第25話 盗賊騒動

 移住者の受け入れが無事に終わり、工場は稼働を開始した。知育玩具としては積み木、木のブロックに色々な形の色を付けた動物の形などを作るパズル、斜面を木のボールがコロコロ転がり落ちるおもちゃのラインナップで、エマニュエル商会を通じて国内に販売されていた。

 王立研究所が研究用にこれらの知育玩具を購入したという話が伝わり、耳の速い貴族や商人は自分の子供にと買い求めてくれたので、売り上げは順調に伸びていた。

 今のところ大きな市場での不具合も報告が無く、アーチボルト領の特産品としてブランドを確立しつつあった。

 そして今のところスティーブの狙い通り、おもちゃ事業に参入してくる工房は無く、一社独占の状態だ。

 ただし、スティーブの仕事は増えて、以前のようにベラと狩りに行くことはめっきり減った。そんなスティーブであったが、本日は時間が取れたこともあって、久しぶりにアベルとベラと一緒に狩りに来ていた。


「スティーブ、腕はなまってないよな?」

「勿論」


 アベルの意地の悪い質問に、スティーブは平然と答える。ベラはそのやり取りの懐かしさを嬉しく思いながら聞いていた。

 ここ最近のベラは、移住者の護衛でアーチボルト領を離れており、スティーブの顔を見るのは久しぶりだった。第三の村に到着しても、タイミング悪くスティーブがいない時ばかりで、全く会う機会が無かったのである。

 さて、いよいよ獲物を狙うかと云う時、従士のコーディがスティーブを呼びに来た。


「若様、急いで屋敷にお戻りください」

「何かあった?」

「ふたつ隣の領地が盗賊団にやられたそうです。で、警戒するにあたってブライアン様が若様を呼ぶようにと」

「それは大変じゃないか」


 スティーブは事の重大さから、直ぐに狩りを打ち切って屋敷に戻ることにした。

 ベラは折角のスティーブとの一緒の時間が予定外の出来事で終わってしまい、次はいつになるのだろうとがっかりしていたが、アベルとベラも一緒に来るようにと言われて喜んだ。不謹慎ではあるが。

 スティーブの転移で一瞬で全員が屋敷に戻る。


「目の前の景色が一瞬で変わるから、頭が変になりそうだぜ」

「相変わらず慣れないわ」


 アベルとベラがふらついた。転移に慣れないと、一瞬で目の前の景色が変わるのに頭がついてこないのだ。

 そして、直ぐにブライアンのところに行く。既にアーチボルト家の面々が揃っており、そこにスティーブとコーディ、アベルとベラが加わる。

 全員が揃ったところでブライアンが口を開いた。


「ふたつ隣のカーティス男爵の領地で一つの村が盗賊団に襲われて壊滅した。西部の国境付近で盗賊団が出没しているという話は聞いていたが、いよいよこの近くまでやって来たというわけだ」

「国境沿いということなら、盗賊団の背後にフォレスト王国があるんじゃないですかね」


 コーディがそう言うと、全員が頷いた。なにせ、仮想敵国で小競り合いなら頻繁におこっているし、本格的な戦争も何度もあった。そのフォレスト王国との国境の村が襲われているというのなら、背後にはフォレスト王国がいると考えるのが普通である。


「でも、それならうちの領地は来ないかもしれませんね」


 とスティーブが言う。

 地形が影響しているのだが、カーティス男爵の領地はまだなだらかではあるが、そこの隣のダービー男爵の領地からは山がフォレスト王国との間にあり、人の往来を隔てている。

 そして、アーチボルト領では山が更に高くなって、標高2,000メートルを超える。

 ここを越えようとするとかなり困難であり、盗賊団への物資輸送をしようと思えば軍隊を動かす必要がある。はたして、アーチボルト領にそれだけの価値があるかといえば、それは否だ。


「スティーブ、それは盗賊団がフォレスト王国と関係がある場合だな。カスケード王国の国民だった場合は、逃げやすさから国境沿いを荒らしまわっている可能性だってあるから、警戒は怠らないようにした方がいい。こちらに逃げて来る可能性だってあるんだからな」


 ブライアンはそう言いながらも、自身もフォレスト王国による工作の可能性が高いと考えていた。

 そして、その工作に対応するための人員はアーチボルト領にはいなかった。そもそも、攻める側が圧倒的に有利な非対称戦である。そこにきて、弱小騎士爵領ともなれば防ぎようもない。

