第84話: ポチャ子(50%)、フラグを立てる
──タコさん星人から貰ったロボット……千賀子は『ロボ子』と名付けた人型ロボットだが、ヤバいぐらいに性能が良かった。
まず、充電というか、燃料補給を千賀子が行わなくて良いこと。
太陽光でもガスでも何でも取り込んで燃料に変えているらしく、千賀子から何もしなくても、勝手にやってくれる。
次に、自己修復をすること。
これまた燃料と同じく、周囲の物質やエネルギーを自動的に変換しているらしく、千賀子が何かをする必要もなく、勝手にやるそうな。
そして、何よりもすごいのが、このロボ子は自分で考え、自分で判断をするということ。
例えば、『芸術作品を作って』と言うと、このロボ子は千賀子から具体的な指示を与えられたわけでもないのに、自らをステルス状態にしてから地上へと降りる。
それから、ある程度の情報(この場合、芸術関係)を仕入れた後で、必要量が集まったと自ら判断して月へと戻り、建築を始めるのである。
しかも、いったい誰に似たのか、このロボ子、変なところで凝り症というか、こだわりが強いのだ。
具体的には、『お月様には、かぐや姫ですよね、マスター(ゴリ押し)』といった具合で、千賀子の言うことをまるで聞きやしない。
いや、冗談じゃなくて、本当に聞かないのである。
命令の仕方や指示の受け取り方にエラーが生じているのではない。全て分かったうえで、まるで言うことを聞かないのである。
「そんなデカいやつじゃなくて、もっと小さいやつにした方が良いよ」
「大丈夫です、マスター。現在の脂肪分たっぷりなデブマスターと比較したら、相対的には小さくなりますから」
「おいテメェ今なんつった?」
「ご安心を、マスター。マスターの脂肪分は毎日少しずつ減っています、いずれ、私の作品も小さくなるでしょう」
「未来の話じゃなくて、今やれって話なんだけど?」
「はい、マスター。では、ダイエットを開始しましょう」
「聞いて、人の話をさ」
なにせ、ロボ子の返答というか、会話の流れが基本的にコレだから。最初、不良品でも掴まされたのかと思ったのも、当然ではないだろうか?
しかも、このロボ子……ロボットなだけあって、マスターである千賀子相手にも容赦が全くない。
「走りなさい、ブタマスター。その全身の贅肉をどうにかしたくないのですか? まだ往復を2回しかしていませんよ」
「ふひ、ふひ、ふひ、ま、待って、しんどい……」
「神通力を絞り出すのです、マスター。私には分かりませんが、脂肪を燃焼してパワーを絞り出すのです」
「す、水分、水分だけでも……」
「喉が渇いたのですね、では、これを飲みなさい」
「ふひ、ふひ、ふ──ぐへぁ!? 酸っぱ苦っ!? まっず!? あまりに不味すぎて吐くよコレぇ!?」
「クエン酸に各種ビタミンにミネラル、その他諸々。吸収率と肉体への負担軽減を極めて向上させた、至高の一品です」
「味ぃ!? 味がヤバすぎるんだけどぉ!? め、女神様、口直しに、低カロリーのあのドリンクを……」
「止めなさいデブ! その甘い一手がデブへの逆噴射なのです! 分身たちはなんだかんだマスターに甘いのですが、私は容赦しませんよ」
「ひぃ、ひぃ、鬼ぃ、悪魔ぁ……」
「デブの泣き言ほど暑苦しく見苦しいモノはありません、さあ、もう一回! 目指せ、腰のクビレ!」
「ひぃ~~……」
……。
……。
…………そんな千賀子を見て、女神様は何もしなかったのかって?
