6日目




「ここは何処だろう」


 目を覚ましてすぐ違和感を覚える。

 一見して和室のように見える部屋に寝ていた私は、体を起こして周囲を見渡す。


 知らない部屋だ。

 見覚えすらない。


 ふと、隣に男の子が寝ている事に気付いた。


 この子は確か、近所に住んでいるコウタくん。

 明るい男の子だ。毎朝元気よく挨拶してくれる。


 知らない空間に放り込まれて不安がある。だけど、私が不安そうにしていたらコウタくんはより不安になるかも。

 だから、目を覚ます前にある程度この部屋を調べておく必要がある、かもしれない。


 そもそも、どうやってこの部屋に入れられたのか。

 引き戸があるからそこから連れてこられた、と思うのだけれど。

 戸は開かない。

 鍵穴はあるから鍵が掛かっているみたい。

 ここが開けられれば話しは簡単だったけれど、そうはいかないみたいだ。 


 なら、他の場所から出られないか、と考えて障子を引いてみたけれど、こっちも開かない。

 さっきの引き戸と違って動く気配が微塵もなかった。


 改めて部屋を見回す。


 部屋はそんなに広くなくて、四畳程度。

 引き戸から見て、対面側に障子があり、床は畳だ。

 中央には机があって、その上にはカセットコンロと厚紙が無造作に置かれていた。

 引き戸側の左隅で扇風機が上の方を向いていて、随分と昔の物なのかガタガタと音を立てて回っている。

 右側の壁にはタンスが備え付けてあり、その上には可愛いデザインをしたお殿様の人形が座布団の上にちょこんと座っている。

 その隣には部屋の雰囲気には似つかわしくない大きな柱時計。

 それでここにある物は全部みたいだ。



 机の上にある厚紙には大きく、何をしても出られない部屋、と書いてある。


 こんな事を書いて置いておくだなんて悪趣味にも程がある。

 何か裏があるように思えてならない。


 手に取って裏を見ると黒い何かが描かれている。

 虫のように見えるけれど、なんの虫なのか私には分からない。

 もしかしたらコウタくんなら分かるかもしれないけど、目が覚めないことにはどうしようも出来ない。

 それまでは出来る限りこの部屋のことを調べておこう。


 タンスはほとんどが空だ。

 見付かったのはカッターナイフだけ。

 開かなかった引き出しが三つ。

 それぞれ鍵穴がある。

 鍵が隠してあるのだと思うけど、何処にあるのかは分からない。


「ん、ぅぅ……」


 コウタくんが目を覚ましたみたいだ。


「おはよう。 気分はどうかな?」


「お姉、ちゃん……? ここは何処……?」


 言葉に詰まった。

 どう説明したものか、と悩む。

 しかし、コウタくんを不安にさせてしまうからあまり黙ってはいられない。


 何か子供をわくわくさせられる言葉が見つかればいいのだけど。


「えっと……ここは……。 謎が沢山隠された部屋なの! ここの謎を全て解き明かすとお宝が手に入るんだよ!」


 思い付きで口走ってしまったけど、コウタくんがこういうのが好きなのかどうかは分からない。

 乗ってきてくれたら嬉しいんだけど。


「なぞ? テレビとかでやってるやつ?」


「そうそう! コウタくんはこういうの好きかな?」


「うん、だいすき!」


 良かった。

 一先ず、不安を一つ解消出来た。

 ともかく。


「良かった! それじゃあ、第一問目です! ここに描かれた生き物は何でしょう?」


 厚紙に描かれた黒い虫に見える何かの絵だ。

 私には皆目見当もつかない物だったけど。


「うーん、バッタ? トノサマバッタ!」


「トノサマバッタ? んー……? おー……そうかも! すごい! よくわかったね!」


 ちょっと大袈裟なくらいに褒めてあげると、照れくさそうに、でも得意げに笑うコウタくん。


 早速、進展した。

 一人ではこれを解くのにもっと時間がかかったかもしれないと思うと、コウタくんが居てくれて良かった、と思う。

