第62話 剣の鬼

鬼怒八王流、ねえ。


全く知らん流派……ではない。


いやそりゃ一般的には知られてないだろうが、俺は一応知っている。


と言っても、名前と概略だけだが……。


鬼怒八王流……、広島などの、薩摩すぐ隣の本州にて栄えていたらしい。


示現流という、薩摩藩で使われた剣術の流れを汲み、より多角的な武技……、即ち拳打や柔術、組み打ちに不意打ちなど、刀以外の武器術なども大いに取り入れた、ガチガチの戦場剣技だそうだ。


祖となる示現流がそもそも、超スピード超パワーの一撃を相手よりも早く放って一撃でぶち殺すというストロングスタイルだからな。


それの後継たる鬼怒八王流も、一撃一撃が酷く重い。


そして、設楽九郎だったか?


俺と同い年ほどの、黒髪の若武者。


羅漢仁王のような大きいギョロ目でこちらを睨みつけ、全身から発される怒気のような……、苛烈に燃える殺気をこちらに向けてくる。


俺とは違い鎧を着込まずに、着流しのような服を着ているな。


御影流は、遥か昔平安時代から存在し、具足を着た上での運用が基本とされるが、鬼怒八王流は具足が使われなくなりつつある江戸時代後期頃にできたもの。何もおかしくはない。