「…………(ニヤリ)」
そんなの、ダイエットメニューをこなして、自室にて
姿見の前で、少しずつ贅肉が落ちてスリムになってゆく己の身体を見て、ちょっとニヤニヤしている千賀子の姿があるからで。
──( = ^ ω ^ = )──
なんか、可愛らしさ(女神様判定)が限界を突破して、妙に横幅が広くなっている女神様からしたら……愛し子が喜んでいるし……という感覚であった。
──さて、少しばかり振り返って1969年。この年もまた、日本は波乱な事件から幕を開けた。
まず、年明けてすぐの1月2日には、皇居にて6年ぶりに行われた一般参賀にて、昭和天皇に対するパチンコ玉を使用した狙撃事件が発生した。
同月の13日には、たまたま目が合った男性を『この野郎!』といきなり金づちで殴りつけて死亡させるという、理由なき殺人が発生。
15日に発生した、『鹿児島県夫婦殺し事件』と後に呼ばれる、警察による自白強要によって生まれた冤罪事件。
18日~19日にかけては、後に東大安田講堂事件(とうだいやすだこうどうじけん)と呼ばれる、新左翼に傾倒した学生たちによる安田講堂を占拠して立てこもるという事件が発生した。
この安田講堂事件は、後々幾度となく語られるほどに有名な出来事として記憶された……理由はいくつかあるが、なんといっても規模が大きかったせいだろう。
なにせ、数千人の機動隊が投入されるほどであり、抵抗や放水のぶつかり合いなどで正門は破損、内部では火炎瓶の使用によりあわや大火災寸前にまで至った。
しかもこの時、機動隊にも少なからず負傷者が出ており、中には外科手術が必要な者や、失明した者まで出たのだから、この時の学生運動がどれだけ激しかったが窺い知れるだろう。
また、この年には東京の方で都営ギャンブル廃止の動きが加速し、様々な公営ギャンブルが廃止の方向へと進んだ。
……。
……。
…………たった一ヶ月。
年が明けてからたった一ヶ月で、コレだ。
しかも、この頃の治安は現代に比べてはるかに悪く、現代では即警察が呼ばれて大事になる……そんな事件も、手が足りないということで見て見ぬふりをされた。
学生同士、大人同士の殴り合い程度の事件なんて、よほどの事にならない限りは喧嘩両成敗で終わるか、両方に口頭注意で済ませて終わらせるのが常態化していた。
金を盗まれた=見えるところに金を持っているのも悪い。
因縁を付けられ殴られた=そんなところに居るのも悪い。
性的暴行をされた=1人で出歩くのも悪い、そもそも出歩くな。
誇張抜きで、男女ともにその場でやり返せなかったら泣き寝入りするしかない……そういう時代であった。
……で、だ。
なんで今更、そんな話を改めてするのかと言うと──場所は、月面神社(近い方)にて。
「──え、燃えたの?」
『そうよ。それでね、頂いた物をこんな形で失ってしまって申し訳ないって、向こうから連絡があったのよ。や~ね、物騒で』
実家の母から、『ロウシのパン売り』にて使用していた改造荷車が何者かに放火されたという電話連絡が来たからである。
電話が付いたらその分だけ千賀子が神社に入り浸るのではという女神様の邪な考えで設置されているコレは、普通の電話とは違う。
どれだけ電話を掛けようが、掛かって来ようが、電気代その他諸々が1円も掛からない反則的な優れ物である。
なお、対外的にはこの番号、あくまでも『千賀子の住んでいる場所』という事になっているので、千賀子が月面に居ることは知られていない……話を戻そう。
パン売りで使用していた改造荷車だが、実は廃業して間もなく他所へと譲渡されている。
理由は、いちいちトラブルが起きるたび中止したり何なりするのが大変なのと、ロウシの年齢的にも、そう長くはやれないだろうと判断したから。
