終電


 終電で寝こけていたら知らない駅に着いていた。

 断っておくと、きさらぎ駅ではない。だが終着駅でもない。何より乗務員が居ないまま止まっているという時点で異様だ。


 つまりはこれは夢である。現実の俺は終電の車内で未だに寝こけているのだろう。あるいは過労が祟って本当にぶっ倒れているか、だ。


 駅のホームでは手足のない女と、そいつから外れたのだろう四肢が追いかけっこをしている。身を捩らせて進む人間よりも、指を使って這いずって逃げる腕の方が早い。足は上手いこと膝の屈伸で移動している。


 扉は開いているが降りる気は一切ないのでぼけっと眺めていると、『拾ってよぉ』と泣き言が聞こえてきた。

 嫌なので無視しておいた。菩薩の如き優しさの心を持つ俺であってもお断りだった。こんなのは、降りた時点で俺も手足がバラけるに決まっている。


 人も居ないので好き放題だぜと思って座席に横になって眺めていると、『人でなし』と怒鳴られ始めたが、更に放っておくと再び啜り泣きが聞こえてきた。

 そうこうしている内に、這いずっていた腕が車内に転がり込んできた。


 座席の下でようやく息を吐いた(息……?)腕には、びっしりと細い切り傷が並んでいた。

 いわゆるリストカットの痕である。右腕の後に左腕がやってきて、両腕たちは互いに慰めるように傷跡を撫でていた。


 人差し指が一番真新しい傷を撫でては、しょんぼりと力なく項垂れている。

 仕方がないのでカバンからガーゼやらの医療品を取り出して、軽く傷を拭ってから巻いてやった。俺は優しいのである。


 ちなみに、これは自己治療用に致し方なく持っている医療セットだ。

 弊社は社員に治療に行かせる間もなく働かせ続けることで診断書を取らせないライフハックを活用中なので。病院行くくらいなら寝てたいし。カスすぎる。


 遅れて逃げ込んできた両足も、太腿に無数の切り傷があった。

 腕たちがぴょんぴょんと喜びと期待に満ちた仕草で俺を示すので、正直うんざりしたが足達にも治療してやった。タダじゃねえんだぞ。


 女はまだ何か喚いていたが、無視している内に扉が閉まった。四肢達はそっと、互いを労るように寄り添っている。


 脳以外の器官にも記憶が宿る、とする話があるらしい。脳以外にも思考があるのか、というと俺には全く分からんが。

 まあ、喜んでるから良かったのかもな。本体は全く喜んでなさそうだけど。喜びって平等じゃないからね。


 目を覚ますと最寄りの一つ前だった。

 気絶するまで眠っていても必ず目を覚ませるのは何故なのだろう。こっちの方がよほど不気味かもしれない。

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