で、着流しで戦うと言うことは、防御力を削っても極限まで素早く動き、先の先で殺すと、そういう気概だろう。


「うーん、面白いなお前。うちの道場の連中と同じようなレベルの奴がここにもいるとはな」


「もう一本、よろしゅう頼んます……!」


「来い」


「けぇえええええっ!!!!!!」


おお、良いね。


猿叫だったか?御影流にも似たようなものはあるが、他流のそれを見るのは久しぶりだ。


踏み込み……、速い。


ん?不自然に速いな。


いや、そうか。


膝を抜いたのか。


足を前に出して踏み込むと言うよりかは、身体全体を傾けて、足を抜くように、一拍早く移動してきた訳だな。


これが、武術の世界じゃ侮れない。


武技の術理の醍醐味だよ。


踏み込み方、歩法一つで起きる現象は大きく変わるって訳だな。


「だが、申し訳ないが、素の速さが違う」


が、俺は、設楽という男が膝を抜いたと判断した瞬間にはそもそもすぐに動ける状態にあった。


そして、判断すれば即座に動ける。


先の先を取ろうとする設楽に、その更に先を取る抜き胴を放った。


「お、ごああっ?!!」


設楽は、俺の一撃を受けて吹っ飛び、新品の校舎に頭から突っ込んだ。


「次」


俺がそう言って振り向く、その前に……。


「『トロいんだよ!(速力鈍化)』『俺様に痺れて(麻痺)』『平伏しなァ!!!(重力五十倍)』」


一人の男が魔法を使っていた。


「へえ、面白いな」


魔法ってのは、極論を言えば「使おう」と思えば使えてしまう。


が、日常で暴発すると困るので、技名をつけて、それを叫んだ時のみに発動する……、と言ったように紐付けしておくべきだ。


しかし、この細身の目つきが悪いチンピラ男は、悪口を発動語句に設定しているのか。


珍しいな……、だが有用だ。


俺の場合、『火尖槍』という魔法があるのだが、これは、言ってしまえば火のミサイルを飛ばす魔法だ。


だがもちろん、『ウォーターボール』と言いながら火尖槍を使うことは、戦闘中ではほぼ無理。


『ウォーターボール』と『火尖槍』では全然イメージが違うからな、戦闘のような一瞬の油断が命取りになる場で変なことはできない。


だが、この男は、悪口で魔法を発動するという、馬鹿みたいに器用な真似をしているのだ。


俺でもできない何かしらの技術があるってことなんだろう。


世界最強の自覚はあるつもりだが、このように、俺よりも優れた何かを持つ奴を見ると、心が躍るな。


どれ、俺も一つ、魔法を見せてやろうか。


「『乾坤圏』」


俺は、魔力で作った木刀らしき棒を霧散させ、新たに魔力で腕を覆うリングを作る。


それを、細身の男に向けて……、ロケットパンチのように放った。


「嘘だろォ?!!そっち(魔法)もいけんのかよ?!!ええい、『無駄だ!(魔法防御)』『カスが!(脆弱化)』『効かねえんだよ!(防御力上昇)』」


魔力の盾が浮かび上がり、俺の放った一撃の威力が弱まり、ついでに細身の男の肉体には魔力の膜ができた。


その直後、乾坤圏の一撃が胴体にヒットして、十メートルほど吹き飛ばされるんだが……。


「ぐ、あああっ!!!……あー!クソがよ!強過ぎんだろ、世界一位ィイ!!!だが、『俺は不死身だ!(超速回復)』」


そう言いつつ、ダメージを受け切った。


かなり、やるな。


後衛の魔法使いの割に、身を守る術を心得ている。


その上に自己回復まで持つ……、一人で完結した術師か。


「面白いな、お前もそこそこやるらしい」


「舐めんじゃねぇぞ一位!俺様の、北斗垓人(ほくとがいと)の名を心に刻めェ!!!」


「覚えておこう」


もう一度『乾坤圏』を叩き込むと、垓人と名乗ったチンピラ男は吹っ飛んだ。


「さて」


振り返る。


「何見てるんだ?さっさとかかって来いよ」


そして俺は、キチレンジャーと杜和以外に残った、七人の冒険者達にそう呼びかけた。


「赤堀さん、僕の名前は海千頑真(かいせんがんま)です」


「私は、鷺沢(さぎさわ)シャロンと申します」


ふむ。


手塚治虫作画のような、やたらと顔の濃い中学生ほどのガキ。


それと、金髪ハーフの碧眼美女。


「僕と鷺沢さんは、攻撃の規模が大きいので、好意は有難いのですが手合わせは遠慮させていただきます」


「規模?」


「僕のスキルはシンプルなもので、『水中で自由自在に無制限に動ける』ことと、『大量の水を呼び出す』ことがメインですから……。使えば恐らく、校舎が……」


なるほどな。


「私のスキルは、『消滅光線を照射する』ものなのですが、光線であるが故に射程距離が長く……、流れ弾の被害がありそうなので……」


なるほど、なるほど。


「で、他は?」


「御坂三笠(みさかみかさ)よ。アタシは正々堂々やりたいから、後回しで良いわ」


勝ち気なショートカットの女。


「草薙鷹音(くさなぎたかね)ですわ、お見知り置きを。それで……、わたくしは、殴り合いはタイマンでと決めておりますので、後回しで結構ですわ」


金髪ドリルマッチョお嬢様。


「ハァアぁ……、僕の『魔法銃』が世界一位に通用するのか?面白い命題だ……。実験の為には余計な要素を省かなければならないィ……」


白衣を着た陰気眼鏡。


「すまないね、赤堀さん。この眼鏡の男は私の友人で真壁無限(まかべむげん)という。集中すると周囲のものが目に入らないんだ」


そう言ったのは、オールバックでパリッと決めた長身の美男子。


「ああ、申し遅れた。私は瑛伝蔵人(えいでんくらんど)と言う者だ。義妹の莉愛無(りあむ)と共に挑ませてもらうよ」


「ん、よろしく」


莉愛無とか言うのは……、陰気なメスガキだな。


なるほどなあ……。


「周囲の被害を考えて……、正々堂々と戦いたい……、大変結構だな。感心したよ」


いや、うん。


凄いな。


……『危機感がなさ過ぎる』


なまじ才能があるとこうなるのかねえ?


殺気を、先ほどの何十倍も大きくして振り撒いてやる。


全員の顔色が変わる。


「手段を選べるのはな、相手より強い時だけなんだよ」


魔法発動……、『禁鞭』……!


俺は、魔力を固めて作った鞭で、周囲を無差別に薙ぎ払う……!

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