クラスメイトのダウナー系女子がいつも無自覚に俺の事を誘惑してくる話

tama

第1話:ダウナーちゃんとバレンタイン

 とある冬の日の放課後。


「……はぁ」


 俺こと榊原健人は、学校からの帰り道で深いため息をつきながらトボトボと歩いて帰っていた。


「んー……どしたの、健人?」


 すると俺の隣を歩いていた友人の女の子が紙パックのジュースにストローを差しながらそんな事を尋ねてきた。


 彼女の名前は坂野綾という。俺と同じクラスに通っている高校二年生で、いつも気だるそうな感じにしている女の子だ。


「いや……女子からチョコが欲しかったなぁって思ってさ……」

「ふぅん……って、チョコくらいコンビニで売ってるじゃん? もしかして今すぐチョコが食べたいお腹になってるの?」


 俺はどんよりとした気分になりながらそう呟いていったんだけど、でも坂野は俺の呟いた言葉の意味がわからないといった感じで俺にそう尋ねてきた。


「いや、そういう事じゃないって……だってさ、今日ってバレンタインじゃん……」

「んー? って、あぁ、そういえば今日ってそんな日だったね。すっかり忘れてたよ。ごく、ごく……ぷはぁっ」


 坂野はそう言って、気だるそうな感じのまま紙パックのジュースに差したストローに口を付けながらゴクゴクと飲み始めていっていた。


「お、おいおい……何かめっちゃどうでも良いって雰囲気出し過ぎじゃないか? 女子にとってバレンタインって物凄く大事なイベントなんじゃないのか?」

「んー……?」


 そう、今日は二月十四日という事で、世間一般的にはバレンタインデーと呼ばれる日だった。


 俺としては、まぁクラスの誰かから友チョコとか義理チョコくらいは貰えるだろうと淡い期待はしていたんだけど……でも実際にはチョコなんて一つも貰えずに今日が終わってしまいそうになっていた。


「んー、いやまぁ正直に言ったら別にどうでも良くない? バレンタインデーとか関係無くチョコを食べたい時に買ってきて食べた方が絶対に幸せでしょ?」

「ま、まぁ、坂野の言う事にも一理あるけど……でも手作りのチョコを渡すと相手はめっちゃ喜ぶだろうし、そういうの手作りの物を渡しても大丈夫だよって言われてる日って物凄く貴重じゃん?」

「あー、なるほど、健人の言う事にも一理あるね。確かに手作りチョコってのは思いが籠っていて素敵な事だよね。うん、それは確かに健人の言う通りだよ」


 俺がバレインタインの素晴らしさを説明していくと、坂野も納得をしてくれたようだ。やっぱり手作りのチョコって素晴らしいもんだよな。


「あぁ、良かった、やっぱり坂野もそう思うよな? あ、ちなみにだけどさ、坂野は今までに手作りチョコとか作ったりした事はあるのか?」

「え? いや流石に手作りチョコとかメンドクサ過ぎて私は作った事は一度もないよー。というか私が作るよりも市販のチョコの方が美味しいしね……って、あ、そうだ! 明日になったら色々な所でチョコの安売りが始まりそうだよね? よし、そしたら明日は沢山チョコを買ってこようかなー!」

「お、おいおい、それってつまり……」

「うん、もちろん私の深夜のオヤツ用だよ、ふふふ」


 坂野はジュースを飲みながらそんな事を楽しそうに話してきた。まぁ何とも坂野らしい発言だなと俺は思った。


「……はは、今から安売りになるチョコを楽しみにしてるなんて、何というか坂野って女子なのに思いっきりさっぱりとした性格してるよなー」

「んー? いや今時はこんな感じの女子も多いでしょ? それに今時女子だからチョコを作るとか、男子だからチョコを貰うとかいう考え方の方がダサくない? ほら、今は多様性の時代なんだからさー」

