第2羽

 この世界はいつだって理不尽にあふれている。


「だからさぁ、どうしてミクト工房にお願いしなかったのさぁ。急ぎのチラシなんだから絶対にミクト工房でしょ。アイーレ商会じゃ間に合わないってぇ」


「アイーレ商会に送った依頼書の承認印は社長に押してもら……」


「どうするのさぁ。明後日がイベント当日なのにまだチラシを配ってないどころかチラシが届いてすらいないってどうするのさー!」


「……」


「そうですよねー、ミクト工房の方が早いし確実ですもんねー。パトリシアさんもウチで働き始めて三か月経つんだからそのくらいわかるでしょー。わからないなら私に聞いてよー」


「ミクト工房にしようと思いますと報告したら先輩が……」


「これだからプライドが高い人っていやーねーーー!」


「…………」


 席にふんぞり返り、カレンダーをトントン、トントンと指で叩いてプレッシャーをかけまくってくるクソ社長と。

 全責任をヒトに押し付けた挙句、出来が悪くて性格も悪い後輩に仕立て上げて〝あーやだやだ!〟と大仰にため息をついてみせるお局様――じゃなかった、クソ先輩と。

 クソな二人を前に私は引きつった笑みを浮かべて口をつぐんだ。


 依頼書の承認印をもらうときにミクト工房ではなくアイーレ商会に依頼しようとしていることも強調して伝えてあるし、依頼した物がいつ届くかも伝えてある。イベントの開催日は何日なのか、イベントの何日前までに届いていればいいのかも散々に確認した。

 でも――。


「いちいち下っ端がそんなこと気にしなくていいのぉ。ナイマン男爵からの依頼なんだからちゃっちゃとやっちゃってよぉ」


 と、全然答えてくれなかった。最後の悪あがきでいつ届くかを口頭と紙で報告しておいたけどコレだ。


 ていうか、そもそも私はミクト工房に依頼しようと思っていたのだ。

 それなのに――。


「ミクト工房? 安いアイーレ商会に依頼するに決まってるじゃなーい。うちの会社がカツカツなの、知らないのー? いちいち私に言われなくてもそれくらい察してよねー」


 と、お局様――じゃなかった、先ぱ……いいや、クソお局様に言われたのだ。


 アイーレ商会は安いけど仕事は遅いし、何より雑。この日までに届けて欲しいと伝えても、わかったと返事はするくせに絶対にその日までに届かない。一週間くらいの遅れは見込んでおかないといけない。

 ナイマン男爵の支払いだから資金面の不安はない。安さよりも安心丁寧のミクト工房の方が絶対にいいと何度も言ったのだけれど鼻で笑われた挙句、問題が発生した途端に濡れ衣をおっ被せられるのだ。

 前世でしがない会社員だったからこの手の理不尽が世界にあふれていることはわかっている。

 でも、それはさておき――。


「……やってられるか」


 闇落ちするかしないかは別の話。

 乙女ゲーのメインヒロインに転生しようが元聖女のタマゴに転生しようが前世はしがない会社員。闇落ちするし、舌打ちするし、クソ社長とクソお局様の顔面に退職願ではなく退職届を叩きつけて今日にもこんなクソ会社とおさらばしてやろうと心に誓ったりする。

 でも、今すぐ、この場で、そんなことをしたりはしない。


 だって私の肩には――。


「……ぴ?」


 かわいいかわいいぴーちゃんが乗っているのだから。

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