第4話 「もし私が変な事になってもあまり見ないでくれよ」
その後イチは塔の門が開かれる時間を計算し、時間一杯まで冒険の計画を練り、装備を整えた。
イチの装備は彼女が愛用している瑠璃色の冒険者用のコート。その下には上下に分かれた同じく瑠璃色の冒険者装束である。この冒険者装束は丈夫な胴長モグラの革で作られていて、我々の時代の軍服に似ている。
この時代、若い女性の冒険者の間で股間の付け根まで大胆に短くしたショートパンツやブルマー、ミニスカートなどを履くスタイルが流行しており、これは迷信でしかなかったが足運びを容易くすると信じられていた。
そして転ばずの竿を一本。
これは設置された罠を察知したり解除するのに役立つ。
そのショートパンツには5号拳銃弾を仕込んだガンベルトが巻かれ、右側のホルスターには彼女が愛用するカーペイト15式魔導回転拳銃が差されている。
左側には同じく愛用のナイフが鞘におさめられており、これはあらゆる場面で役に立つ。
足には丈夫で走破性の高い牛革のブーツ。
手は指だけを出した革のグローブで守っている。
更に各種冒険に役立つ道具や、今回のラプダンジーの塔を攻略するのに役立つであろうアイテムを収めた冒険者バックパックを背負い、ガンベルトに対エロトラップダンジョン用の装備の入った革のポシェットを括り付けた。
そして彼女のトレードマークとなっている瑠璃色のベレー帽を忘れずに被っていた。
その見た目はさながら近現代の歩兵のようである。
この装備でイチはいくつものダンジョンや遺跡を単身攻略している。
時間になり某支部から飛脚馬を借りると、ラプダンジーの塔まで一直線に駆けた。
ラプダンジーの塔自体、スウィートバウムから飛脚馬で2時間もすれば着いてしまう程に近い。
市場や露店で賑わうスウィートバウムの冒険者通りを駆け西に、中流階級の居住区を抜け、蒸気の煙を吐く工場街を後にして、冒険者達が守る砦を抜ければ山吹色の煉瓦が果てなく敷き詰められているように錯覚するバウム街道がある。
都市国家バルティゴはスウィートバウムを起点に考えた場足、地図上では逆三角形の形をしており、西は森林地帯、東は丘陵地帯、南は陽下洋に囲まれている。
イチはスウィートバウムの西から北に広がっている馬駆け平野を風を切って馬を走らせる。
馬駆け平野には田園風景が広がり、農家や牧草地帯が広がっている。
右手の空を一頭のワイバーンが長い尾を揺らしながら飛んでいた。雨が近いのだろう。確かに左手の遙か先の洋上に入道雲が見えた。この季節は寒い癖にやたら蒸す。
馬駆け平野を飛脚馬がようやく疲れ始めるまで走らせると『黒の森』が広がり、その森はかつてラプダンジー氏などが修験の場として選んだ広大な森である。
馬の機嫌を取りつつ森を進むと修行中の蛙人族とすれ違った。彼らはイチの姿を見送りケロケロと喉を鳴らした。
いよいよ飛脚馬の息が荒くなり始めた頃、黒の森がにわかに明るくなったかと思うと、目的のラプダンジーの塔にたどり着いた。
それは森の中にある開けた空間に建てられた乳白色の塔で、その周囲はラプダンジー氏が造らせた、すり鉢状の遺跡で囲まれている。
ラプダンジーの塔にたどり着いたイチを、冒険者風の男二人組が出迎えた。
「止まれ!このダンジョンは立ち入りが禁止されている!」
二人組みの男のうち、革鎧で武装した背の高い中年の男が手を広げてイチを制止した。
「某支…、スウィートバウム支部から派遣されてきた。イチだ」
イチは馬を宥めてその場に止まり、懐から某支部から手渡された依頼書を馬上から彼らに渡して見せた。
「これは、失礼を」
男達は背の高い中年をラムジー、小太りがパターソと名乗った。二人ともこん棒で武装しているが腰に拳銃も差している。
どうやらこの二人が少女を制止できず遺跡に侵入を許した男達だろう。
「君たちが中に入って探してくれても良かったんだぞ」
これはイチの意地悪である。
二人はイチの帽子につけられた狼の紋章を見て顔を見合わせた。
「いじめんでください。私ら、山猫じゃ、どうしようもないのす」
パターソが居心地の悪そうな顔で言う。言葉に北部の訛りがあった。そういう彼の冒険装束は胸に山猫の紋章がつけられている。
「冗談だ。とは言っても、本来なら私も大烏に任せたいところだがな」
ここで言う猫だ烏だと言うのは、冒険者の等級であり駆け出しにはそもそも階級がつけられないが、ある程度の活躍が認められると山猫から始まり次が狼、最高級が大烏となる。
更には髑髏という階級もあるがこれはバルティゴ都市国家連邦の中でも十人しか授けられていない。
ラムジーとパターソはイチの帽子につけられた狼紋章のバッチを目にして彼女の階級を知ったのである。
この階級は、冒険者協会の指定支部で過去の実績などを元に査定される。半年に一度昇級申請が可能で、昇級する為にも冒険者はより高度な依頼を解決しなければならない。
昇級が認められると等級に応じたバッチが支給される。
イチは他の冒険者同様、大烏を目指していた。
「私ら、情けないす。イチさん、女性なのに、こんな変な塔に一人で行かせるなんて」
パターソは目を伏せて言った。どうやらイチの外見に心惹かれたのか、顔色が浮ついている。
「なに、変態が作った塔だ。男だって十分危険だ」
イチはそんなパターソの心情に微塵も気づかず馬からおりながら答える。
「もし私が変な事になってもあまり見ないでくれよ。悪いが馬の世話を頼む」
その言葉はイチの真剣な言葉だったが、パターソはあらぬ想像をしてしまい誤魔化す為に下を向いて黙ってしまった。
「ご武運を」
ラムジーのほうは年長者だけあって、単身挑むイチに向けて己の胸を2度叩く冒険者式の敬礼で彼女を見送った。
一拍遅れてパターソも敬礼を見せる。
「もし私が駄目でも、某支部で狼以上の人員を確保しているはずだ。まあ、せいぜい行ってくるよ」
イチは馬をパターソに任せ白い石才で作られた大きな門の前に立つと、その手の平を門扉に当てる。
するとイチの身体が淡い光に包まれて塔の中に飲み込まれていった。
彼女のエロトラップダンジョン攻略が今始まる。
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