「え? あ、あぁ、まぁ確かにそう言われてみればそうかもなぁ……」


 そういえば最近は女性から男性にチョコを渡すのではなく、男性から女性へチョコを渡すという文化も出来始めてきているという記事をネットで見た気もする。


 そう考えてみると確かに坂野の言う通り俺の考え方は古いのかもしれない。まぁでもさ……。


「……いや、もちろん坂野の言う事は物凄く正しいとは思うんだけどさ、でもやっぱり女の子からのチョコが欲しいよ。だってバレンタインデーに女の子から貰えるチョコって何だか特別な感じがするじゃん!」


 もちろん頭の中では坂野の言葉の意味は理解出来るんだけど……でもやっぱりそうは言っても女の子からのチョコは欲しいって。義理でも友チョコでも何でも良いからバレンタインにチョコが欲しいって思うのは思春期男子のサガというものだ。


「んー、まぁ健人の言う気持ちもわかるっちゃあわかるけど、でもそんな事を言われても私はバレンタインの事なんてすっかり忘れてたからチョコなんて用意してないし……って、あっ、そうだ」

「え? そうだって……どうかしたか坂野?」

「うん、今ちょうど良い案を思いついたよ。健人がそんなにもチョコが欲しいっていうんならさ……それじゃあ、はい、これ」

「……え?」


 すると突然、坂野は紙パックのジュースに差していたストローから口を離して、その紙パックのジュースを俺の方に手渡そうとしてきた。


「……え? えっと、どういうこと?」


 でも俺はその行動の意味が全然理解できず、キョトンとした顔をしながら坂野にそう尋ねていった。


「いや、これココアだからチョコみたいなもんでしょ? だから、はいこれ。ハッピーバレンタイン」

「え……って、えぇっ!?」


 どうやら坂野が飲んでいた紙パックのジュースの中身はココアだったらしく、それをバレインタインチョコの代わりとして俺にくれるようだ。


 い、いや、そりゃあ市販製品のココアでも女の子から貰えるのなら滅茶苦茶に嬉しいよ……嬉しいんだけどさ……で、でもさ……。


「い、いやちょっと待ってくれよ! こ、これってお前の飲みかけじゃん!?」


 そう。その紙パックのココアはついさっきまで坂野がゴクゴクと美味しそうに飲んでいたココアなんだ。つまりそのストローはついさっきまで坂野が口を付けていたというわけで……。


「んー、いやだって今から新品のココアを健人のために買ってくるなんてメンドクサイじゃん……あ、もしかして私の飲みかけだから嫌ってこと? まぁ、そういう事を言うんならあげないけど」

「え……えっ!? い、いやそんなの嫌なわけないじゃん! で、でもこれって、坂野と間接キスになっちゃうというかその……」

「うん? いや健人っていつもサッカー部の練習中に部員同士で飲み物を回し飲みしたりしてるじゃん? それなのに私との間接キスは嫌なの?」


 俺が間接キスだと言いながら動揺していると、坂野は特にいつもと変わらない態度のまま俺にそんな事を尋ねてきた。


「え……い、いやそれは確かにそうなんだけど……でもそれは男同士だから回し飲みをしても大丈夫というか……相手が女子だとそれはちょっと違うというかその……」

「んー、いや私には健人の言ってる言葉の意味が全然わからないんだけど、結局ココアは要るの? 要らないの? 要らないんだったらもう私が全部飲んじゃうけど?」

「えっ……あっ! い、いやっ! ほ、欲しいっす! ください! お願いします!!」


 坂野は俺に手渡そうとしてくれていたココアを引き上げようとしてきたので、俺は慌てて欲しいと全力で懇願していった。


「ん、そっか。それじゃあ、はい、これ。ハッピーバレンタインー」

「あ、ありがとう……そ、それじゃあ、その……い、いただきます……ゴク……ゴク……」


 俺は坂野から受け取ったココアを緊張しながらもストローに口を付けて早速飲んでいった。


「どう? バレンタインに飲むココアは美味しい?」

「え? あ……えっと、その……お、美味しいです……あ、あはは……」

「そっかそっか、それなら良かったよー」


 唐突に坂野は俺の事をジっと見つめながらそんな事を言ってきたので、俺は笑いながらそう返事を返していった。


(い、いや味なんてわからないって!!)


 だって俺にとってこれが生まれて初めて女の子との間接キスなんだよ! いやもう緊張しすぎで味なんて全然わかんねぇよ!!

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