きのこ


 顔面にきのこを生やした男が歩いていた。

 舞茸である。


 額から顎まで一面びっしりと舞茸に覆われている。

 おそらく呼吸ができないのか、口に当たる部分が無理に開こうともさもさ蠢いていた。


 何かを話そうとするたびに、ちぎれた舞茸がはらりと落ちる。

 舞茸がはがれるのは痛みを伴うらしく、男は身をよじりながら顔を押さえかけて、じっとこらえるように離れた位置で手を止めていた。


 以前に触れた結果、とんでもないことになったに違いないと分かる動きだった。


 唇を開くだけでも多大な痛みが襲っていることだろう。

 なんとなく、割れた唇を無理に開いた時の感覚を思い出した。


 男にはどうしても伝えたいことがあるらしい。

 痛いだろうに口を動かしては、舞茸がわさわさと擦れ合っている。


 通行人の誰も話を聞いてやる様子はなかったので、仕方なく俺が聞いておくことにした。


「しまばらけいいちはしんだと ははにつたえてください」


 シマバラくんは、掠れるような声で住所とその一言だけを繰り返していた。


「しまばらけいいちはしんだと ははにつたえてください」


 北海道だった。

 ので、断念した。


 電話番号とか言った方がいいよ、と思ったが言わないでおいた。

 耳の中にも舞茸がびっしりだったので、多分無駄だからだ。


 仕事やめて、蟹でも食おうと思った時には探してやってもいいよ。

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