鮎沢家

 楓胡ふうこがジジイを確保して事態はようやく収拾した。

「すごいな」雷人らいとが感心している。

「バアサンの技を見た。二十年ぶりかな」いつの間にか叔父の歳也としやも来ていた。「姉さんに似ているがバアサンにも似ているな。もちろんバアサンの若い頃だ」

「おばあちゃんに仕込まれましたから」楓胡ふうこは屈託なく笑う。

 年配者相手の楓胡はに擬態する。

 それにしてもコイツ、レスリングにけているのか。要注意だな。

 改めて三姉妹とジジイ、雷人らいとは名乗り合った。

「まさかが三人増えるとは思わなかったぞ」雷人が言う。

「俺もだ」俺はジジイと叔父をにらんだ。

 聞いてなかったぞ。だと思っていたのにとはな。

「言っておらんかったか。カッカッカ」何がカッカッカだ。

「道場を忍者屋敷にしたんだな」俺はそれも気になったから訊いた。

「これからは忍術も教えていこうと思う。近所の子らに」何を教えるつもりだ。やめてくれ。

「まあ素敵! 私にも教えて!」楓胡が目をキラキラさせた。

「良いじょ」ジジイはご満悦だ。

 そんなに機嫌をとるな。調子に乗って手がつけられなくなる。

「楓胡は可愛いのお」ジジイが楓胡の頭を撫でる。

 エヘヘと笑う楓胡。どこまで本当の顔かわかったものではない。こいつは大人に気に入られる術を身につけている。

 桂羅かつら泉月いつきは戸惑いを隠しもせずに突っ立っていた。


 俺たちは八畳二間をぶち抜いた居間に勢揃いした。ジジイ晴明はるあき。叔父歳也としや。その妻玲子れいこ――義理の叔母だ。歳也の子で俺たちの従兄妹――雷人らいと飛鳥あすか。そして俺たち四人。

 夕食には少し早い時間だったのでお茶を飲みながら話をする。

 楓胡ふうこが俺の幼少期から中学時代の話を聞きたがったので、叔父、叔母、飛鳥が喋りまくり、俺は頭を抱えた。

 とんだヤンチャになっているではないか。金髪に染めてバイクを乗り回し、地元のヤンキーたちを

 そんな目立ったことはしていないぞ。俺はどちらかというと暗躍したい性格なのだ。今も御堂藤学園でおとなしいモブ男を演じているつもりだ。

「学校ではおとなしくしているのですか?」飛鳥あすかがわざわざ泉月いつきに訊きやがる。

「クラスが異なるので正確なことはわからないけれど――目立たない子みたいね」

 思わせぶりな言い方をするな。

「生徒会とは関わらないからな」俺は言った。

「あら――この間休日にわざわざ生徒会室まで私を訪れてくれたじゃない」

「あれはその……」シスコンムーブなのだがな。

「そういえば鏡花きょうかも高校時代生徒会長をしておったのう」ジジイが俺たちの母親のことを言った。「鏡花は表から学校を

「ぜひ聞きたいわ」楓胡がせがむのでジジイも嬉しそうだ。

「私は別に学園をしめているつもりはありません」泉月はいつも真顔だ。

「あんた――自覚がないようだから言うけれど、結構アンチが多いわよ」桂羅が口を出した。「あんたにそっくりというだけで私は距離をおかれ、腫れ物にさわるみたいな扱いを受け、廊下を歩いたら好奇の目で盗み見られるもの」

「それはお前が氷みたいな冷たい顔でひとを寄せつけないからだろ」俺は言ってやった。

「は? 何言ってるの!?」

「お前――ずっとひとりで昼飯食っているじゃないか」

「よく見ているわね。クラスも違うのに。わざわざ見に来てくれているんだ。ふうん」

「た、たまたま目に入っただけだ」

「火花ちゃんは、妹二人のことがとても気になるのよね」楓胡はいつも呑気だ。「どうせなら私のことも見ていて欲しいわ」

「いや、お前は新聞部のパパラッチに擬態してあちこち暗躍しているだろ。見なくてもわかるわ」

「ほんとうに――仲が良いのねえ」玲子叔母が目を細めた。「安心したわ」

「いつもこんな感じですう」楓胡も笑う。

「さて、夕食の前に順番にお風呂に入ったら?」

「そうですね。一緒に入ろうか」楓胡が飛鳥に言った。「昔、一緒に入ったものね」

「そうですね」飛鳥も嬉しそうに頷いた。

火花ほのかちゃんと雷人らいとくんも一緒にどう?」

「「「は?」」」

「昔、四人で入ったじゃない」

「それは幼稚園のころだろ!」

「今でも一緒に入っているし」

「「え?」」

「いつものことじゃねえ!」俺は訂正しなければならなかった。

「三回は入っているわよ。それにこの間は泉月ちゃんとも入ったみたいだし」楓胡が俺と泉月に視線を送った。

「ホントなの? ホノ兄」飛鳥が信じられない!と言わんばかりの顔をして俺に詰め寄った。

「この連中、ちょっといかれているから」桂羅かつらは無関係を主張する。

 そう言わないと自分まで同類と思われるからだろう。しかし俺だって望んで一緒に入ったわけではないぞ。勝手に入って来たのは楓胡ふうこ泉月いつきの方だ。

「良かったらおじいちゃん、お背中を流しますよ」楓胡はジジイにまで色目を使った。

「それは良いのう」ジジイの顔がほころびすぎて崩壊している。

「ダメだ! それは!」割って入ったのは歳也としや叔父だった。

 何だかんだ言いながら叔父は良識がある。その良識は雷人らいとへと受け継がれている。

 結局、楓胡と泉月、飛鳥の三人が一緒に風呂に入ることになった。



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