虐げられて死んだ僕ですが、逆行転生したら神様の生まれ変わりで実は女の子でした!?
RINFAM
第1話
「ラ、ラ、ラトール様ああっ!!坊ちゃま!!た、たっ、大変でございます!!」
お城みたいに広大な屋敷の中で、女中頭の悲鳴じみた声が響き渡る。
これで離れの屋敷に過ぎないんだから、本邸はどれだけ広いんだか!?って思うよね。
「なんだ。どうした、キアイラ?」
「ぼ…坊ちゃま、ああッ…あ、慌てないでくださいね!?」
『坊ちゃま』と呼ばれた兄上が、微妙に嫌な顔をするのが見えた。
確か兄上は16歳になるはずだから、さすがにそろそろ坊ちゃま扱いは嫌だよね。わかる。
「慌てているのはお前だろう。いったい、どうしたというんだ…」
「フィ…フィーリウ坊ちゃまが…」
「フィーリウがどうした?」
「フィーリウ坊ちゃまが、坊ちゃまでないんです!!」
女中頭の言葉に兄上が、不可解そうな顔を見せる。
うん。それはそうだろう。女中頭も動転しまくって、完全に説明が足りてないし。
「坊ちゃまが坊ちゃまでないって…まったく意味が解らんぞ。落ち着いて説明しろ、キアイラ」
兄上の冷静な声に女中頭──キアイラと呼ばれた年配の女性は我に返ったのだろう。ハッとした表情を浮かべて一旦言葉を切り、スーハーと深呼吸を繰り返し始めた。すると、
「……失礼いたしました。女中頭とあろうものが、お見苦しい姿をお見せしまして…」
プロとはかくあるべきなのか、女中頭はすぐに本来の落ち着きを取り戻し、ペコリと美しく洗礼された礼をしてみせる。
さっきまであんなに取り乱していたのに、一瞬で『何ごともなかった』みたいな澄まし顔を見せれるんだから本当に凄いなぁ。
兄上の乳母兼女中頭って凄い人なんだ。
なんて感心していると彼女は、兄上にたった今判明した重大な事実を告げた。
「フィーリウ坊ちゃまは、男の子ではございません」
「…………………は?」
何を言ってるんだ?と言いたげな顔で兄上は、澄ました顔を取り繕うことに成功した女中頭と、彼女に抱きかかえられてここへ来た僕の顔とを交互に見詰める。
「フィーリウ坊ちゃまは、坊ちゃまなどではなく…お嬢様なのです」
「…………………………はああ!?」
普段の冷静、冷徹な兄上を知る人が見たら、きっと自分の目が見る光景を信じられないに違いない。
そう思えるほど間の抜けた顔で兄上は、女中頭の手で目の前に立たされた僕の姿を見ていた。
そうだよね。驚くよねえ。
僕だってビックリしたよ。
ていうか、未だに信じられない。
だって生まれてこのかた──いや、今生で過ごした5年間はもちろんのこと、『前回』生きた15年間を通しても初めて今回、自分が本当は『女』だなんて知らされたんだから。
「フィーリウが……女の子…??」
「…………えっと」
………駄目だ。
やっぱ、僕も兄上同様、まだちょっと混乱してる。
僕…いや、女の子なんだから、私って、言った方が良いのかな??
う…うう~ん…慣れないなぁ。なんだか違和感しかない。
ま、まあ良いか。
とりあえず今は『僕』のままで行こう。
混乱を極めたこの状況を目の前に、僕は僕の『人生』について、今一度振り返ることにした。
僕が『死んだ』のは、15歳の時だった。
何を言ってるのか解らないかも知れないが、僕は確かに一度死んだのだ。
死んだ時のことはよく覚えていない。
というか、何故、僕が死ななくてはならなかったのか、そこら辺の事情すらまったく解らなかった。
結局、僕は1人きりで最後を迎えた。
死因はハッキリ覚えている。
暗殺者による刺殺。
背中から突き抜けた剣の、鋭い切っ先を良く覚えている。
死ぬ瞬間は寂しかったし、悲しかったし、辛くて苦しくて痛かったけど。
でも、僕は、心のどこかで、ほんの少しだけホッとしてたと思う。
すべてから解放された、そんな気がして嬉しかった。
これで良いんだ。
もうこれで、誰にも迷惑をかけずに済む。
そんな卑屈な気持ちを抱きながら死ぬ僕の脳裏には、死に至るまでの記憶が走馬灯となって蘇っていた。
「まあ!!坊ちゃま、またお食事を残して!!」
遠慮ないメイドの金切り声が耳に突き刺さる。
その声音に親愛や愛情は欠片も感じられない。
主に対する尊重や気遣いの気配すらもない。
視線や態度から滲み出ているのは、限りない悪意と侮蔑、そして、底知れぬ嘲笑だけだ。
「好き嫌いしてはいけませんよ。だからいつまでたっても大きくなられないんです」
「……………」
言葉だけなら僕の身を案じ、優しく諭してくれているように聞こえたかもしれない。
だけどメイドの顔に浮かんだ笑みや、声に含まれる明らかな悪意が、それらすべてを裏切っていた。
「ご主人様もおっしゃってましたよ。『フィーリウは我儘が過ぎる』って。ああ『四聖家の恥さらし』ともおっしゃられてましたわね」
