三章.『Killing Field』
22.冥神の地―1
「中尉殿」
警戒にあたっている者をのぞき、一同が車座になって地面に腰をおろしているなか、一人のエルフが駆け寄ってきた。
現在地に到着以来、二日の時間がたっている。
その間、ヴォトル少尉たち戦車兵は乗車の状態を完全なそれに整え、ヴィンテージ中尉たち山岳兵は敵情の確認に動いていた。
今は最終的な行動計画、と言うより、有り体にいえば攻撃計画の打ち合わせ中である。
ヴィンテージ中尉自身は、サクラサス公国軍の司令部をおとずれ、協力要請をした時点ではそこまでは考えていなかった。
威力偵察程度を想定していたらしかったが、現地に着いて考えが変わった。
敵が展開している部隊規模に驚愕し、脅威の念を新たにしたのだった。
老獪、と言うか、要請を受けた側の司令官は、多分そこまでを読み、なけなしの兵力を提供してくれたから、方針の転換は容易とまでは行かなくとも可能であったことも決断の要因としては大きいだろう。
とまれ、
「敵情確認より只今もどりました」
「お疲れ様」
敬礼してくる部下を常と変わらぬ様子でねぎらい、座るように言うと、『では報告を』とヴィンテージ中尉は促した。
防水布を敷き、ここまで移動してきたほぼ全員がぐるりと囲んでいるのは、一枚の地図と一人のエルフの女性。
カロンの三叉路を中心として描かれた地図と、それから、魔犬に襲われ、焼け落ちた集落からからくも脱出してきた女性であった。
女性は座の中心にあって
瞑想状態のようにも見えた。
報告を求められたエルフの若者が、うかがうような目でヴィンテージ中尉を見る。
「かまわない。巫女殿も承知している」
ヴィンテージ中尉が言うと、部下の若者はうなずいた。
「は。では、確認してきた敵の配置を報告させていただきます」
それでも、どこか遠慮があるのか、声をひそめるようにして言うと、ポケットから取り出したペンの先を地図上につける。
「敵部隊の規模は大隊。うち、装甲車両は一〇両。車種は〈テュープ234〉。魔犬は約二〇頭。そのほとんどがカロンの三叉路に位置しています」
配備されている場所なのだろう箇所にペンでしるしをつけていく。
が、
奇妙なことに、しるしを付けられた箇所には既におなじくマーキングが施されていた。
一箇所や二箇所ではない。
報告されていく場所すべてにだ。
「むぅ……」と誰かが唸った。
エルフではない。
報告に耳を傾けているドワーフの誰かだ。
同時に、『はじめて見たけど、いや、エルフの巫術ってのはスゲぇな……』と溜め息のような感嘆の声もつたわってきた。
そう。
ヴィンテージ中尉が、『巫女殿』と呼んだ女性――魔犬に焼かれた集落から逃げのびてきたエルフの女性は、巫女と称される存在で、かつ、その身に宿す超常のちからでもって敵情を観た。
それを地図上に告げていたという事であるらしい。
ただ、念には念をで、ヴィンテージ中尉は、部下に物理的な手段でも確認させた。
ダブルチェックさせたという事のようだった。
(妥当な判断じゃあるんだろうが、どうなんだろうな。自分の
テストの答合わせのように進められていく敵の配置状況の確認に、ヴォトル少尉は、なんとはなしにそんな事を思った。
と、
「そんなことはありませんよ」
その、当の巫女の瞳がパチリとひらき、自分の顔をひたと
心を読まれた!?――脳裡をよぎった疑念に、背筋がわずかに冷たくなる。
「自分と、なにより配下の命を賭けるのですもの。準備に抜かりが無いよう心がけるのは、群を率いる立場にあれば当然のことですわ」
すこし微笑みながらそう言ってきた相手に、うなずきを返す程度が精一杯だった。
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