譲渡先は、父の知り合い(正確には、知り合いの知り合いらしい)の農家だ。
この頃の日本の農業は飛躍的に稲作技術が進展&定着し、化学肥料の増設や病害虫の駆除や除草、排水管理等が行われ、どんどん1年で取れる量が増えていた。
とはいえ、暮らしはけして裕福ではない。荷車一つとて、そう簡単に買い換えるのは難しいし、いくらでも使い道はある。
千賀子としても、現状では使い道が無いので死蔵させるだけだし、道具は最後まで使い倒せば良いという考えなので、特に反対はしなかった。
……それがまあ、燃やされたわけだ。
「なんでまた?」
『たぶん、嫉妬されたんじゃないかって』
「嫉妬?」
『あいつだけタダで貰えてズルいって陰口されていたらしいから、たぶんだけど、嫌がらせで燃やされたかも……って』
「えぇ……(ドン引き)」
『でもまあ、それで済んで良かったわね。酷い事になると、収穫前の作物にガソリンとか撒かれるらしいから』
「お母さん、良かったっていう基準が低すぎるよ???」
声色からして、あっけらかんとした様子が窺い知れる母に、千賀子は思わずといった頬をひきつらせた。
そんな事で燃やすのか……そう思わずにはいられなかった千賀子だが、悲しいことに、この頃の常識で考えたら、母の考えの方が主流であった。
なにせ、この頃はまだ、とにかく人命その他諸々が軽い。
激務をさせて倒れたらクビという会社が普通にあったし、同様に、骨の一本や二本折れたからなんだという根性論が当たり前だったし、自殺者も多かった。
千賀子の世代ですら、母に近しい考えの人が多いぐらいで。
その母の世代、それより上の世代にもなれば、だ。
戦前戦中の、今が天国に思えるぐらいの激動の時代を生きている人たちからすれば、物が燃えただけで良かった……というのも、無理からぬ話であった。
『あら、そう? でも、それで済んだだけマシよ。この前、親戚のところから電話があってね』
「うん?」
『着色して、サツマイモの金時に見せかけた安い芋を売りつけているってのが分かって、怒鳴り合いの殴り合いになったって』
「魔境にでも住んでいるの、その親戚の人……」
『そんなわけないじゃない。まあ、そういう事もあるらしいから、千賀子も何かを買う時は疑う癖を付けときなさいな』
「あ~、うん、わかった」
『それと、テレビでもやっていたけど、『スモッグ注意報』が出ているから、外に出る時はハンカチで口元を隠すのを忘れちゃ駄目よ』
「うんうん、分かっているって」
家を出てけっこう経つのに、未だに小学生を相手にするかのような注意をする母に、千賀子は苦笑した。
……『スモッグ注意報』とは。
1960~70年代前半くらいに大きく注目されるようになる、当時は多数の被害者を出した公害の一つである。
『光化学スモッグ』という言葉の方が、馴染みがあるだろうか。
スモッグとは、大気中の汚染物質によって見通しが低下した状態を指し、その濃度が高まった状態も指す。
原因は、自動車や工場の排気ガスに含まれる有毒成分が紫外線を受けて化学反応を起こし、人体に悪影響を及ぼしている……というわけだ。
基本的に紫外線が強く気温の高い7~8月に集中する現象だが、条件さえ揃えば他の季節でも発生する。
この頃はまだ、汚染除去技術が未発達なうえに、工場も自動車もまだまだ垂れ流しなところがほとんど。
そういった工場の空は常に白煙や黒煙でモヤが掛かり、酷い時は歩いているだけで目や喉に痛みを覚え、強い刺激臭が四六時中漂っているぐらいの有様で。
実際、耐えかねて引っ越しする者が後を絶たず、喘息などの気管支の病気を発症する者が多発し、出稼ぎで来ている者も多かった。
……。
……。
…………千賀子の住んでいるところは大丈夫なのかって?
