13.戦場の情景―6

 悪路――かろうじて道の体を成している道路を走る。

 既に深夜と言うにも遅い時間にさしかかって久しい。

 周囲を照らす光といえば、夜空に瞬く星明かり程度。

 自車が点したヘッドライトは、減光されているため照明といえるほど明るくもなく、また照らし出す範囲も限定されていて狭い、頼りなく感じるものだ。

 身体はひっきりなしに不規則な震動に揺さぶられ、時におおきなゴツン! という衝撃がくる。

 舌を噛む危険があるため、気軽におしゃべりもできない劣悪な環境。

 それでも頬を撫でる風は心地よく、実にひさしぶりと思える開放感を味わわせてくれる。

 小隊長の言葉通りに交代の部隊がやってきて、戦車壕から這い出し、後方へと退く道中である。

 コマンダーキューポラから上半身を剥き出しにしたヴォトル少尉からは、〈ブラウヴェイス〉――自車の各処に設けられたハッチが開かれて、そこから思い思いに部下たちが身を乗り出している様子が見てとれた。

 堅固な装甲にまもられた車内は、安全の引き替えとして狭く窮屈だ。

 生まれながらにして閉所暗所を苦にせず、むしろ適性さえしめすドワーフでもなければ長時間戦闘車両の車内にこもりつづけるのは苦行でしかないだろう。

 敵手たるイスタリア帝国軍に限らずヒト族の戦車乗り、それも経験のあさい戦場慣れしてない戦車乗りのなかには乗車に小銃弾が当たっただけでパニックをおこし、車体を捨てて逃げてしまう者も、ままいると聞く。

 それに較べれば、鉱山の坑道にもぐり、いつ起きるか知れない落盤事故などにも度を失ってしまわない程の精神的な耐性があるドワーフは、確かに戦車乗りには向いているのに違いない。

 すくなくとも、今日いちにちを共にすごしたこの車両の乗員、そして、一緒に戦った砲戦車小隊のメンバーたちはそうだった。

 自分自身もふくめ、よくも折れなかったものだとそう思う。

 さすがはドワーフ。鉄火場に強いといったところだろうか。

(ま、それにも限度はあるけどな)

 ヴォトル少尉はふたたび進行方向へと目を向けた。

 最前線からは遠ざかりつつあり、一応は安全。

 しかし、油断は禁物である。

 何故なら、たとえば敵の狙撃兵スナイパーが、道中のどこか物陰に潜んでいるかも知れず、たった今、狙い撃たれる危険がぜったい無いとはいえないからだ。

 が、

 それを承知していて、なお、ヴォトル少尉は部下に対する小言を口にしようとはしなかった。

 寝こけてしまったり、度をこしてだらけているなら別だが、むしろ適度な息抜きはするべきだと考えている。

 緊張しつづける日々がつづいたあまり、戦場神経症を発症したりして、兵士として使い物にならなくなるよりマシだからだ。

「居眠りこいて、落っこちたりするんじゃないぞ」

 いちおう、軽めの釘をさしてはおいたが。

 と、

 そうして、どれくらいの間はしったか、

「少尉、前方、検問です。スピード落とします」

 シールズ軍曹が報告してきた。

 ヴォトル少尉の返答を待つこともなく、車速が落ちて、ギャリギャリと地面をひっかくキャタピラ音のボリュームが下がった。

 ドワーフらしからぬ、いかにもやっつけ――ベトンで乱暴に構築された急造陣地群が夜闇のとばりの奥からぼぅ……と姿をあらわしてくる。

 目的地――ヴォトル少尉たちが属する砲戦車小隊、さらにはそれを包含する防衛部隊そのものを束ねる司令部……の入り口に辿り着いたのだ。

 灯火管制が敷かれていて暗く、何門もの砲がこちらを指向していること間違いナシと感じられるなか、憲兵とおぼしき人影が、これはクッキリと明るい交通誘導灯を『止まれ』の意を込め振りながら、〈ブラウヴェイス〉の前に立ちふさがった。

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