秘密の復讐

「化け物・・・」

俺の身体が一気に沸点まで到達したように熱くなる。

「ふ、ふ、ふざけんな!何が化け物だよ!ルナのどこが化け物なんだ?あいつだろ?あの洋服着てる奴!!」

大声で叫んだ俺は立ち上がり、遊んでいる子供達の中にいる由美を指さした。

「ちっ!!たいしたことない子供じゃねぇか。あんな奴が大人になったって誰も見向きもしねぇよ!性格が終わってらぁ!」

俺の叫びは、木々に止まっていた鳥達を飛び立たせ辺り一面に響き渡る。

「落ち着いて下さい。気持ちは痛いほどわかります。だから、だから私は復讐してやったんです」

興奮する俺に、男は冷静な口調で言う。

「復讐?」

そうだ。この男はさっき「この村の子供達を殺したのは私です」と告白していた。

俺はゆっくりと腰を下ろすと、男の話に耳を傾けた。

「私もあなたと同じ気持ちでした。落ち着いていた怒りが再燃し、体中が煮えくり返るほど怒りに支配されじっとしていられなかった。許せない。あいつら全員許せない。その言葉だけが私の頭の全てを支配していた。あの時の私は、その支配された言葉だけで動いていました。心なんてない。もし、心の方が動いていたらあんな事はしなかったでしょう」

「・・なにをしたんだ?」

「まず、子供の数だけ地蔵を掘りました。全て完璧な姿ではなく、どこか欠けている地蔵を」

その時俺は、初めてこの神社に来て境内に集められていた地蔵を思い出した。完全な状態の地蔵は一つもなく、腕がなかったり足の部分がなかったりと、どこかしら欠けていた。この男が作ったのか。

「何故、体の欠けた地蔵を作ったか分かりますか?人間誰にでもコンプレックスはあります。ルナも酷い受け口を気にしていた。たったそれだけの事で、化け物呼ばわりされた挙句殺された。だから、あいつらにも体のどこか欠けた地蔵を身代わりにしたんですよ。人数分作り終わった私は、古里川が暴れ出す日を選び友人を一人誘い出したんです」

「誘い出した?」

「ええ。夜にしか見れない特別なものを見つけた。お前にだけ見せてやるってね。皆ほいほいとついて来ましたよ。人間の好奇心を利用したんです」

「好奇心・・・」

その言葉が出た瞬間、ルナの事を思い出した。俺が影来神社に足を踏み入れたのも好奇心だった。

何となく居心地が悪くなった俺だったが、男の話の続きを聞く。

「友人と二人、この村を周り歩きました。一軒一軒漏れる事なく周ったんです。どうしてそんな事をしたのか・・・それは、ルナを見殺しにした奴はこんな奴なんだと村中に知らしめたかったからです。だからと言って家の中まで入り、友人の悪行を言うつもりはありません。ただ、言わなくとも、村の人達にこんな酷い奴がいるんだぞと知らしめたかった」

「・・・・・」

「勿論、友人は不審に思い不満を漏らしてきます。何をやっているのかと。そんな友人をなだめすかしながら全ての家を周り、最後の場所の未帰橋へと連れて行きました。土砂降りの中で流れる古里川は、唸りを上げ橋を渡る人の足を鈍らせる。きっと友人は橋を渡ろうとはしないだろう。だから私は考えた。橋の下に連れて行こうとね」

「・・・橋の下」

そう言えば、トキ子は俺に「橋の下を見ろ」と言っていた。もしかして、トキ子はこの事を知っていたのだろうか。だとすると、トキ子は何者なんだ?

男は軽く咳をするとまた話しだす。

「川幅を広くした古里川は、思わぬ高さまで水が来て土手を緩くします。いつ崩れるか分からない場所まで友人を連れて行って、橋の下を覗かせるんです。大抵の子は「川に落ちたら嫌だから」とか「怖い」とか言って拒否しますが、そこで僕が言うんです。その子の考えている事や、秘密にしている事を。例えば、親に内緒でこんな事したよね?とか、本当は誰々ちゃんの事が好きなんだね?とか。私は人の心と過去がよめますからね。私が、そんな事が出来ると知らない友人は勿論驚きます。そして言うんです「橋の下に箱がある。そこに村の人達全員の秘密が入っていた。だから僕は分かったんだよ」って」


秘密という言葉は何て魅力的な言葉なのか。

知り合いから誰もいない場所で「ここだけの話なんだけど」や「誰にも言わないでね。実は・・」とか言われると、どんなに忙しくても手を止めて耳を傾けてしまう。

それは、人間のさがなのか。誰しもが何かしらの秘密を持っている。その秘密を知りたい。表の顔と違う裏の顔を見てみたい。話し手は相手を信頼して秘密を漏らすのに対し、聞き手はそんな嫌らしい感情が顔を出す。その人の秘密を自分が知るという優越感。秘密を持っている人への興味。様々な感情が入り乱れる。それは、知らない事を知るという探求心とは少し違っているが、この男はそんな人間の心理を利用したのだろうか。

「逡巡していた友人達も最後には、足元がおぼつかない橋の下へと行こうとします。皆の秘密を覗き見る為に。土手の草を命綱のように、がっちりと握り締めながら橋の下に向かう友人。そして私はこう言うんです「きっとルナもこうやって降りて行ったんだろうね」と。ハッと顔を上げ私を見上げる友人の顔は皆同じでしたよ。恐怖です。もしかしたら、これから私がやろうとしている事があの時点で悟ったのかもしれませんね」

満足そうな笑みを浮かべ男は空を見上げる。

少しだけ西に傾いた太陽が眩しい。

「私はそうやって、友人を一人ずつ川へと突き落としたんです。濁流にのまれていく友人の姿は、暗闇の中で見る事は出来ませんでしたが、私はとても満足でした」

俺はゴクリと喉を鳴らし唾を飲み込む。

「お・・・大人達はどうした?子供がいなくなれば騒ぐだろう」

「ええ勿論ですよ「うちの子がいない」「お宅の家にいないか?」「誰かに連れ去られたんじゃないか」等とわめいてました。ことり祖母ちゃんが、村人達にルナの居場所を必死に聞いていた時と同じですよ。あの時の村人達はとても冷たかった。孫を心配することり祖母ちゃんに背中を向け、誰一人一緒になって探そうとする人なんていなかったんですから。まぁ、私もその一人なんですけどね。あの時はルナがいないという事と、ことり祖母ちゃんの唸り声のような泣き声に恐れをなし家へと逃げ帰ってしまったんですから。子供だったとはいえ、一緒に探してあげれば良かった」

「・・警察には・・親は、警察に知らせなかったのか?」

「知らせませんでした。恐れたのかもしれませんね。拝み屋一族にした自分達の罪が露見する事を」

「・・・・・・」

「村の友人達を次々に川に突き落とした私は、最後の一人、由美の家に行きました。由美はすっかり怯えており、昼間訪ねても一切顔を見せません。それはそうですよね。村の子供達が次々といなくなっているんですから。どうしたものかと考えた私は、手紙を書く事にしました。内容ですか?それは・・」


~この村で残った子供は僕と由美ちゃんだ。きっとみんなは悪い人達に連れて行かれちゃったんだよ。次は由美ちゃんかもしれない。僕かもしれない。この村には未帰橋を渡らなくちゃ他所からは入れない。だから、連れて行かれないように僕は罠を仕掛けた。その罠のお陰で一人だけ捕まえたんだ!でもこの事はまだ誰にも言ってない。僕と由美ちゃんの手柄にしよう。引っ込み思案の僕がやったって言っても、村の人達は信じてくれない。由美ちゃんがいれば、絶対信じてくれるから。犯人は、体を縛りつけて橋の下にいる。一緒に行こう~


と、書いたんです。今思えばなんて幼稚な文章なのかと笑ってしまいますが、まぁ子供でしたからね。こんな内容でも由美ちゃんはまんまと引っ掛かりましたよ。あの子は・・由美は人一倍傲慢な女の子でした。自分が人からよく見られたり、自慢できるとなれば必ず食いつきますから。あの夜も土砂降りの雨が降る夜でした。傘を差し由美の家に向かった私は、二階にある由美の部屋に向かって小石を投げました。待っていたかのように、薄いカーテンが勢いよく開けられ、由美の姿が見えました。部屋の電気がついてるので逆光となり表情は見えませんでしたが、私には由美が笑っているように見えましたよ」

男は由美ちゃんから由美に変わり、苦々しい顔になる。

「暫くすると、真新しい合羽を着た由美が家から出て来たんです。私の近くに来ると、興奮しているのか息を弾ませ嬉しそうに「早く行こう!私が警察に突き出してやるわ!」と言いましたよ。ふっ。呆れましたね。この女はどこまで自分勝手な奴なんだって思ったら可笑しくて・・」