 通常ならば。

 そう、ここには異常値となるスティーブがいる。それを考慮してブライアンは対策を考えた。


「当面は本村の見回りは私とコーディが行う。新村はアベルが、第三の村はベラに任せる。盗賊団を発見した場合は直ぐに狼煙をあげるように。そうすれば、スティーブの魔法で直ぐに駆け付けて対処しよう。スティーブ、2人に遠眼鏡を渡すぞ」

「はい。2人とも、今から渡すものは軍事機密なので、紛失は絶対に許されないのは当然として、万が一敵に奪われそうになったら破壊してね」


 ブライアンが遠眼鏡と呼ぶのは望遠鏡のことである。超がつくほどの機密であり、シリルを通じて国王に献上したのと、国軍からの要請で20個ほどを納入している。それらすべてにシリアルナンバーが刻印してあり、万が一紛失や盗難に遭った場合は、どの個体がそうなったのかがわかるようになっている。

 アーチボルト家ではブライアンが管理しているのだが、今回の事態でそれをアベルとベラに貸与することにしたわけである。

 いつになく真面目な顔でスティーブに言われて、アベルとベラも神妙な面持ちで頷いた。

 ブライアンが鍵のかかった箱から二本の筒を取り出す。


「こっちに目をつけて、窓から遠くをみてごらん」


 ブライアンが使い方をみせてから、2人に遠眼鏡を手渡した。

 2人はブライアンがやったようにして、窓から外を見る。


「うお、遠くが近くに見えるぞ」

「本当だ」


 アベルとベラは軍事機密であると言われたことを忘れる位、吃驚してはしゃいだ。


「これを使って遠くに人影が見えたら、それがどんな人物なのかを判断するように。距離が時間を与えてくれるから」

「はい」


 ブライアンの指示にアベルとベラは大きな声で返事をした。

 アベルとベラは既に従士の扱いとなっており、給金もそれなりものを受け取っていた。成人と共に正式に従士として採用される予定である。まあ、その際は行儀見習いが必要だとブライアンは考えていた。

 配置について説明が終わったところで、スティーブは情報をとりにオーロラのところに移動する。

 約束は無いが、スティーブの姿を見ると門番は直ぐにハリーに報告に走る。ソーウェル辺境伯領では、スティーブは伯爵相当の貴族と同等の扱いをするようにと指示が出ていた。父親ではなく爵位を継いでいない子供への待遇としては異例であるが、その実績からオーロラがそう指示を出せば、兵士達は従うしかなかった。

 応接室に案内されて待っていると、直ぐにハリーがやって来て用事を確認する。


「ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか」

「国境沿いを荒らしている盗賊団の情報が欲しくて。閣下ならなにか情報をお持ちか、既に対策をうっているのかと思いまして」

「そういうことでございましたか。ただいま主人に報告してまいります。もうしばらくお待ちください」


 ハリーは要件を確認すると、オーロラへの報告の為一度退室する。そして、オーロラの許可がおりたので、スティーブを執務室に案内した。

 執務室に入ると、書類を次々と処理しているオーロラがいた。


「ご機嫌麗しゅうございます、閣下」

「麗しく見える?それなら神童と言われるあなたの目も大したこと無いわね」

「それは買いかぶりですね。どこにでもいる子供ですよ」

「あなたみたいな子供がどこにでもいたら、世の中の景色も様変わりしていることでしょうね。それで、本題に入りましょうか」

「はい。実はうちの近所のカーティス男爵の領地が盗賊被害にあいまして、聞けば西部の国境沿いでかなり盗賊の被害が出ているとか。我が領地にも盗賊が来る可能性もあり、閣下がお持ちの情報をいただけたらと」

「条件次第ね。こちらも調査にお金がかかっているから、はいどうぞというわけにはいかないわ。例えば、国軍に売った遠眼鏡をうちにも渡してくれるとかあれば、考えなくもないけど」


 オーロラの要求にスティーブは流石耳が良いなと感心した。最重要軍事機密である遠眼鏡の存在は、国王と国軍の一部しか知らないはずであるが、それをオーロラは把握していたのである。


「あら、私が遠眼鏡の存在を知っているのが不思議?国軍に配備されて西部にも現物があるのだから、私の耳に入らないわけがないでしょう。取り扱いには注意するからお願いよ。陛下には私の方から話を通しておくから」


 先程まで仕事に忙殺されて不機嫌だったオーロラは、スティーブの驚いた顔が見られたので機嫌が良くなった。スティーブの上を行くというのは彼女にとっての目標であり、それが達成出来ている事がわかったからである。

