第74話: 本当に得体の知れない相手




 ──結論から言えば、『春木競馬場』に関しては、問題さえ解決出来るならば廃止撤回は約束するとのことだった。



 元々、『春木競馬場』が問題視されたのは、兎にも角にも客のマナーが悪いからだ。


 いや、というか、客がやっている事は普通に犯罪だし、この頃でも余裕でアウト判定を食らうレベルの行いである。



 1.近隣への違法駐車、並びに、住民の指示に従わないどころか、逆に暴力行為に走る。


 2.運賃までをも使い果たしたので、民家に押し入って金銭を要求、警察沙汰。


 3.負けた客が腹いせに犯罪行為、暴行事件に留まらず、誘拐未遂すらも起こった。



 他にも色々あるらしいが、この中で、一つでもセーフ判定されるような行いがあるだろうか……残念ながら、一つも無いのだ。


 それに、問題なのは客だけではない。実は、『馬』にも問題があった。


 それは、何時ぞやの『馬のパン売り』と同じ問題だ。


 すなわち、競馬場周辺に住宅が増えたことで、馬という動物がもたらす諸々の問題が許容されなくなったのだ。


 なにせ、馬というのは臆病な生き物だが、危険な生き物であるというのは言い訳できない事実である。


 人の往来だけでなく、車の往来も当初に比べて格段に増えた。それゆえに、トラブルが起こるのは必然的な話であった。



「我々としても、口惜しい話ではあるんだ。全国的に売り上げが低迷している最中、地方競馬の中では黒字を維持し続けているのだから」



 ──遅れたお詫びに奢るよ。


 そう言われた千賀子は遠慮なく注文した蕎麦を食べ終えてから……ちなみに、佐東府知事は歳だから水だけで良いらしい……首を傾げた。



「それでも、廃止しちゃうの?」

「住民たちの意見を無視するわけにはいかんからな」



 一口、水で唇を湿らせた佐東府知事は苦笑と共にそう答えた。



「事実として、全員ではないにしても、客の一部が犯罪行為を行っている。役所としても、対応せざるを得ないといったところなんだ」

「文句を言っているの、地元の人たちだけじゃないよね?」

「──んん?」

「いちおうさ、話をするわけだから先に現地を見に行ったわけ。府知事さんの言う通り、あれは酷い。それは分かるよ、私も見て来たから」



 言葉の意味が理解出来ず首を傾げる佐東府知事に、千賀子はその目を見つめながら答える。



「でもさ、あそこで話を聞いて、ちょっと考えが変わったかな。そりゃあ廃止になって当然ぐらいにマナーは悪いけど、後から移り住んできた人たちが上から物を言う話でもないよ」

「話を? 関係者に知り合いでもいるのかい?」

「いや、そっちじゃなくて、あそこでずっと生きてきた樹木だよ。樹木は都合よく記憶を捏造しない、ありのまま見て来たことを教えてくれる」

「は? 君はいったい何を──っ!?」



 そこで、佐東府知事は言葉を止めた。


 何故なら──机を挟み、彼の眼前にて座っている少女の……そう、千賀子の姿が変わっていたからだ。


 頭には蔓を編んで作られた冠と、明らかに頭部から直接生えている鮮やかな花が……瞳の色も、緑色に変わっている。


 首筋に見える蔓が、血管のように衣服の中へと伸びている。


 よくよく目を凝らせば、僅かばかりだが脈動しているのが確認出来た……っと。



「私、そういうの嫌いなんだ」

「──っ!?」



 次の瞬間にはもう、元の姿に戻っていた。


 それは、目の錯覚を疑ってしまうぐらいに一瞬のことで……しかし、佐東府知事は、それを幻覚の類とは思えなかった。



「あそこで、それこそ競馬場が作られる前からあそこで生まれ育ち、あの地で生きてきた人たちがどれだけいるの? 廃止運動に動いている人たちの中で、扇動している人もいるよね?」