そこからメイドはいつものように僕の無能さをあげつらい始めた。
血を分けた家族からの辛辣な言葉と共に。
神霊力ももたぬ出来損ない。
『四聖公』シュワルツ家のお荷物。
そして世間で僕のことが、どう悪しざまに噂されているか。
「こんな役立たずな坊ちゃまに、お優しいご主人様はこんな立派なお屋敷を下さって、何不自由なく暮らさせてくださっているというのに……坊ちゃまは我儘三昧なご自分をお恥ずかしいとは思われないんですか??」
はぁ~っと、わざとらしく大袈裟な溜息を吐いてメイドは言った。
「…………」
そう言いながらもメイドは、手付かずの食器を面倒臭げに片付けていく。と言っても、テーブルの上には小さな皿に盛られた変な匂いのする食物と、水の入ったコップの2つしかなかったのだけど。
そんな僅かな作業ですら『面倒で仕方がない』といった様子だ。
「ああ、ああ、もう結構です。食べないとおっしゃるなら今晩は食事抜きですよ。よろしいですね!?」
僕の返答を欠片も待つ気もなく、メイドは食器を持って部屋を出て行った。
「………お腹すいた…」
ヒステリックなメイドの声が聞こえなくなると、途端にぐうと僕のお腹が鳴る。
もうこれで何日食べていないだろう。3日?、4日?、1週間かな??
確かにお腹は空いていたけど、もはや、空きすぎて感覚が薄くなってきていた。
薄暗い部屋の中を見渡してみると、万一死なれても面倒なのか、水だけは部屋に置いていってくれていた。なんか少し濁ってるし臭い気もするけど。
何もないよりはと水を飲む。
美味しくない。
けど、さっきの料理を食うよりマシだった。だってお腹を壊さないから。
「兄上にとっても…僕はやっぱり要らない子なんだな…」
兄である四聖公ラトール・シュワルツ・ドラッヘシュロスは、この国を支える四聖公の筆頭で宰相を務めるがゆえにいつでも常に忙しい。最後にお顔を見れたのは確か1週間前だった。
普段は本邸に住んでいる兄上は、仕事の手が空いた時だけ、この離れに僕の様子を見に来てくれる。
何を話す訳でも無いが、兄上は僕とお茶をしたり、食事をとったりしてくれるのだ。
そして、その時だけは僕の前にも、残飯ではなく、美味しそうな食事が並べられる。
「……どうした。食べないのか」
「…………え…は、はい」
闇を切り抜いたように黒い髪と黒い瞳、精巧な氷細工みたいに、美しく整った完璧な顔。18歳になった当時の兄上は、間違いなく美青年と呼ばれる種の人間だった。そう、髪や目の色は同じでも見た目が貧相で、出来損ないと呼ばれていた僕なんかと違って。
「しっかり食べないと、いつまでも健康になれないぞ」
抑揚の少ない冷淡な声で兄上は言うが、僕はいつも料理のほとんどに手を付けなかった。せいぜいがパンとか、スープをほんの少し飲むだけだ。
何故ならここぞとばかりに料理に手を付けると、食べ付けないものを食べた胃がビックリして、下手をすると吐き出してしまうからだ。
ホントは食べたい。
すごく食べたい。
そう、お腹いっぱいに。
でも、兄上の前でそんな醜態を晒してしまったら、きっともっと嫌われてしまうに違いないから。そう言って、周りの者から脅されていたから。
だからこそ僕はいつも常に、軽くしか食事に口を付けずにいたのだ。
「パンとスープしか口にしていないじゃないか」
「ご…ごめんなさい」
責められているかのような問い掛けに、無意識な身体がびくっと怯えてしまう。
兄上の視線はきつくて、感情が読めなくて、僕には少し怖かった。
「でもすごく、美味しいです…」
雰囲気に気圧されて上手く言葉が出なかったが、なんとかそれだけは喉から絞り出す。
だけど力ない僕の声が小さすぎて、兄上には届いていないようだった。
こうして食事を共にすることももちろんだが、僕は兄上と一緒に居られる時間が嬉しかった。
だってふわふわのパンや、温かいスープなんて、兄上が来る日以外口に出来なかったから。
こうしてここに兄上がいる間は、意地悪なメイドや執事も、僕なんかに優しく接してくれたから。
でも、そんなこと兄上には言えない。言ってはならない。
今も周りでメイドや執事たちが、僕に対して優しげな様子を装いながら目を光らせているし、それに、兄上自身も僕にとても厳しい目線を送ってきていたから。
失望させてしまうのではないかと、嫌われてしまうのではないかと思うと、怖くてどうしても口に出来なかったのだ。
今にして考えるとあの時、勇気を出して窮状を訴えていれば、あんな結末を迎えることは無かったのではないかと思うのだけれど。、
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