奈落夜(ななわ)

 父さん……、父さんならもう気付いていると思いますが、敢えて書きます。


 僕らはただの『予備』であり、そのために生まれた『人形』だったのです。

 僕らは彼らの悪くなった、そして古くなった『部品の予備』に過ぎなかったのです。


 あまりにも荒唐無稽に思うかもしれませんが、ここは神々の住む世界、人智を超えた世界なのです。

 同じ人間を生み出すことなど、彼らにとって造作もないことなのです。

 

 三年前に天に召された母さんも、きっと―――。

 

 それが僕らの世界に〝寿命〟が存在しない理由。

 ある時期が来れば必ず天に召されていたのは、ある時期を過ぎた神々が臓器を入れ替えていたから―――。


 真実を知った僕から沸き上がってきたのは激しい怒りではなく、深い闇に落ちていくような果てしない虚無感でした。


 僕らは存在していたのではなく、存在させられていたのです。

 僕らは生きていなかった、生かされていたのです。

 

 


 闇に沈んでいく僕の意識を引き上げたのはエリナでした。

 茫然と立ち尽くす僕の前でエリナは急に苦しみ出したのです。悲鳴も、僅かな声も出すことができず苦しそうに胸を抑える彼女は、頻りにベッドの上を探っているようでした。


 僕は思いました。

 エリナがいなくなれば、リゼは助かるんじゃないかと―――。


 僕はリゼさえいれば何もいりません。望むものはありません。

 だから僕はここまで来たのです。リゼを連れ帰るためならどんなことでもできる。揺らぐことのない決意でした。


 苦しむ彼女から視線を切って踵を返そうとしたそのとき、力なく倒れていく彼女の姿がリゼと重なったのです。

 それは至極当然のことでしょう。なぜなら彼女はリゼの本体ともいえる存在なのですから……。


 僕はどうしようもないくらい、殺してしまいたくなるくらい自分自身を蔑んでいました。

 気付いたときには部屋を飛び出していた僕は、「誰か来て! エリナを助けて!」と大声で叫んでいたのです。


 僕の声で駆けつけた使徒たちによって運ばれていくエリナの姿は、最後に見たリゼの姿と同じでした。 


 彼女が運ばれるその先に、リゼはいたのでしょう。

 手を伸ばせば届くところにリゼはいたのです。

 しかし、僕の足は動きませんでした。


 恐怖、後悔、動揺、欺瞞、そして安堵、あらゆる思念が僕の全身を束縛していました。


 父さん、僕はどうすればよかったのでしょうか?

 今でも解りません。


 

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