【散歩】


「ああ!? バズった!!」


 深夜。半分魂の抜けた顔でスマホを眺めていた琴浪が、ソファベッドから飛び起きた。

 傍で眠っていた生肉もつられて起きて、端の方で座っていた僕と、ベッドの上で騒ぐ琴浪と、最近は減った天井の者達を、落ち着きなく順繰りに見やっている。


 少しして、何とも投げやりな仕草でスマホが放られる。

 床に転がったそれの画面では、ショート動画が繰り返されていた。


 路上でダンス動画を撮る少女達という極めてよく見る光景と、その後ろを横切る琴浪──と、何か。

 リードの先では、幾多数多の生き物が合わさったような不定形の存在が、ぐにぐにと形を変えながら歩いていた。

 

 琴浪は、絶え間なく低い声で悪態をついている。

 そうして、ひとしきり罵倒の言葉を吐き出した後、うんざりしたように呟いた。


「普通、他人が映った時点で撮り直すだろうがよ」


 僕としても同感である。もしくは、上げるにしてもモザイクやら何やらで隠すべきだ。

 撮影者はその辺りの配慮に欠ける人間だったのか、琴浪の姿はそのまま映っていた。


 ただ、この場合は琴浪と生肉が映っているからこそ、加工もない動画を上げたに違いない。

 明確に怪奇現象を捉えた動画である。目を引くネタにはちょうどいい筈だ。


 実際、元々それなりに登録者のいたそのチャンネルでは、毛色の違う非日常として、想定以上の反応を受けていた。

 ごくありふれた女の子グループのチャンネルで、というのが尚更人目を引きやすかったのだろう。


 生肉と一緒に画面を確認する。

 信じる人間と信じない人間が半々で、そのせいで余計な議論が生まれて、変に盛り上がっているようだった。


 ちなみに、琴浪はコメントで浮浪者か何かと間違われている。

 穴の開いたスウェットで散歩になんか行くから。


 削除依頼でも出してみればどうかと提案してみたが、琴浪曰く「消えた方がガチ臭い」だそうだ。

 でも、ここまで広まると琴浪も困るのではないだろうか。


「別に、俺はいい。どうでも。

 問題は、こいつらが俺の想定よりもアホか、アホじゃないかだ」


 こいつら、と示された画面を見ながら、首を傾げる。

 生肉はたむたむと画面をタップして、勝手に高評価をつけていた。

 生肉って、スマホ反応するんだ。


 その後。

 生肉を撮って拡散したグループの子達は、何度か普段通りの動画を投稿してから、再生数が物足りなかったのか、除霊をしてきますだの、また呪われましただのという方向に変わって、残念ながらそっちの方は明らかに偽物で、その上、まあ悲しいことに詰まらなくて、コメントでも叩かれたり呆れられ始めて、最初の動画もやらせだということになって、結局、とある廃墟に入った動画を最後に活動をやめてしまった。


 散歩動画はすっかり飽きられていて、ネットの片隅に転がっているつまらない動画の一つとして扱われている。

 近頃は消費がとにかく早いので、もう誰も見ていない。


 熱心に見てるのなんて生肉くらいだ。

 どうやら、自分と琴浪が映っているのが嬉しいらしい。


 チャンネルが消えたところまで見届けた琴浪は、「アホで良かったね」とだけ呟いて、それから特に興味を失ったようだった。

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