「いや、それは……」

「先に住んでいた人たちが文句を言うのは、まだ分かる。でも、後から移り住んだ人たちが言うのは違うよね?」

「……その意見は、正しい」

「それに、その団体とやらは競馬場には文句を言うのに、近くにある競輪場にはずいぶんとおとなしい。同じギャンブル、客層の悪さなんて同等だと思うけど?」

「……その意見も、正しい」



 面食らい、千賀子の放つ気配に呑まれかけていた佐東府知事だが……それでも、府知事に上り詰めた男だ、胆力が違う。



「だが、正しい意見が必ずしも通るわけではない」



 常人ならば萎縮してしまうほどの重圧の中で、それを全く感じさせないまま……キッパリと、千賀子に言い返した。



「少なくとも、世相は競馬場廃止を求める団体の背中を押している。法的には、廃止派は何一つ違法な事はしていないのだ」

「それで?」

「それ──それでとは……いや、いい」



 あまりにも、あっけらかんとした様子の千賀子に、思わず佐東府知事は声を詰まらせ……それでも、言葉を続ける。



「現状、非は競馬場側にある。改善出来ない以上は、閉鎖仕方なしと動き始めるのは必然ではないのかね?」

「その予算すら、権限すら、まともに与えないのに?」



 にっこりと、恐ろしさすら覚える……本当に、胸中より湧き出る恐怖すら掠れてしまう美しさに、佐東府知事は身震いする。



「法を軽視するのか、君は?」

「ははは、貴方と問答をするつもりはないよ……でもまあ、今ので分かりました」

「な、何をだ?」

「佐東府知事さん、貴方とのこの対談には何の意味もない事に。私が何をしたところで、貴方はそもそも私の話を聞く気などサラサラないのでしょう?」



 正直に言おう、千賀子は心からガッカリしていた。



「実際に貴方と対面して分かりました。初めから私の友人へ貸しを作るつもりなだけで、考えを変える気はおろか、まともに私と話すつもりすら無いのが、よく分かりました」

「ちょ、ちょっと待て、それは早計だと──」

「分かるのです、私は」



 顔色が変わる佐東府知事に、不思議と千賀子は笑みを向けていた。



「お互いに、時間の無駄でしたね。顔を繋いだ相手の気持ちなど、全く気にしていなかったでしょう? だからもう、私も貴方の事など気にしません」



 その言葉と共に席を立てば、「待て、まだ話は──」佐東府知事は手を伸ばし──たので、それを神通力でテーブルに叩きつけた。


 それは、傍から見れば不思議な光景であった。


 誰も触れていないのに手の甲が机に叩きつけられる。「え、あ……」鈍い痛みに顔をしかめつつも、意味が分からない状況に、佐東府知事は困惑と。


 それだけの物音を立てているのに、客たちが……そう、事前に手配していた客たちが振り返りもしないことに……恐怖を覚えた。


 嫌な予感を、覚える。かつてないほどの、強烈な予感だ。


 そう、物音と言えば、店の外で待機している者たちからの反応が無いのもそう。まさか、聞こえていないはずが──っと。



「話は終わりです。なので、競馬場を新しく作ろうかなと考えています」

「あ、新しく……!?」

「廃止することは決定事項なんでしょ? 3号がわざわざ言うぐらいだから、私も頑張ってやろうと思っていまして……いっそのこと、新しく作るしかないかなって」

「いったい、何を言って……ま、さか、アレは夢では……っ!?」



 ハッと、とある事に気付き……いや、理解させられた佐東府知事だが、気付いた時にはもう遅かった。



「正直、ちゃんと人とお金を動かした方が良いのでしょうけど、そこまで意思が固いのなら何も言いません。作れそうな場所に作って、裏ワザでなんとかするしかないと思いました」

