第8話  カラスとゲームセンター

 放課後。

 瑞葵は、アステリアとともに学校を後にしていた。


 アステリアはクラスの女子たちに遊びに誘われていたが、「ミズキと遊びに行くから」と断った。

 もちろん瑞葵は、彼女が女子たちの誘いを断った理由までは知らない。

 アステリアのこの発言と今日の質問攻めで、クラスの女子たちはなんとなくアステリアの心境を理解していた。

 だから断られて、行き先を変更していた。

 関係者でありながら蚊帳の外にいるのは瑞葵だけだ。


「家とは反対方向なんだね」


 アステリアが瑞葵に話しかける。

 学校へ続く坂道からは、街並みが一望できる。木々が邪魔だが、目的のものは見える。


「そうなんだよ。だから、こういうときにしか行かねぇの」


 スーパーは別にもあるし、本屋も別にある。

 ショッピングモールに行くのは、服や雑貨を買うときと、友達と遊ぶときぐらいだ。

 ゲームセンターで遊ぶときは精一杯遊ぶため、晩御飯も食べて帰るのがいつもの流れだ。


 学校を出て、坂を下り、少し歩けばもうショッピングモールである。

 だが、少し面倒くさいには面倒くさい。


「近道はこっちだよ」

「こっちって……道ですらねぇじゃん」


 学校の校門を出て少し脇にずれると、そこには人目につかない獣道がある。

 他に人影がないことを確認し、アステリアは瑞葵を伴ってその道を進む。


 不思議に思いながらも、魔女に不思議を説くのもどうかと思い、瑞葵は彼女に従う。


 そこは若干上り坂になっているため、二人は中腰で進む。

 そしてアステリアの背負ったカバンが、彼女のスカートの後ろを若干持ち上げている。

 そのせいで、前を進むアステリアのパンツが見えそうである。


 前を見てはいけないと思い、瑞葵は真下の足元を見て進もうとするが、落ち葉に足を取られ、滑ってしまった。

 反射で近くの木を掴み、かろうじて体勢を保つことに成功した。


 だが起き上がるときに前を向いてしまい……


 ──先程まで見えそうで見えなかったピンクが、がっつり顔を覗かせていた。




 一緒に暮らしているため、彼女がどんな下着を着けているかは嫌でもわかってしまう。

 だが、穿いているのと穿いていないのとでは……大違いだった。

 そこには、確かなエロスがあった。


 体勢を立て直し、再度進む。

 するとやはり、誘惑のチラリズムが目の前に現れる。しかも先程の、チラリズムのその先の光景が脳裏をよぎる。


 見ても文句は言われないだろうが、瑞葵は見ようとしない。たまに起きる事故だからこそ素晴らしいのだ。


 ……邪心を祓おうと、瑞葵は彼女に声をかける。


「なあアステリアよ」

「「これのどこが近道なんだ?」……でしょ? もう少し進めばわかるよ」


 彼女の言う通り少し進むと、途端、視界が白く覆われる。

 パンツではない。あれはピンクだった、白ではない。


 気づくとショッピングモールの駐輪場に立っていた。

 周りには誰もおらず、二人が急に現れたことに気付いた者は誰もいない。


「どう? ね、近かったでしょ?」

「お、おう……」


 先程の白は、魔法発動の際の効果アクションだったのだろう。


「次はもっと楽に来れるようにするからね」


 二人はショッピングモールの入り口へ移動した。

 平日の夕方であるため、人は少ない。今の時間帯は、こことは反対側にあるスーパーに集中している。


 アステリアは自動ドアが開いた瞬間、両手で印を結んだ。


「何をしてるんだ? 魔法?」

「そうだよ。はい、終わり! じゃあ中に入ろ!」

「おう。……で、何が見たいんだ?」

「特に考えてないかな。ミズキのおすすめに連れてってよ!」

「う~~ん……。ねえな。まあ、ぶらぶらしようぜ」

「うん!」


 アステリアは実際、何も考えていなかった。

 カラスの姿で過ごしていたとき、高校生カップルがよくこのショッピングモールに出入りしているのを目にしていた。

 彼女の目的はあくまで、「ミズキと一緒にショッピングモールに入ること」だった。

 中に何があるのかすら知らないのだ。




 二人はまず、全三階建て(プラス屋上駐車場)のショッピングモールの三階へ向かった。

 向かったのは、ゲームセンターだった。


 その道中、すれ違う人々の視線が、容赦なくアステリアに向けられていたが、彼女は一切気にする素振りを見せなかった。

