040号室 両親来訪
椿屋開業から半月ほどが経った。
当初温泉文化がこの世界の人に受け入れられるかが不安要素だったが、蓋を開けてみれば大盛況。今までに無い癒やしの方法だとしてウケた。
さらに温泉街に出店する飲食店や土産物店、空いている温泉旅館の経営者も決まり、ここカルローサは短期間で大きな賑わいを見せていた。
そんな中、クラウディアから呼び出された。なんでも、相談したいことがあるらしい。
「実は、両親から手紙が来たのですわ」
クラウディアの両親。確か、クラウディアの実家はパラドール王国有数の貴族、モンフォルテ侯爵家だったな。
「それで、ご両親から何と?」
「なんとか都合を付けたから、わたくしに会いに来ると。もうすでに予約を済ませてあるようで、2週間ほど後にいらっしゃるそうですわ。
そのときに、リオさんにも挨拶と話をしたいと」
なるほど。すでにクラウディアは僕の重要な幹部職員と言っても差し支えない。そんな人物のご両親が挨拶したいというなら、おもてなしをするのが礼儀だな。
……まぁ、『職員』と言うには色々疑問に思うこともあるが。この前の貸し切り温泉での出来事とか。
「わかった。こっちも準備しておくよ」
「ありがとうございます」
ということで、クラウディアの両親をもてなすため、僕は色々と準備を始めた。
「初めまして。クラウディアの父、フアン・モンフォルテだ」
「母のマリアナ・モンフォルテです」
2週間後、クラウディアの両親が椿屋にやってきた。
クラウディアの父、フアンさんは長身に口ひげが特徴で、気難しそうな表情をしている。母のマリアナさんは落ち着いた印象を受けた。
「ようこそ椿屋へいらっしゃいました。オーナーのリオ・ホシノです。こちらは最初のスタッフで総支配人を務めているモニカです」
「ほう。光を物ともせず、宿屋で働いているゴーストの話は本当だったか」
「ご息女には大変お世話になっております。すでに食事会場の方で待機していますので、どうぞこちらへ」
今回、クラウディアの両親と面会するにあたり、椿屋の宴会場にある個室を用意した。
宴会場は総畳敷きで、あちこちに衝立を設置して半個室になるようにしている。テーブルとイスは足がソリのような形状になっており、畳を痛めないようにしている。
完全な個室は特別な空間として位置づけられており、あらかじめ予約しなければならない。そんな特別な部屋を、僕は今回の面談で用意したのだ。
「お父様、お母様!!」
「クラウディア。息災だったか」
「お手紙で元気なことは知っていましたが、直に元気な姿を見て安心しましたよ」
会場に到着すると、イスに座っていたクラウディアが飛び出し、両親に抱きついた。
考えてみれば、2年以上も手紙のやりとりだけで姿を見せられなかったわけだから、こういう行動に出るのも当然だ。
「ところで、デルフィナお姉様はどうされたんですの?」
「デルフィナは、領主代行として領地を守っている。さすがに我ら全員が領地を長期間留守にするわけにもいかんからな」
「そうですか……仕方ありませんわね」
実は、クラウディアには『デルフィナ・モンフォルテ』という姉がいる。このデルフィナさんが次期モンフォルテ公爵だそうで、王立高等学院を卒業後、領主代行の地位を父から貰って領地運営の仕事をしているらしい。
「皆さん、久しぶりの親子再会で話したいことがたくさんあるのは理解しますが、食事をしながらお話ししませんか? その方が話しやすいし盛り上がると思いますが」
「そうだな。では、席に着こうか」
このままだと永遠に話して食事が出来なさそうだったので、僕が一言声をかけて食事会をスタートさせた。
席はご両親が隣同士、その対面に僕とクラウディアという並び。クラウディアが絶対この席順の方がいいと主張したので、その案を採用した。
パラドール王国やリッツ王国ではまず口に出来ない和風の会食を堪能しながら、モンフォルテ家の最近の話、パラドール王国内の話、そしてクラウディアの禁じられた領域での働きぶりなど、話題は尽きない。
実際に話してみてわかったことだが、フアンさんは近寄りがたい風貌と顔をしているが、本当は気さくな人物らしい。最初の堅い話し方はどこヘやら、お酒が入ると口調が軽くなった。
そして最後の甘味が出された頃、フアンさんがとんでもないことを口に出した。
「リオ君。クラウディアと結婚しないか」
「はい?」
「クラウディアが婚約破棄された件に関して、クラウディアに一切責任はない。突然婚約破棄を大勢の前で言い出したジュリアン王子に全面的な非があるし、多くの人もそう認識している。
だがな、大きい屈辱を味合わせる形で婚約破棄されると、誰も結婚したがらないんだ。縁起が悪すぎるからな。
その点、リオはそんなことを気にする人間には見えないし、何より禁じられた領域において王に近しい存在。結婚相手として十分ふさわしいと思うね」
話の後半はともかく、クラウディアの事については納得してしまった。実家のあるパラドール王国ではほぼ結婚する可能性がないことも理解した。
だが、実際に自分がクラウディアと結婚するとなると、どうしても考え込んでしまう。まだまだ先のことだと思っていたし、結婚について一切考えていなかったのだ。
どう返事した物かと考えていると、マリアナさんとクラウディアが僕を急かすように言ったのだ。
「あら、良いではないですか。むしろジュリアン王子と結婚するよりも良縁になると思いますよ」
「わたくしも、リオさんと結婚できるのであれば望むところですわ。それに、先日の件もある事ですし」
クラウディアは、僕に目線を送りながら話した。
『先日の件』とは、モニカの協力で僕が入っていた貸し切り風呂に突入し、クラウディアが強引に僕と裸の付き合いをした件だ。
そのことを思い出したのと、クラウディアの事を1人の従業員とはまた違う感情を持っていたのが混ざり合い、僕はこう漏らした。
「ハイ……クラウディアさんと婚約します……」
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