未帰橋
未帰橋の方へ歩いている間、山の方から蝉の声が聞こえてきた。突き刺すような寒さがなくなり、暖かい空気が肌を包む。俺が歩く度、周りの景色がスライドショーのように変わっていく。
緑色の絨毯を敷いたような田んぼから、耳障りな蛙の声が聞こえてくる。太陽が自身の力を最大に出し地表を照らす。じりじりとした暑さが肌に突き刺し、大量の汗が流れ落ちる。
・・・夏だ。
心地よい風が吹く。青々としていた稲が、ペンキを流したように黄金色に変わっていく。蝉の声は止み、赤とんぼがゴマ粒のように空を乱れ飛ぶ。稲穂が垂れ今年の収穫はいいように見える。
・・・秋だ。
農閉期にはいったようで、寒々しい景色が広がる。どんよりとした空からちらちらと雪が舞う。
俺は、やっと自分がいた季節に戻った事にほっとしながら古里川を横目に歩いて行く。橋に近づいていく内に、あっという間に真っ白な世界に変わっていく。
こんなに早く雪が積もったら大変だな・・なんて事をぼんやりと考えながら歩いてく。
・・・冬だ。
未帰橋に着いた。
積もっていた雪がみるみる内に溶け、毒々しいまでの赤い橋が顔を出す。
暖かい空気を感じながら、橋を見上げた。
真ん中が膨らむ橋のてっぺんに、ルナがいた。
「ルナ・・」
赤い着物を着たルナの髪がそよそよと風に
俺はゆっくりと橋を渡り出した。
一歩ずつルナに近づいていく。
何処からか、鶯の鳴く声が聞こえてくる。
・・・春だ。
「ルナ」
「はい」
言葉が続かない。
この子の人生は楽しかったのだろうか。それとも苦しかったのだろうか。こんな小さい子の胸の中では、毎日どんな事を考え感じてきたのだろうか。
両親にも恵まれお気楽に過ごしてきた俺には分からない。こんな俺がこの子に何て声をかければいいのか。
「私は、お地蔵さんも村の人達もみんな好きです」
笑顔を崩さずにルナは言う。
「全てを知った貴方にもう一度聞きますね。私は貴方を守ります」
「守る・・」
「はい。この先に行けば、あなたの普段通りの生活が待ってます。後ろを振り返り戻るのならば・・・」
「ルナ達と同じ世界に行けると言う事か」
「はい」
頷き、元気な返事を返す。100点満点の返事だ。
「・・・聞いていいか?」
「なんです?」
「ルナは、あの男がした事を知っているのか?」
「はい」
「それに対してどう思ってるんだ?」
「どうって・・ん~そうですねぇ。確かに、村中の子供達を殺すなんて事は許されざることですし大変な事です。でも、白田君は白田君の考えがあってした事だと思います。否定もしなければ肯定もしません」
「随分と客観的に見てるんだな」
「そう思いますか?少しでも外に出れば、化け物と罵られる。石を投げてくる子供もいます。そんな子供を注意しない大人は、私を白い目で見るんです」
そう言ってルナは、腕を上げるとゆっくりとマスクを下にずらしていく。
「私だって、こんな顔で生まれたくて産まれた訳じゃないんですよ」
露になったルナの顔。
鼻の下から、小さな顔に合わない大きな下顎が付いている。酷く出ているため口が閉じられそうにない。受け口の人はこれまでも見たことはあるが、ここまで酷いのは見たことがない。
ぎらぎらとした目。俺は息をのんだ。
「それに、もうしてしまった事を後から言ってもしょうがないですしね。でも、私は嬉しいですよ。色んなお友達が増えていきますから」
そう言って、マスクを元に戻す。
「む、無理に連れてこられた奴が、友達になると思ってるのか?」
「無理?ふふふ」
含むように笑ったルナは
「無理には連れて来ていないと思いますよ?私、貴方に言いましたよね?どうしても行くのかって。ちゃんと忠告はしたつもりです。ここにまた来ているのは、自分の意思なんじゃないですか?白田君が自分の家に誘ったとしても断れば良かったんです。違います?」
「それは・・・」
「みんなが埋められていた雑木林の場所もそうです。心霊スポットと面白がり、自分達の足で来てますよね?誰にも強制されて来た訳じゃない。なら・・・自分の意思で来たのなら、その土地の決まりを守ってもらわなくちゃいけません。何処でも、自分達がお気楽にいられる土地があると思ったら大間違いなんですよ」
ルナが俺の家に来た時もそんな事を言っていた。
~世の中には、立ち入ってはいけない場所があるんですよ~
「・・自業自得」
「そう。自業自得です。さ、どうしますか?」
気温がぐんぐんと上がって来た。山の緑が増え、蝉の声がちらほらと聞こえてくる。夏が来たんだ。
俺は、新緑の匂いを体いっぱいに吸い込んでみる。
変わらない。自分の生きている世界となんら変わりのない空気。都会と違い自然の良い空気を吸っている感じがする。ルナは、ジッと黙り俺の答えを待っている。
吸い込んだ息を口から全部吐き出すと、俺はゆっくりと歩き出した。
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