 スティーブも自領の命運が関わっているので、予備で作ってある遠眼鏡を転移の魔法で取りに行き、現物をオーロラの目の前に持ってきた。

 スティーブから遠眼鏡を受け取ったオーロラは、早速それを使って窓の外を見る。使い方まで把握していたのだ。


「随分と遠くが大きく見えるのね。仕組みを教えて貰えないかしら?」

「流石にそこまでは。この製法については王立研究所が管理する事になっておりますので、僕が提示することは出来ません」

「仕方ないわね。陛下に睨まれても嫌だし、今回は現物が入手できただけでよしとするわ。あと何個かある?」

「我が家の予備をお持ちしたので、今はそれしかございません」

「そうよねえ。簡単には作れなそうだし、今回はこれで取引成立にするわ」


 オーロラはそう言ってくれたが、実際にはスティーブの魔力が続く限り遠眼鏡を作る事が出来る。そして、オーロラはその事をうっすらと勘づいていたが、敢えて追及するような事はしなかった。

 この取引が成立したことにより、スティーブはオーロラから盗賊団の情報を貰う。


「襲われた村の生き残りから得た情報では、盗賊団はフォレスト王国の方に帰っていったそうよ。それを裏付けるために捜索をしてみたんだけど、通常の移動距離の倍くらいの距離で休憩を取っていたのよね。村を襲った後で、強行軍で帰国するにしても休息無しっていうのは普通じゃない。そこで、うちと国軍は魔法使いの存在を疑っているの」

「魔法使いですか」

「ええ。移動時間を短縮できるような魔法があれば、そうしたことも可能でしょう。可能性としては転移か身体強化ね。足跡から判断すると相手は20から30人くらい。だから魔法使いも魔力が足りずに、本国まで一気に転移出来ないか、身体強化もそこそこしか出来ていないという見解よ」


 転移の魔法で使う魔力は距離と質量に比例する。普通の魔法使いが30人を長距離転移させようとしたら、魔力切れでどこに転移するかはわからない。その危険があるので、魔法と通常移動を組み合わせている可能性があるという事である。

 身体強化にしても同じで、一度に強化魔法をかけられる人数に制限がある。強化の度合いを高めれば一人にしかかけられないし、低度の強化であれば大人数にかけられる。

 これらはカスケード王国の魔法使いによる経験からわかっている。ただ、未知の魔法だったり移動方法があるのであれば、的外れな推測だったとなる。


「フォレスト王国による工作だとして、狙いはなんでしょうか?」

「こちらの消耗でしょうね。被害状況の把握と犯人の捜査。それに、次の襲撃に備えての軍の警戒となると、費用はかなりのものになるわ。これを理由に戦争をしようとしても、相手が盗賊団とは無関係と主張したら、こちらに大義名分は無くなる。周辺国もこちらを狙っている状況だと、フォレスト王国と手を組むというのは十分にあるわね。正義は向こうにあるってなるから」

「警戒といっても、長い国境線をどうやって警戒するのですか?」

「それは、そういうのに長けた魔法使いがいるとだけ教えておくわ。詳細については今回の契約外よ」


 ソーウェル辺境伯家や国軍には、偵察を主務とする魔法使いがいる。動物と感覚を共有する魔法や、飛行する魔法、遠くを見る魔法などで長い国境線を監視しているのだ。ただし、これも超がつく軍事機密であるので、スティーブに教えるようなことは無かった。


「では、盗賊を生け捕りにしたらそれを教えていただけますでしょうか」

「生け捕りにする宛でもあるの?」

「いや、こればかりは向こうから来てくれないと無理でしょうね。そうなると、山が自然の国境になっているうちの領地は可能性が低いです。でも、来た時は生け捕りしてみせます」

「そうねえ、生け捕りだけじゃなくて、その盗賊がフォレスト王国との関係を認めたならば、その時は偵察をしている魔法使いを紹介するわよ」


 この約束により、スティーブは俄然やる気が出た。盗賊を生け捕りにしたら、新しい魔法を覚える事ができるかもしれないのだ。その価値は計り知れない。

 さあ、今からでも捕まえに行こうかと、ソファーを立とうとしたら、それをオーロラに止められた。


「ねえ、遠眼鏡を発注しようと思うのだけど、納期はいつ頃になるのかしら?」


 スティーブは追加で遠眼鏡を納入することを約束させられたのであった。

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