「ま、待て、待ってくれ、まだ話は……」

「……ああ、安心して。別に、違法どんと来いみたいな事はしませんから」



 その言葉と共に見下ろされる、千賀子の視線を前に……佐東府知事は、それ以上の言葉を出せなかった。


 そして、千賀子もまた、佐東府知事とはこれ以上何かを話すつもりもなかった。


 憤りとか、そういうのではない。ただ、仕方がない事だなと納得しただけである。


 『巫女服』を着ている今は、相手の内心がよく分かってしまう。


 大会社の社長が、学歴も何も無いガキ相手にまともに取り合わないのと同じこと。


 初めから対等とは思っていないし、どれだけ失礼かつ無礼な扱いをしようが、欠片の罪悪感も抱かない。


 なら、千賀子もまた同じである。


 いくらでも粗末に扱って良いと思っている相手に払う敬意など、千賀子は持ち合わせてはいない。



「ソレはソレとして、私、貴方のような人が嫌いです」



 そして、そんな千賀子の率直な感情を──察知して、善意で動く、人の力ではどうにもならない存在を前に。



「……っ、……っ」



 その存在……姿形、気配すら感じ取れなくとも、佐東府知事は、佐東府知事たちは、魂で理解し、思い出してしまった。



「貴方も、私のような生意気でわきまえない馬鹿なガキが嫌いなのでしょう? それでいいじゃないですか、お互いに」



 けれども、千賀子は全く気付いていない。


 表面上は呆気に取られている佐東府知事だが、実際は違う。声すらまともに出せないトラウマが、その口を塞いでしまっているのだ。


 彼は、思い出してしまって、理解してしまった。


 気付いているのは佐東府知事と、この場にいる客だけ……前回は料理を作る使命があった店主だけは、例外。


 でも、もう例外ではない。


 けれども、何も知らないし気付いていない千賀子にとって、この話はお互いに終わった事でしかなかった。



 ……そんな千賀子に、佐東府知事が行えた……最初で最後の弁明であり、たった一度だけのチャンス。



 佐東府知事の脳裏を過る、これまでの人生。


 生まれてから今に至るまでの、膨大な記憶。思い出すまで忘れていた事すら忘れていた全てが、わずか2,3秒の間に……幾度となく脳裏で再生され──そして。



「──逆らえないのだ、私も」



 全精力を込めて、辛うじて絞り出した、その言葉は。



「どういう意味?」



 ギリギリのところで、千賀子の興味を引いたのであった。



 ……。


 ……。


 …………ちなみに。



 千賀子だけはこれまた気付いていなかったが、千賀子の背後より伸びていた『腕』が佐東府知事の頭を掴もうとしていて……本当に、ギリギリのところであった。






 ──で、だ。


 どういうわけか急に5歳も10歳も老けたように見える佐東府知事の姿に首を傾げつつ、改めて、『他言無用の内密な話』を府知事より聞いた千賀子だが。



(派閥争いに勢力争いに、大小様々な市民団体の突き上げ、利権と客の奪い合いに、土地開発の旨味を求めて魑魅魍魎の騙し合いに足の引っ張り合い……政治の世界って、本当に魔境なのね……)



 想像していた以上の、ドロドロとした政治の世界の話を聞いて、色々と気の毒になった。


 もちろん、佐東府知事が潔白な人物かと言えば、そんなわけもない。政治の世界で当たり前の駆け引きも、行っていたようだ。


 ただ、同情する点があるのも事実。


 確かに、この頃は景気の好調もあって、全国的にどんどん土地開発が行われ、土地の売買が活発だった時期である。


 公私に関係なく、様々な形で奪い合い、不要となったそれらを騙して売りつける者が横行していた時期で、千賀子自身にも覚えがある。


 そして、それを行っているのは1人ではない。


 文字通り、各々が各々の思惑でくっ付いては離れ、離れてはくっつき、如何に旨味を得るか……その戦いを繰り返している。


 今回の奪い合いの獲物となったのが、『春木競馬場』。


 様々な思惑が重なった結果だから、もはや府知事1人がどうこう出来る話ではない。


 佐東府知事の『逆らえない』という言葉は、けして言い過ぎではないし、謙遜の類でもない。


 府知事ですら、自分たちの勢力と、様々な勢力とのバランスを保ちつつ、動かざるを得ないし、動けない場合があるのが今の府政なのだろう。



(聞く気が無かったのは、府知事1人が首を縦に振ったところで、この問題はどうにもならなかったから……かな)



