第12話 スター、日常、元カノ①
桜も見ごろを迎え、錠も大学四年生になった。
履修科目の登録のため、錠は久々にキャンパスに入った。すれ違うたび、学生たちが振り返る。
錠からすると、そのあたりはもう近所で慣れていた。
そんななか、最初に声をかけてきたのは前田だった。
「おう錠、一人でよく歩けたな」
「大袈裟だっつうの」
「変装用のグラサンやキャップは学校には被ってこないんだ?」
「逆に不自然だろ。カバンには入れてるけどな」
そのうち当たり前のように竹内、大木とも顔を合わせた。
「それにしても錠、すごい科目の数だな。四年とは思えないな」
四年次に履修しなければならない科目は、前田は三つ、他の二人は卒業に必要な単位はすでに取得ずみで、今年受ける授業は任意で取った二科目だけだ。
「大丈夫か、錠。お前の取る講義、俺たちほとんどいないぞ。試験とかレポートは前田のネットワークで情報集めてもらえよ」
竹内が他人事ではない感じで心を配る。
「おお、まかせとけ」
前田は、ここぞとばかりに乗ってきた。
これまでも三人の集めた情報は利用させてもらっている。むしろ、それ抜きでは錠の学生生活は成り立たなかった。今回も当然のように当てにしてはいるが、今はその話は面倒に感じ、必要なときに頼めばいいと思った。
「聞いてんのか、錠」
「ああ。まあそんなに慌てんなよ」
錠は竹内の言葉に、心配性だなとばかりに小さく笑った。
「お前、自分がどういう状況かわかってるのか」
大木が冷静に言葉を挟む。
「そうだよ、就職活動中の学生でさ、こんなに単位残してるってやばいぞ」
錠は『就職』の響きに陳腐さを覚えながら言葉を返した。
「結果的には取る単位数はおんなじだろ。卒業までにはさ」
「んん? まあ……なあ」
竹内は苦笑し、大木は無言で目を伏せた。
「何言ってんだ、錠。俺でさえ単位落とすことあるのに、お前なんてまた落とすに決まってるわい」
前田は黙っていられない。大声で錠にツッコミを入れ、そしてそのあとで横を指差した。
「でもまあ、こっちの二人はさすがだけどな」
竹内、大木は単位を落としたことがない。
「でも俺と大木じゃ、内容が違いすぎるよ」
竹内が謙遜するでもなく言った。大木は取得した単位すべてが最高評価だ。
大木が時計を見た。
「悪い、そろそろ行かないと」
「そうか、用事あったんだっけな」
大木は持ち上げられても表情一つ変えずに、その場を離れていった。
三人になっても前田のテンションは変わらなかった。
「まあ、大木はうちの学部じゃダントツで首席だろうからな。錠は爪の垢でももらって帰れ」
前田が、うろ覚えのことわざを持ち出した。竹内がそれに乗っかる。
「それを言うなら、煎じて飲めだろう。錠はもらって帰ったってしょうがないさ。飲む以前に煎じもしないだろ」
「そうなの? 煎じるぐらいはしろよ。せめてさ」
「いやいや、煎じたらさすがの錠も飲むだろ」
前田のボケに竹内は必ず応じた。かたや、錠はたいがい鼻で笑っている。
「ふん。まあ、あいつぐらいやりゃあ誰だってできるよ。どうせまた帰って勉強するんだろ」
「やるのが大変なんだよ」
「そうそう、まずは煎じるのが大変なんだって」
二人の掛けあいに錠はついていかなかった。竹内らもそのうち錠そっちのけで話しはじめた。
「大木、何の用だって?」
「なんか下宿先の関係らしい」
大木は入学当初、群馬の実家から通学していたが、一年生の冬からは都内の親戚の家に下宿している。
「初めは通学に三時間かかってるって聞いて驚いたけど、やっぱ勉強の時間を確保したいから下宿にしたんだろうな」
「いや、あいつ胸よくないだろ。だからじゃない?」
大木は幼いころから気管支を患っていた。今は落ち着いているようだが、注意は必要らしい。竹内や錠は普段から煙草は吸わないが、喫煙者の前田も大木の前では気を使っている。
「そうか。長時間の電車とか、やっぱよくないもんな」
ここで、錠が割り込んだ。
「いや、それよりも勉強だろ。あいつは」
そうに決まってる。錠はさらに心の中で言い切った。
うちの学校の成績など何の役に立つ、錠はそう思っていた。そもそも、そんなに優秀ならもっといい大学に入れているはずだ、そうも思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます