日向神社

「ここ・・・」

その神社は俺が思っていた神社ではなかった。

大きな鳥居の隣に立つ石柱に「日向神社ひゅうがじんじゃ」と彫られ、鳥居の先には綺麗に掃き清められた参道が伸びている。

参道の両脇には杉が立ち並び、奥に見える拝殿までの道筋を作り出していた。

「ミヨ。やっぱりあの神社じゃない。多分、この町には二つの神社があるんだ」

「にゃふん」

目を凝らすと、拝殿の方で忙しそうに動き回る人がチラチラと見える。

俺は少しだけ戸惑ったが、ものおじもせず先に歩き出したミヨを追いかけるようにして参道を歩き出した。参道に入った途端、背の高い杉の影のお陰でいくらか涼しさを感じる。

参道の脇には、お祭りらしく個人の名前が入った提灯が参道沿いに張られた縄に吊るされていた。夜になったら灯されるのだろう。

境内に着くと、左手に手水場、正面に扉が開け放たれた拝殿、右手に目を見張る様な大きな太鼓が置かれていた。

乗用車一台が乗りそうな位の大きなやぐら台の上に、でっぷり丸々と太った和太鼓が乗っている。

「凄いな・・あんなデカい太鼓は初めて見た」

「にゃふんん」

女将さんが驚くと言ったのはこの太鼓の大きさの事なんだろう。ミヨと俺は口をあんぐりと開け、化け物のような太鼓の近くに行き見上げた。

「ん?なんだあんたは」

太鼓の向こう側からヒョイと首を出した男が俺達に気がつき声をかけてきた。

「あ・・すみません。百目鬼旅館に泊まっている者ですけど、女将さんに聞いて見学させてもらえればなと思いまして」

「百目鬼さん?・・」

男は首をひねり少し考えていたが

「まぁいいや。そんなとこで突っ立ってないで、見るんだったらこっちに来な」

と、俺を手招きする。

柔道をやっていそうな程のガタイのいい男で50歳ぐらいだろうか。半袖から出ているごつい腕と短パンから伸びる足は動物かと思うほど毛深い。ひげも濃く顔の下半分が沢山のゴマを振りかけたようになっている。この人が長谷川さんだろうか。

「はい。失礼します」

遠慮がちに頭をさげ男の側へと行く。

「立派な太鼓ですね」

目の前に聳える山のように大きい太鼓を見上げ俺は言った。

「ああ。わざわざ隣の県の太鼓職人に作ってもらった太鼓だよ。一年に一度しか出さないが、いつ見ても素晴らしいよ」

男は細い眼をより細くして太鼓を見上げる。額には大粒の汗をかいており、今も汗が頬を伝っている。

「この太鼓を御地家の子祭りの最後に白田さんが鳴らすんですね?それにしても大きくて立派な太鼓だなぁ」

「白田さん?御地屋の子祭り?」

男は片方の眉を上げ不思議そうに俺を見る。

「普段、こちらの拝殿に仕舞われてるんですか?」

俺は、太鼓の素晴らしさにすっかり魅了されていて、男がおかしな顔をしている事に気が付かない。

「いや、その裏の本殿の方に仕舞ってるんだ。これはご神体だからな」

「え?この太鼓がご神体?」

「そう。詳しくは知らねぇが、なんでも昔は古里川がよく暴れたらしいんだよ。氾濫しそうになると村の住人に知らせるためにこの太鼓を叩いたと云われている」

「この太鼓を・・」

俺は改めて太鼓を見た。所々にカビが付着しているが、至って綺麗な太鼓だ。

「昔から使われていたのなら、手直しとかメンテナンスが大変でしょうね」

「メンテナンス?そんなもんやった事ないんじゃないかな」

「やった事がない?!」

「ああ。なんせこの太鼓は紫陽花祭り意外に外に出すのを禁じられてるからね。メンテナンスで太鼓職人が本堂の中に入るのも禁止されてる。だから、昔からこのままなんじゃないか?」

「それにしては綺麗ですね。少しカビは生えてますけど」

「まぁ一年に一回しか使わないからな。そんなに痛まないんだろう」

そうだろうか。いくら本堂の中に安置されているとはいえ乾燥や湿気で痛むこともあるだろう。加湿器などで調節されているのか?

「いつもお一人でこの太鼓の準備をするんですか?」

「そうだ。俺がこの町で一番力があるからね。若いやつもちらほらいるが、あれは駄目だ。なよなよして腕なんかこんなに細い。力仕事なんてしないし、机に座ってこれだろ?」

男は、両手の指をピアノを弾くように動かした。どうやらパソコンのことを言っているらしい。

この男からしたら、若い人達はとても頼りなく見えるのだろう。

「なるほど。因みにこの神社は日向神社と鳥居の所に書いてありましたが、他にもう一つ神社がありませんか?前にここに来た時あったような気がしたんですが」

「もう一つ?・・・・」

男は唇を尖らし少し上を向いて考えると

「ああ。あそこか」

やっぱり。やっぱりもう一つ神社があるんだ。俺はそっちの神社に用がある。この男からその神社の事が聞けないだろうか。

「さてと、雨が降るみたいだから念のためシートを掛けとくか。そしたら終わりだ」

俺の話などなかったかのように、男はそう言って空を睨むと近くにあったブルーシートを掴む。

「え?・・・あの、もう一つの神社は・・」

「あ?ああ・・・・知らねぇな」

「え?だってさっき、あそこかって」

「悪いな。俺はこれから用があるから、さっさとこれを済まして帰りたいんだ」

男はそう言うとブルーシートを広げ太鼓に被せ始めた。その時。

「おーい。田所!」

参道の方から別の男性が、手招きをする様に呼んでいる。

「おう!今行く!」

男は返事をすると、俺の方を見ることなく行ってしまった。

「田所?あの人、長谷川さんじゃなかったのか」

でも、あの男の反応からして、絶対あの神社の事を知っているはず。知っているのに何故何も言わないんだ?もしかしてよそ者には話してはいけない何かがあるのだろうか。それに・・

「ミヨ。あの人はさっき、紫陽花祭りって言ったよな。御地屋の子祭りじゃないのかな?」

「にゃふ?」

ミヨは可愛らしく子首を傾げ小さく鳴いた。

余計謎が深まってしまった。

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