 なんだか、前世と同じくこの世界も似たようなモノなのだなあ……と、今さらながらに改めて思い知った千賀子は……さて、と気持ちを切り替える。 



「結論としては、何を改善したら諸々の方向が変わるの?」

「……その前に、一つだけ教えてほしい。どうして、そこまでしてあの競馬場を生かそうとするのかね?」



 その問い掛けに、佐東府知事は逆に質問を返してきた。



「さあ? 詳しくは私も知らない。ただ、ここが廃止されると連鎖的に良くないことが広がるらしいから、それじゃあ止めましょうと動いているだけかな」

「……そんな事で?」

「そんな事で動くような人間じゃなければ、わざわざこんな事をしに大阪まで来ないわよ。それに、あの競馬場なのは偶然だから」

「え?」

「あの競馬場は、いくつか手を貸せば、まだ自力で動ける余力がある。たぶん、3号はそこを見たのでしょうね」



 なので、千賀子は率直に答えた。



「で、話を戻すけど、どうしたらいいの?」



 そして、その言葉に佐東府知事はハッと我に返った。



「……金銭的な話は、考えないで良いんだね?」

「お金は私が出すから、とにかく片っ端から意見をくださいな」



 これまた、率直に意見を求める。


 先ほどとは違い、本気で考えている様子の佐東府知事は……しばし視線をさ迷わせた後、ポツリと答えた。



「まずは、児童の安全対策だな」

「と、言いますと?」

「苦情の始まりは、児童の身の安全。つまり、安全対策を行えば、廃止派の主張を一つ潰す事が出来る」

「それは、客の方? それとも、馬の方?」

「割合としては、客が原因の苦情が多い。ただ、市道を散歩させている馬も居るので、そちらの苦情もある」



 その話に、千賀子は顎に指を当て……ふむ、と頷いた。



「とりあえず、どうしようもないやつはもう、私の方でなんとかするわ」

「……どうするつもりかね?」



 察した佐東府知事のその声は、少しばかり硬くなっていた。



「意地の悪い質問は嫌いですよ、特に、相手が察するのが前提の言い回しはね」



 対して千賀子は、少なくとも表面上は平然としていた。



「……いくらなんでも、人道に反するとは思わんのかね」

「それ、言葉を変えたら、自分の手は汚したくないから、自分の目の届かないところで勝手に野たれ死んでくれって言っているも同じですよ」

「誰も、そうとは言っていない」

「じゃあ、どういう意味? 競馬場周辺から居なくなったら万々歳? 消えたわけでもないのに? さっきも言ったけど、そういう客が競輪場に行ったら同じように廃止するの?」

「…………」

「『嫌味なガキめ!』、ね。『ガキが理想論ばかり語る』、か。こんなの、理想論でも何でもないわ、ただの私たちのワガママでしかないでしょうに」

「なっ……!」

「何を驚いているの? 心を読まれたから? こんなの善意なわけないじゃない。貴方たちと利害がぶつかり合っただけでしょ、正義も悪もないわよ、こんなの」

「…………」

「競馬場で働いている人たちにだって子供はいるし、誰かの父であり母である。片方の都合が悪くなった時にだけ、そういう話を持ち出すのは卑怯だと思わない?」

「…………」

「それにね、今は景気が良いから潰したって大多数は気にも留めないけど、いざ不景気になってから、あの頃をもう一度……って感じでそういう場所を作ろうとしたって、一筋縄じゃいかないわよ」

「なに?」

「跡地が公園になっていたら、樹木とか全部切り倒してから建物作り直し、道路も新たに整地し直し、間違いなく初っ端の住民立ち退きでめたくそに難航するから」

「……そうか、君はそう考えるのか」

「それで、5、60年後ぐらいかな。このままだと、税収と雇用の確保のために、大阪もカジノを作ろうとしちゃうだろうし……どんな形であれ、基盤産業を潰したら衰退するのは当たり前よ」



