今から嘘をつきます、と少年が泣きながら喚いていた。

 おそらく近所の小学生である。この辺りでは小学校はひとつしかない。


 6年生くらいの背が高くて丸顔の少年は、


『いぎみこくんは僕の友達じゃありません』


 と繰り返していた。


 僕の友達にはいぎみこくんは居ないらしい。

 僕はいぎみこくんと友達になったことはないらしい。

 家に遊びに行ったこともなければ、一緒にお菓子を食べたこともないらしい。

 いぎみこくんをお母さんに会わせたこともないらしい。


 それが嘘だと言うことは、いぎみこくんは彼の友達なのだろう。


 道ゆく人は訝しげな顔をして通り過ぎていった。


 二人組の女子高生が、なんだか変な顔をして、『いぎみこくん?』と呟いて、すぐにそれまでの会話に戻った。

 誰だか聞き返すことすらなく、何も起こらなかったかのように、会話は続いた。


 少年は結局、身の丈が半分になるまで、友達じゃありません、と繰り返していた。


 一缶飲み終わる頃には、空っぽのランドセルだけが道に転がっていた。



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