 そのまま二人は、目的のゲームセンターに到着した。


「ここがゲーセンかぁ。金のごみ箱って聞いたけど」

「千円、二千円あれば十分遊べるぞ。人によっちゃあエグイ金額が消えるけどな」


 お金のあるアステリアには関係のない話だ。


「あ、あれやりたい! あれもらえるんだよね?」


 アステリアは入るなり、一つのクレーンゲームを指さした。

 景品は、大きな白熊のぬいぐるみだ。


 だが、アームが大きい、三本爪。俗に言う確率機の可能性だった。


「ねえ、ここにお金入れればいいの?」


 アステリアはいつの間にか台の前にいた。


「ミズキ、お手本見せてよ」

「いいぞ。……けどこれ多分、一定以上の金額が入らないとアームが強化されないタイプ……早い話、一定の金額回収しないと景品渡しませんマシーンだと思うぞ」

「ふーーん。じゃあ、一発で取っちゃうのはルール違反なの?」

「いや、そんなことはない。あくまでクレーンゲームなんだし」


 そう、これはあくまで取った者勝ちクレーンゲーム

 お金を入れてマシーンを起動させ、景品を取る。ただそれだけのゲームだ。

 指定金額を入れることでゲームを行う資格を、景品を狙う資格を得る。


「じゃあ、取っちゃおうよ」


 そう言うとアステリアは、とっても悪い顔をした。

 小悪魔のようだが、彼女は魔女……似たようなものか。


「何する気ですか、アステリアさん?」

「さあね。まあ、やってみてよ、お手本!」

「あいあい」


 瑞葵は財布から100円を取り出し、入れた。


 ――ピロン


 マシーンが起動し、操作ボタンが赤く点滅する。

 まずは横。

 次に奥行き。


 瑞葵は正面からだけでなく横からも見ることで、景品の位置を正確に把握する。

 そしてトドメに、GETのボタンを押した。


 アームはまっすぐと降り、正確に景品のぬいぐるみを掴み取った。


「お、上がった! 上がったよ!」


 アステリアがはしゃぐが、瑞葵はこの先の展開を知っている。

 アームが上がりきった瞬間、ぬいぐるみが大きく揺れ、アームの隙間からずり落ち、落下…………――――しなかった。


 当たり回か、と瑞葵は一瞬思ったが、先ほどのアステリアの悪そうな顔。

 そして、不自然な形でアームにぶら下がっているぬいぐるみ。

 いやこれはむしろ、引っかかってすらいない。なぜか・・・落ちていないだけ。


 そしてアームが景品口の上で開く。

 一泊置いて、ぬいぐるみが落下した。


「……おい、今の一泊の間はなんだ? ぬいぐるみが宙に浮いてたぞ」


 瑞葵はアステリアに問いかけるが、彼女は意に介さずと言わんばかりに、取り出し口から景品のぬいぐるみを取り出していた。


「おめでとうございます~~。袋はご入用ですか?」

「はい、お願いします」


 アステリアは店員からもらった大きな袋にぬいぐるみを入れ、抱えている。


魔法ズル使ったな?」

「まあね」


 アステリアは魔法で、筐体きょうたい内のぬいぐるみを、アームの動きに合わせて操っていた。

 ぬいぐるみがアームが開いてから落ちるまでに一泊の間があったのは、単に彼女がアームが開くタイミングを見誤ったから。


「一応言うけど、これはあくまで魔女の、種族としての特権だからね!」

「まあ、なんでもいいけどさ。じゃ、次は何する?」


 こればかりは認識の違いだ。

 彼女にとっては、魔女とは魔法が使える種族。魔法が当然なのだ。


「あれやってみたい!」


 彼女が指さしたのは、箱型シューティングゲーム。

 コンセプトはゾンビシューティングだ。


「あの中で何かやるんでしょ? 何やるの?」

「あれはシューティングゲームだな。中にスクリーンがあって、そこに現れる敵を銃型のコントローラーで撃つゲーム。まあ、ちょうど人もいないし、やるか」


 瑞葵はゲーム機のカーテンを開け、中に入る。アステリアがそれに続く。


 瑞葵は200円を投入し、目の前の銃型コントローラーを握った。

 アステリアもそれに倣う。


「この銃口の先が照準になって画面に映るんだ。その中にゾンビが入ったら、この引き金を引く。それでゾンビを倒してくゲームだ」

「なーーるほどね。これじゃあ魔法は使えないね」

「そうだな。純粋に楽しもうぜ」




 ……アステリアはめちゃくちゃ上手でした




 



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