それは、ご安心めされよ。
女神様の手が加えられた『山』は、常に清浄な空気に満たされ、樹木たちは常に最良の状態に保たれている。
つまり、千賀子が所有している山三つ分、それがまるまる天然のフィルター(しかも、フィルター残機∞)の役目を果たし、周辺の大気を綺麗にしているわけだ。
そのうえ、『山』は雨水などに含まれる汚染物質も浄化し、周囲の土地の汚染物質までもがある程度は浄化してくれることもあって……ある意味、日本で一、二を争うぐらいに清浄な空気が流れている場所になっていた。
……なので。
千賀子は気付いていないし、知らないことなのだが。
実は、千賀子の地元は今、そういった排気ガスの臭いが非常に薄いこともあり、呼吸器系の疾患を抱えた者たちが養生のために来る場所として密かに注目されていて。
温泉を引いている明美の銭湯もまた、そういった症状を改善させるとして、知る人ぞ知る名所として少しずつ注目が集まっていたりする。
まあ、とりあえず、だ。
一通り母とのお喋りを終えた千賀子は。
「……私って、やっぱり恵まれているんだな」
改めて、そう思うのであった──っと、また電話が鳴った。
「はい、もしもし、千賀子です」
『あ、千賀子? 私、道子。今は時間、大丈夫~?』
「うん、ちょっと待って」
チラリ、と。
視線を向ければ、休憩時間は終わりだと言わんばかりに待っていたロボ子が、静かに頷いた。
「──大丈夫。何か用?」
『用っていうか、前に土地がどうのこうのって話があったよね、アレってまだ生きている感じ~?』
土地……その言葉に、ああっと千賀子は思い出した。
色々あってちょっとばかり忘れていたが、千賀子は以前、道子に土地を手放そうと思っている人はいないかと相談していた。
その時の道子の返答は、『まとまった土地は余所者には売ってもらえないから、あまり期待しないでね』というものだ。
千賀子が、おやっさんから貰った山以外に二つ手に入れられたのは幸運以外の何物でもなく、その後は、とんとそういった話はされなかった。
実際、価値の高い土地はとっくに活用されているし、そうでない土地でも、信用の無い余所者に売って貰えるという話は本当に稀なことであった。
「ん~、いちおう生きてはいるよ。ただ、さすがに管理しきれなさそうな感じなら、私の方から辞退するかもしれないけど……」
『それでもいいよ~。とりあえず、まだ買うつもりがあるなら、ある程度は話をまとめておこうかなって思って~』
「そっか、そういって貰えると気が楽になるよ」
『それが普通だよ~。何百万、何千万のお金を動かすって、そういう事だからね~』
「あはは、道子はすごいなあ……ところで、話をまとめるって、いったいどこの土地なの?」
道子のその言葉に安心した千賀子は、ちょっとばかり好奇心を覗かせた。
『ん~と、北海道』
「え、北海道?」
『うん、とっても広いよ。去年起きた十勝沖地震の被害の立て直しに、まとまったお金が欲しいって人がちらほらと~』
「そ、そう……」
すると、返ってきた内容がソレで……距離的にはそこまで遠くは感じないけど、それでも今生では未踏の場所であるから、今一つ千賀子は実感を持てなかった。
……。
……。
…………ちなみに、どうして千賀子は地上ではなく、月面(近い方)にいるのかと言えば。
「では、少々痩せてきたマスター、今日はこの私が作ったお手製の宇宙服を着て、月面に旗を立てていく遊びをしましょう」
「宇宙服?」
「はい、特別仕様です。地上と同等の重力を意図的に与え、同蛆に、各関節への負担を部分的に軽減する優れ物です、えっへん!」
「なんでそんな誇らしそうに……今更な話だけど、なんでわざわざここで?」
「何事も、同じ事の繰り返しはマンネリをまねきますし、肉体もそれに順応してしまい、効果が半減します」
「え、そうなの?」
「はい、順応とはすなわち、消耗を抑えるということ。人間の優れた能力の一つではありますが、ダイエットという前提の前では敵です」
「う~ん、けっこう奥が深いのね」
ロボ子式ダイエットプログラムが継続中だからであった。
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