第41話 舌抜き(シア視点)
わたくしはリュージさん達と別れ指示通り中にいるはずの人がいるか確認し、部屋の扉を開け窓が割られていないか確かめる。
「まぁここまで入ってこれるわけないですよね」
姉さんが知ったら叱られるかもしれないが、正直わたくしはこの件は何事もなく片付くと思っている。
外には騎士団とここの精鋭達が集まって布陣を敷いている。それにとんでもない力を身につけたリュージさんとその仲間達もいるのだ。ここにエムスが辿り着く前に捕えられるのは明白だ。
「もしわたくしが頼んだら、仲間に加えてくださるのか……」
油断が影響してしまったのか、ふと考えていたことが口から漏れてしまう。幸い近くには誰もおらず聞かれていない。
わたくしは傲慢ながらリュージさんと再び一緒にパーティーを組むことを視野に入れている。この一ヶ月で自分もかなり強くなったし、彼と一緒に居ればもっと強くなれるような気がしたからだ。
あの人はわたくしが見捨てたというのに、酷いこともしてきたというのにそれらを気にせずに受け入れてくれた。とても暖かいお方です。
その暖かさが心地良くて思い出すだけで自然と頬が緩んでしまう。
バニスさんの時とは違う感情が芽生える。きっとこれは恋愛や愛情ではなく尊敬の念なのだろう。
今わたくしは彼を心の底から尊敬し憧れている。献身的に誰かに尽くし、そのための努力や能力も飛び抜けている。その姿は自分にとってお手本そのものだ。
でもあのお二人は受け入れてくれるでしょうか? 特にアキさんはわたくしのことを目の敵にしてしまっていますし。
それに関しては追放の件が発端なのでわたくしが全面的に悪いのだが、これから旅を共にする身としては彼女らとも仲良くなっておきたい。
「はぁ……何て声をかけたらいいか……」
溜息を吐きながらまた一室、一室と扉を開けて中を確認する。
その流れ作業の中で突然わたくしの腕が引っ張られ部屋の中に引き込まれる。
「あがっ!!」
次に頭に硬いもので殴られたような衝撃が襲い、わたくしはベッドのすぐ側に倒れてしまう。
運が良いことにベッドに頭を乗っけれたことで頭部へのダメージの追加はなかったが、赤く染まっていくシーツがわたくしの胸の鼓動を速くさせる。
「よく見たらお前ぇ……シアかぁ……」
部屋の中に潜伏していてわたくしの頭を殴ったのはエムスだった。今奴が目の前に立っている。
バールには新鮮な血がこびり付いており、それを引きずりながら動けないわたくしの方へと迫ってくる。
「会いたかったぜぇ。十五年前は殺し損ねたからなぁ?」
まだ痛みが響くわたくしの顔を手で掴み上げ、血がついたバールを口の中に無理矢理入れてくる。
「う、うむぅ……!!」
声を出そうにも頭痛とバールのせいでそれすらできず、至近距離での奴との睨めっこになる。
「その目。分かるぜぇ……オレが憎いんだろ? 十五年前に親を殺したこのオレがよ?」
「んんん!!」
ここで一方的に殺されるくらいならとわたくしは隠し持っていた短剣を取り出す。それを奴の右目に突き刺す。
短剣は防御されることもなくグチュリと嫌な音を立てて眼球を貫く。だが奴はそんな傷を負っても全く動じない。
「でもよぉ……オレだって憎いんだよお前らが。人を殺して事件をでっちあげるお前らがよぉ……ガキを悪魔の子だとほざいて雪山に追い込みやがって。
あの日からずっと寒いんだよ。だから……温めてくれよ……!!」
舌にバールが突き刺さり奴はそれを一気に引っ張り抜く。
顎がガクンと外れる感覚の後口の中でブチッと千切れる音がする。
「あむ……案外硬いな」
エムスがわたくしの舌をよく噛み咀嚼する。遅れて痛みが全身を駆け巡り浮いている足をバタつかせる。
「ガポポ! ガピュ!!」
舌がないせいで喋れない、というより血が溢れ出るせいで呼吸すらままならない。
「美味かったぜ。少しは温まった」
エムスはまるでゴミのように乱雑にわたくしを放り捨て部屋を出て行く。
嵐が過ぎ去り、わたくしから血の気も引いていく。
もしかして……死ぬ?
今まで守られ続けてきたわたくしにとってそれは御伽話を聞かされている感覚に近かった。だがそれが段々と明瞭になっていき、心の中で恐怖が芽生え出す。
「誰か……ゴヒュ!! リュー……ゴポッ!! オエッ!! 助け……!!」
伸ばした手には誰も気づくわけもなく、わたくしは外の雪と同じぐらい冷たくなっていく。
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