。翌日は同じ事を敵の砦や領主屋敷、居城で行います。敵の伝達よりもこちらの方が動きが早いでしょう。それで、一部の兵士を残して転移で帰国して、翌朝になればまた転移をします。こうすれば夜襲と補給の心配もないですからね」
スティーブがいるからこそのドクトリンであった。
敵の本拠地に転移して、トップの貴族を拘束して降伏させる。占領した建物には少数の守備隊を残して、あとはソーウェルラントに転移して戻ってくる。
夜襲も気にならなければ、補給についても考えなくて良い。こんな作戦が一般化されることは決してない。
そして、これが知れ渡ることになると、今後は各国ともに王城の防衛対策について見直しを迫られることになる。
具体的には魔法が使えない空間の作成だ。その技術は確立されていないが、研究自体はどこの国でもなされていた。それに更に予算が割かれることになる。
「安全なところで食事と睡眠がとれるとはな。これが魔法の威力か」
「どんな魔法も使い方次第だと思いますよ。鉄の作成だって、敵の頭上でやれば立派な攻撃手段ですし」
「使い方の発想次第という事だな。今までは火や水、土属性の魔法が戦争では有効とされていたが、別の魔法を使う戦術が研究されることになるだろうな」
「さしあたっては転移の魔法でしょうね。直接本陣を狙うもよし、後方攪乱に使うもよし。自分でやっておきながら、相手にされたくはない戦術です。あ、そうだ。明日からは命令系統の一本化ということで、父上たちの参加はなくてもよいそうです」
スティーブの話にブライアンの顔が曇った。
「子供だけを戦場に送るのはなあ」
「そうは言っても、我が領軍の指揮権は父上のもの。いかに身分の差が有れども、レオ様も命令する事は出来ません。無用な混乱を避けるためには致し方ないこと」
「そうだな。明日も無事に帰ってこいよ」
「はい」
近衛騎士団長すら打ち負かし、多種多様な魔法を無尽蔵に使う息子ではあったが、やはりそこは親としては心配があった。出来る事ならば、戦場には出て欲しくないと思いながらも、立場上は送り出さなければならないブライアンには大きな葛藤がある。
それを妥協するために、無事に帰ってくるようにという約束をさせる。
その約束にどれほどの効果があるかわからないが。
そしてもう一人、スティーブが明日からは一人で戦場に行くと聞いて、ひどく気をもむ人物がいた。ベラである。
「スティーブ、明日私も連れていって」
「ベラ、それは出来ないよ」
「じゃあ勝手についていく」
「アベル~」
頑として言う事をきかなそうなベラに困ったスティーブは、アベルに助けを求めた。
「ベラの気持ちもわからなくもない。それに、一人くらい増えたところでスティーブの魔力なら問題ないんだろう。そこは連れていくべきだよ。いよ、女殺し」
アベルもベラの説得は無理だと思っていた。なので、ベラの味方にまわる。
困ったスティーブは、結局ベラを連れていくことにした。
「わかった。明日ベラも一緒に連れていくけど、転移した先では言う事をきいてね。それと、絶対に身代わりになろうとしないこと」
「わかった。身を盾にはするけど、身代わりにはならない」
「うーん」
ベラの返答に困惑するスティーブであった。
そこまでで出兵した者達の会話は終わり、スティーブとブライアンは屋敷に戻った。そこでクリスティーナが安堵から泣き出し、スティーブはそれをなだめるのに苦労した。とても、明日もまた戦場に行くとは言い出しづらい雰囲気で、それを伝えるのが翌朝となり、スティーブはクリスティーナに凄く怒られた。
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