 だけど、トノサマバッタだと分かったからと言ってこれをどうしたらいいのかが分からない。


「トノサマバッタ……トノサマバッタ……殿様?」


 タンスの上にお殿様の人形があるのを思い出して、手に取る。

 その瞬間。


『何をする! さては謀反か!?』


 お殿様の人形が喋った。


「なにそれ! 面白い!」


「触ってみる?」


 元気よく返事をしたコウタくんにお殿様人形を渡すと、頻りにお腹を押し込んで遊び始める。

 お腹を押し込む度に、何をする!さては謀反か!?と言うので少し可笑しくて、笑みが溢れる。


「ん、なんか付いてた!」


 そう言って私に小さな鍵を渡してくる。

 タンスの鍵穴に合いそうな大きさの鍵。


 試しに入れてみると、一つの鍵が開いた。


「コウタくん! 次の問題だ!」


「え! なになに?」


 鍵の空いたタンスから出てきたのは、いまなんじ? と書いた紙だった。

 柱時計を見ると二時十六分を指している。

 しかし、この問題が意図するのは、どういうことなのだろうか。


「いまなんじ?」


 コウタくんは問題を読み上げると直ぐに辺りを見回し、柱時計ではない壁の高い位置を指差して。


「五時!!」


 そう言った。

 コウタくんが指差す場所には、如何にも落書きと言った感じで時計が描かれており、その時計は歪な形ではあるけど確かにそれは五時ぴったりを指している。


 それを見てから何気なく柱時計の時計盤に触れると、針を自分で動かせることに気付いた。

 お殿様の時の事を考えると、ここを動かすのかもしれない。


「コウタくん、この時計を五時にするイタズラしてみない?」


「え! いいの!? やるやる!!」


 コウタくんを抱え上げて、時計を触らせると好き勝手に回し始める。

 あまりこう言う事は出来ないからか、目を輝かせて遊んでいて微笑ましい。


「できた!」


 五時に針をセットした時、柱時計の下の方から何かが動く音がした。

 コウタくんを降ろすと、直ぐにかがんで開いた場所を見る。

 そこからまた、新しい鍵を見付かった。


「やったね! これで次の問題が出てくるかも!」


 早速タンスに鍵を差し込み、開く。

 すると、そこには真っ白な紙があるだけ。


「何が出てきたの? 見せて! ……真っ白?」


 コウタくんにも見せてあげるけど、私に全く分からない物がコウタくんに分かるはずもない。

 どうしたものか、と周りを見渡してどうにか出来るものを探す。

 と言っても、この部屋にある物がそもそも少なさ過ぎる。


 使えそうな物と言ったら、カセットコンロとカッターナイフくらいだ。

 あとは他の問題用紙と扇風機。


「なにこれ! 何も書いてないじゃん! 全然、問題じゃないよ!」


 確かにこれじゃ問題にならない。

 だけど、これ自体が問題だとしたら?

 ガスコンロが目が向く。

 昔、理科の実験で字が浮かび上がる方法と言うのをやった記憶が蘇る。

 紙に蝋燭で字を書いて炙るという単純な物だけど、これをやったなら確かに問題じゃない問題が出来上がる。


 試しに紙を擦ってみると、紙質の所と、紙ではないようなつるりとした滑る所が所々にある。


「コウタくん。 これ、ちょっと触ってみて欲しいんだけど」


 同じ面でも紙の質感が触る位置違うことを教えると、なんで分かったの!? と驚かれた。


「これ、触ってなぞってみたらなんて書いてあるのか分かるんじゃない?」


 そうして時間をかけて割り出した文字は、せんぷうき。


 扇風機の足にあるスイッチを切ると、扇風機の羽根と同じ青色のポリ袋が貼り付けられていた。

 その中にはタンスの鍵とは違う鍵が入っており、それが恐らく引き戸の鍵だ。


 コウタくんと一緒になってテンションが上がる。


 これでやっと出られる。

 そう思って引き戸を開けた。


 しかし、何もなかった。






テーマ:二人ぼっち

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