男は鼻でくっくっくと笑った。

「そんな事を思いながら、勇み足で歩く由美の後姿を見ていました。そして、未帰橋に着くと由美は「どこにいるの?ちゃんと縄で縛ってあるのよね?」と聞いてきます。私は「勿論」と頷いたんです。その時の由美の顔・・・満足そうににやりと笑うと、自分から橋の下へと降りていきました。他の子供達は、土手の草をしっかりと掴み恐る恐る降りていくのに、由美は自信に満ちた足取りでどんどん降りていくんです。変な話ですが、私は、由美が落ちてしまわないかと心配になったぐらいですよ。あの橋の下は川から少し上がった所に人が入れるスペースがあるんです。勿論、暴れ川と化した古里川はそのスペースも飲み込んでいましたけどね。村に住む人ならそんな事すぐに分かる。でも、あの時の由美はそんな判断もできないほど興奮してたんでしょう。土手の端、川のぎりぎりまで下りた時、私の方を振り返り言いました「どこにいるのよ!」と。私は言ってやりましたよ「そんなもんいねぇよ」ってね。「ヒーローにでもなれると思ったか?残念だったな。ヒーローどころか、お前はこれから死ぬんだよ。あの世でルナに謝れ!!」私は思い切り由美の背中を押しました。最後に聞いた由美の言葉は・・・「馬鹿じゃない」でしたよ」

男の肩が上がりゆっくりと下がっていく。怒りを深呼吸で逃したのかもしれない。

「私が作った地蔵は、一人川に突き落とすごとに境内に置きました。何故そんな事をしたのかって顔をしてますね、それは多分・・・証明・・復讐してやったという証明みたいなものでしょうかね」


大分日が傾いてきた。何だか時間の流れが速いような感じがする。

飛び去って行った烏が大きな泣き声を上げながら、山に帰って来る。オレンジ色が濃くなった境内には子供達が楽しそうに遊んでいる。その真ん中で微動だにせず立ち尽くすルナ。

この男は、ルナの仇を取った。でも、それで良かったのだろうか。当時はソレで満足だったかもしれない。でも今はどうなんだ?俺にはとても満足しているようには見えない。どこか影を持ち、自分のやった事を背負い、その重さに耐えながら生きているように見える。

「ちょっと聞いていいか?」

「はい?」

「あんたは、御地家の子祭りの本当の意味を知ってるのか?」

「・・・・・・」

男は空を暫く見上げていた。

「ええ。勿論知っていますよ」

やっぱり。居酒屋で話していた時も妙におかしかった。知っている事を、わざわざ俺から聞き再確認しているようだったからだ。この男は何者なんだ。

「貴方には申し訳ない事をしました」

「え?」

「貴方は全てを知る権利がある。だから、私はわざわざにまで貴方に会いに行った」

「あちら?」

「取り敢えず話を進めましょう。あの祭は、ことり祖母ちゃんが始めた祭りなんですよ」

「え?ことり祖母ちゃんが?でも、ことり祖母ちゃんは死んだんだろ?」

「ええ。私もあの時は死んだと思ってましたよ。でも、ことり祖母ちゃんは死んでなかった。上手く身を隠していたんですね。生きてたんですよ。そのことも踏まえて初めからお話ししますね。ある日の夜。夕食を食べている時父がこんな事を言ったんです。村におかしな噂が流れていると・・」

「噂?」

「はい。夜に白い布を頭からすっぽりと被った人が訪ねてくるという噂です。どこからか声が聞こえてくる。誰だろうと思い外を覗くと、そいつが家の前で歌を歌っていると言うんです」

「歌・・・それって、御地家の子祭りみたいだ」

「そう。まさにそうなんですよ。私はその話を聞いた時ゾッとしたんです。もしかして、私が殺した子供達が夜な夜な自分の家を探して歩いてるんじゃないかと思ったからです」

雨降る夜に、白い布をすっぽりと被ったソレは自分の帰る家を探し周る。一軒一軒周り歌を歌って自分の存在をアピールしているのだろうか。それとも他に理由があるのだろうか。それを見た村の人達の驚きは計り知れないだろう。

「そ、それで?」

「とても怖かったんですが、真相が知りたくなった私は夜にこっそりと家を抜け出し、白い布を被った奴を探しに行ったんです」

「見つかったのか?」

「ええ。探しに出て三日目で見つけることが出来ました。あの日は珍しく雨が降らない夜でした。月と星が出ていてとても明るい夜だったのを覚えています。そいつは、安君の家の前にいました。かかとを上げ下げして体全体で調子を取りながら歌っていました。その歌声は低くガラガラとした声です。どこかで聞いた声だなと思いながら、家から持ってきた心張り棒を手に握りしめ、ゆっくりゆっくりそいつに近づいて行ったんです」

「それは幽霊か?それとも生きた人か?」

「ことり祖母ちゃんだったんですよ」

「ええ?!」

「私も驚きましたよ。私が近づいたことに気が付いたそいつは、あろうことか私の方へとやってきた。恐ろしくて動くこともできなくなった私は、その場に立ち尽くします。じゃりじゃりと裸足の足で小石を踏みつけながら近くに来たそいつは、白い布をばさりと取ったんです。そこには、死んだと思っていたことり祖母ちゃんがいました。酷く突き出た下顎を更に突き出し、ニヤッと笑ったんです」

両手を包むようにして握り、それをせわしなく揉みながら男は話し出した。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る