 ──まあ、前世の話だけど。



 その言葉は胸中に留めたまま、さて……と、千賀子は脱線していた話を戻す。



「とりあえず、駐車場は大至急作らなきゃ。道路も、同様に増やすしかないわね。競馬場も、色々と改築しなきゃ」

「……金さえ出してくれるなら、その分だけ早く着工させられるが……それでも、一朝一夕いっちょういっせきにはできんぞ」

「そうね、だから、しばらくはレースの開催日と回数を増やして、客入りを分散しましょう。賞金とかは、私が寄付をするから」

「な……しょ、正気かね!?」



 千賀子のその提案に、佐東府知事はギョッと目を見開いた。



「1000万、2000万という額ではないのだよ!? いったい、どうやってそれほどの資金を……」

「出す当てはある。それで、出来ないの? それとも、やらないの?」



 ジッと静かに見つめられた佐東府知事は、グッと息を呑み……次いで、熟考した後で答えた。



「開催日数にはまだ余裕があったから、開催を増やすことは……今すぐには無理だが、増やすことは問題ではない……が、だ」



 一つ、佐東府知事はため息を零す



「協力したい気持ちはあるが、さすがにレースを開催するだけの資金ともなれば、寄付という名目だとしても横やりが入る可能性は極めて高いだろう」

「つまり?」

「見返りはほとんど出せないと思ってくれていい。本当にただの寄付で、せいぜいお礼の手紙や、寄付した君の名前を額縁に入れて飾るぐらいが限度だろう」

「……石像を置くことは出来る?」

「石像? 仏像でも置くのか?」

「女神様の像を置くの。別に、見えない場所でもいいわ」



 言われて、佐東府知事はしばし考え……首を横に振った。



「神仏の像ならばともかく、新興宗教の像は厳しいだろう。見返りの一つとして、違法扱いされる可能性がある」

「じゃあ、馬頭観音で覆い隠すわ。それなら、問題はないでしょう?」

「観音像で……い、いや、そうだな、それならば、中身が露見さえしなければ問題はない」



 嘘でしょ……そう言わんばかりにドン引きしている佐東府知事を尻目に、千賀子は話を続ける。



「レース場の整備も私がある程度やっておくわ。それなら、従来通りの整備で走れる状態に出来るから」

「そ、そうか……」

「あとは、馬の方だけど……とりあえず、散歩のコースは、改めて定めましょう。それで、そこにフェンスを作ればいい」

「フェンスを? 相当な距離になると思うが、それもすぐには……」

「時間が掛かるなら、先に木の柵でも私が建てておくわ。それで、ひとまず安全でしょ」

「……そ、そうだな。だが、それでも……反対運動は治まらないと思う。特に、婦人会の人達が、だ」

「まだ何か有るの?」

「婦人会の人と面会した時に思ったのだが、向こうは『競馬』そのものを低俗なものだと決めつけているし、思い込んでいる。その人たちは、どうするつもりなのかね?」

「どうもこうもしないわ、言わせておけばいいのよ、そのうち内部崩壊し始めるから」

「む?」

「本当に過激に動いているやつなんて、極々少数よ。大半は周りに流されているだけで、確固たる信念で結束しているわけじゃない。ちょっとしたキッカケで、内側からボロボロ離れて行くわよ」

「ふむ、参考までに、どのようなキッカケを与えるつもりなのかね?」

「簡単よ、『貴女たちの行いで家族を守るけど、同時に、別の家族を路頭に迷わせる。その家族たちから死ぬほど恨まれる覚悟をしたうえで、廃止に動いているのか?』って聞けばいいのよ」

「…………」

「私みたいに後先あんまり考えていない馬鹿か、正義感に酔いしれた狂人以外のまともな人は、そこで立ち止まるから。立ち止まったら、後は勝手に抜けていくでしょうね」

「……そ、そうか」



 絶句、まさしく、絶句。


 分かってはいても、佐東府知事は引きつった顔で曖昧に笑うぐらいしか出来なくて。



「……続きは次の機会にしましょう、夜も更けました。佐東府知事さん、お金はどこへ持って行けば良いので?」



 ふわぁ、と。


 今しがたの発言など気にも留めずに欠伸をこぼす千賀子に、佐東府知事はドン引きした。



「……そ、そうだな、庁舎に来られると誤魔化すのが大変だから……2週間後の日曜日に、そうだな、他の議員たちの説得をするためにも、現金で3億ほど用意出来るか?」

「2週間後に3億ね、分かった。それじゃあ、頼んだわよ──あと、私の事は絶対に他言無用だから」



 その言葉と共に、フッと前触れもなく、千賀子の姿が消える。


 後に残されたのは、異様な雰囲気を残す店内に、今さらながら異変に気付いてビクビクし始めている店主に。



(背中に羽が……ああ、なるほど、人間じゃないのか、相手は)



 改めて、己がとんでもないナニカに巻き込まれようとしている事実に気付き……途方に暮れる、佐東府知事だけであった。



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