第46話 帰還石の発動を止める

 「これは……。これは、使ってはいけないアイテムです……!」


 帰還石を発動させようとしているもりもりさんに、私は懸命に手を伸ばした。


 驚くように、目を大きく開きながら私を見る。


 ダンジョンシミュレーターで体験したことの記憶はない。けれど、これを使ってしまったら取り返しのつかないことになることだけは、はっきりとわかっていた。


「春菜さんが何と言おうが、私はこれを使います。あなたを地上に返さなければ」


 もりもりさんの決意は固いようだった。帰還石を握り、頭上に掲げた。石からは青い光があふれ、洞窟中を明るく照らす。

 不可能だ。彼女の行動を止めることはできない。

 私は間に合わない。


 手が届く距離に帰還石はない。もりもりさんの発動を私が止めるすべはない。

 それは絶対に不可能なことだった。


 覚醒レベルが3になったからこそわかる。

 もりもりさんの行動を止める方法はない。

 どうやっても、できないことだ。


 しかし、それは私の直接の行動では不可能ということだ。


 私はとっさに叫んでいた。


「駄目なんです! お姉さん!」


 私の言葉に、もりもりさんの動きが止まった。私は彼女に飛びかかり、2人いっしょに地面に倒れる。2個の帰還石はもりもりさんの手から離れ、地面を転がっていった。


「あ……」


 もりもりさんは小さく声を漏らす。


 一瞬、洞窟中がまばゆく光った。

 目もくらむような眩しさが視界を塞ぎ、次の瞬間、私たちは……。


 なぜ、お姉さんなんて言ってしまったのだろう?

 けれど、私の言葉でもりもりさんの動きは止まった。


 地上へ帰ることを決めていた、強く決意していた行動を止めることのできる唯一の言葉だった。


 もりもりさんは何があっても帰還石を使うつもりでいた。絶対に私を地上に返す、それがもりもりさんの強い決意だった。


 記憶はないけれど、ダンジョンシミュレーターでの体験は私の体に残っている。その体験を元にして、現実世界を攻略する。それがダンジョンシミュレーターの能力。


 未来を先に体験する。記憶は残らないがそこでの体験が魂に刻まれる。

 

「春菜さああああんんんん……」


 もりもりさんは目を吊り上げるようにして私を睨む。

 本気で怒っているようだが、もともと可愛らしい顔立ちをしているものだから、怒りが伝わってこない。


「すいませええええんん;;;;」


 ヴァンパイアの首、そして右脚がこの場から消えていた。おそらく地上に転送されてしまったのだ。


 モンスターの層間移動ができない制約はダンジョン内部のみで適用される。ヴァンパイアの首と脚はダンジョン管理協会が研究材料にするのだろう。


 私たちは218階層に残っていた。


 これが本当に正しかったのか。

 もりもりさんの言う通り、生きて帰ってこそ、命あってこそだったのではないか。


 再び獲得することは期待できないであろう帰還石。


 後悔ばかりが頭に残るが、もりもりさんの意外な言葉が私を救った。


「朗報ですよ。春菜さん」


 私は顔を上げ、もりもりさんを見た。

 もりもりさんは自分のダンジョンデバイスをこちらへ向けた。


「マッピングアプリVer.2.0が公開されました。そして、今、私たちが地上に送ったエンシェント・ヴァンパイアの死体。これらを解析し、至急、次のバージョンの開発に動くそうです」


「えっと……。あの……。ごめんなさい……」


 私は帰還石を無駄にしてしまったことを謝罪した。


「仕方ないです。私も春菜さんが止めることをどこかで予感していました。それなのに、強引にアイテムを発動させようとしたんです。もっと慎重に行動するべきでした」


「そんな……。もりもりさんは何も悪くありません……」


「そうでもないんです。春菜さんが着ているその装備。私はよく知っているんです」


 私は目を見開いて驚く。


「どういうことですか!?」


 私は驚くが、もりもりさんは冷静にかがみ込んで鎧の残骸を拾っていた。

 ヴァンパイアに壊されてしまった残骸だ。

 もりもりさんは、私の質問には応えてくれない。


「肩当てと首周りが破損してしまいましたね。それと盾も」


 もりもりさんは斬られてしまった盾の上部も拾い上げた。


「地上に帰れば修理ができますよ」


「地上に帰らないと無理なのですね」


「そうですね、とりあえずこれらはダンジョンデバイスのアイテムとして格納しておいてください。地上に戻ったら修理に出しましょう」


 もりもりさんから渡され、私はそれをデバイスに格納した。


「仕方ないので、もう少し春菜さんといっしょに戦いましょうか」


「本当にすいません」


 私は深く頭を下げる。


「いえいえ、ここまでやって来たのは私の意思です。何が何でも、春菜さんを助け出しますから、大丈夫ですよ。安心してください」


 もりもりさんは優しい笑みを私に向ける。

 お兄ちゃんとの関係やここまで助けに来てくれた理由を聞いても教えてくれないだろう。


 きっとそれを教えてくれるのは地上に帰ったときだ。だから、私がやることは地上に戻る、それだけだ。


「じゃあ、頼りにしてます。もりもりさん」


 もりもりさんは慈愛に満ちた顔で微笑んでくれる。ヴァンパイアに肩を撃ち抜かれているにも関わらず、そんなことは微塵も感じさせない。


 頼りになる年上の女性。

 他人のような気がしない、そんなもりもりさんと、私は219階層への階段を探す。


 まだまだ、配信は続きます。


 絶対にダンジョンを脱出してお兄ちゃんに装備を返さなくてはなりません。(少し壊れちゃったけど)


 それと、お兄ちゃんの結婚を見届けなければ。

 私が帰らないと、きっとお兄ちゃんは結婚ができない。


 だから、絶対に帰らなければならない。

 もりもりさんと二人、無事にお兄ちゃんのところへ帰る。


 そして、紹介するのだ。「この人が私を助けに来てくれたんだよ」、と。

でも、もりもりさんは綺麗だからな。目移りしないかはちょっと心配だ。


 結婚式のあとに紹介することにしよう。

 万が一、結婚式に招待なんてしてしまったら、きっと悲劇が起きる。

 花嫁さんを横にして、もりもりさんに目移りするお兄ちゃんなんて見たくはない。

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