25.冥神の地―4
「獣たちがこちらに気がつきました」
澄んだ声――女性の声はそう言った。
「すぐにも来ます」
「ふん」
ヴォトル少尉は鼻を鳴らす。
「ネぇク! 機銃掃射、用意!」と一声
「りょ、了解しました!」
わずかに震えを帯びた若い男の声が応答し、同時にごそごそ動く気配が伝わってくる。
車体天板上に取り付けられた機銃操作位置にネク一等兵がつくべく動いたものらしい。
「車載機銃、射撃、準備よろしい!」
用意が完了したことを報告する声が、つい今の今まで発されていた場所とは異なる位置から聞こえてきた。
「よし」
ヴォトル少尉は、満足そうにうなずくと、
「シールズ、そっちはどうだ?」
操縦士と砲手を兼任する部下に質問する。
「ダッグインしている敵装甲車両は確認済み。行進間射撃は可能ですが一射必中とはいかないかも、ですな」
少しとぼけた口調の答。
ヴォトル少尉は、くッと苦笑した。
「『魔弾の射手』の二つ名持ちが、よく言う」
「いやいや、そんなもんですて。いくらなんでも条件悪すぎってもんでしょう? 過度な期待は厳禁厳禁」
おどけるみたいに、ぼやくみたいに口にする文句に、車内の空気がふっと
緊張が程よくほどけたところで、ヴォトル少尉は澄んだ声の主――エルフの巫女に話しかけた。
「乗り心地はどうです?」
「乗り物に乗るのは久しぶりなのですが、ずいぶん揺れるものですのね」
「酔ったりはしてませんか?」
重ねて訊くと、
「まぁ」と、口許に手をあてた感じで彼女はわらった。
「そんなにお気遣いしていただかなくても大丈夫ですわ。同行を申し出たのはこちらですもの。御役に立つことはあっても、皆様の足を引っ張るようなことは致しません」
「いや、そんな事は思ってもいやしませんが、と、とにかく安全第一で、ですね……」
しどろもどろになり言いかけるのに、
「少尉殿、顔が赤いですぜ」と見える筈もないのに、シールズ軍曹が茶々をいれてきた。
「ば、馬鹿野郎!」
「あ~、俺たち古馴染みにも、お嬢さんへのその優しさの何分の一かでも向けてほしい~」
リド上等兵。
その言葉にネク二等兵がプッと吹きだすに至り、車内は笑いの渦につつまれた。
ドワーフではない
同盟しているといっても他国人。
そして何より民間人――非戦闘員だという事実。
ヴィンテージ中尉……、もちろん本人からも〈ブラウヴェイス〉への乗り組みを要望された時、ヴォトル少尉は、だから反対したものだった。
だが、その反対を、
ひとつには索敵。
ひとつには連携。
ひとつには防護。
それらの加護を巫女としての超常のちからで提供できると言われ、押し切られてしまった。
なるほど臨時と言うもおろかな即席で、まったく連携も何も訓練さえしてない合同部隊。
くわえて、その状態での敵との戦闘だとか、メチャクチャだ。
その勝率を上げられるのだったら、エルフたちの提案に乗るのは理にかなっている。
しかし……、
機甲戦において戦車をふくむ装甲車両は、すなわち鉄の
敵の火砲や地雷、火炎瓶、場合によっては手榴弾――乗車が破壊されることは即ち乗員すべての死を意味しているのだ。
今は車内のいちばん後ろ――外部へ通じるハッチを背中に、山と積まれた砲弾と砲弾の間に挟まれ床に三角座りしている彼女のことを車長たるヴォトル少尉が心配するのは当然だった。
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