第28話 自爆

 私は左手を開きながら自分の前に突き出す。


「ステータス・オープン!」


――出た! ステータスオープン!

――異世界小説のお約束!


 イヤホンの向こう側では視聴者たちが囃し立てている。


 私は、さも目の前にウィンドウが開かれているかのように振る舞う。

 あるはずもないウィンドウの内容を読んでいく。


「あなたの能力は手に取るように分かる。レベルは……。そして弱点は……。なるほど……。ふむ……」


 すべてのリビングデッドは動きを止めていた。

 明らかに私を警戒していた。


 私が発した言葉。

 ステータス・オープン


 当然ながら、何も起こらない。なんの効果もない。

 しかし、リビングデッドは動かなかった。


 視聴者があらかじめリビングデッドに伝えた偽情報。


 私の偽の能力。

 私の偽の弱点。

 そして、苦労して視聴者が手に入れた奴の情報。


「レベルは……152……。そして、あなたの弱点。討伐方法。私にはすべてが見えている」


 ぼそりと呟く。

 私は存在しない空中のウィンドウ上で視線を動かす。まるで操作をしているかのように指を動かす。

 架空のウィンドウの情報を読んでいく。


 私にはこんな能力があるのだと信じ込ませる。


 リビングデッドは驚愕の声を出した。


「な……!? なぜ、それを……!?。」


 私は余裕のある態度をとる。


「油断させて確実に勝つ作戦だったのだけどね」


 リビングデッドは悔しそうに声を出した。


「このデバイスに囚われた虜囚ども。こやつらの言葉など半信半疑だったのだが、どうやら本当だったようじゃの」


 少しずつ、リビングデッドの声に動揺が乗り始めた。

 あとは私の話術と視聴者による洗脳の結果がどうでるか。


「お主の正体が魔●であれば、ワレに勝ち目などない」

(※自主規制のため伏せ字となっております)


 私は、『ふっ』と息を吐いて気取ってみる。


「彼らが、余計なことをペラペラと喋ったみたいね」


「ふはは、まだ本当の力を見せないのか。だがな、本当にそれでワレに勝てるのか? ワレらのこの数、無限にいるこやつらを相手にできるのか? お主の力を見せてもらおうか」


 リビングデッドは私にデバイスの画面を向けてくる。少し前に、アイテムを作り、実体化をさせたようだ。その履歴のデータが表示されていた。


「はははは! しもべ共には魔核を植え付けさせてもらった。これで、しもべ共の能力は強化された!」


 視聴者たちはデバイスの囚われから逃れるために私を裏切り、そしてリビングデッドに協力をすることにした、……ということになっている。


 私に勝つためには、しもべの能力を高める必要があると伝えていた。


 その方法としてデバイスのアイテムを実体化し、それを核とすることでしもべを強化できる、そういう情報を与えた。


 リビングデッドは実体化したアイテムをすべてのしもべたちの心臓部に配置した。


 奴は魔核だと信じている。


 でもそれ、爆発玉だけどね。

 フレイムドラゴン戦で岩を破壊するために使ったやつだ。


「いけ、しもべ共よ」


 中央のリビングデッドの司令で、残りが一斉に私に向かってくる。


「じゃあ、私も。こちらの力の一端を見せるわね」


 剣を頭上に掲げ、ゆっくりと床に向ける。


「いでよ、我が眷属。無限ケルベロスよ」


 床に魔法陣を描くように、剣先を複雑に動かす。

 ケルベロスが出現したかのように、私は自分の視線を少し持ち上げる。


 リビングデッドはきょろきょろとあたりを見回した。


 部屋には無数のケルベロスが出現していた。

 もちろん、私の妄想の中でだけど。


 余裕のある口調で、私は告げる。


「あなたには見えないわよ。私のケルベロスは」


 リビングデッドは動揺する。


「ふ、不可視の眷属だと!? み、見えん!」


 中央のリビングデッドはきょろきょろとあたりを見回し、私を襲おうとしていた他のリビングデッドたちも動きを止める。


「あなたのしもべたちの弱点はわかっている。それはコピー個体に対する同時攻撃。私の眷属ケルベロスが、あなたのしもべを同時に攻撃すればいいだけ」


「そ、そんなことができるはずが……。できるはずがなかろう……」


「あなたのしもべのオリジナルは7体のみ。そして他はすべてコピー体で物理攻撃が通用する。それぞれを同時攻撃すればいい。あなたの弱点はすべてお見通しなの」


「お主のステータス・オープンはそこまで見抜けるというのか……。しかし、どの個体がどのコピーなのか、そこまでは、見極められるはずもなかろう……」


 私は「ふ」と鼻から息を出し、余裕そうに振る舞う。


「簡単なこと」


 私は神王の長剣でリビングデッドの1体に斬りつけた。


 バシュ!

 破裂音とともに、何体ものリビングデッドが同時に姿を消した。


 リビングデッドの鎧の中で爆発玉が炸裂したのだ。

 同じリビングデッドのコピー体。タイミングを合わせてダメージを与えることで、ダメージの共鳴反応が起こる。


 私はそのうちの1対に斬りつけただけだった。


「ほら、私の眷属であるケルベロスがあなたのコピー体を同時攻撃した」


 実は同じコピー体の爆発玉が破裂するように、視聴者が設定しておいてくれていた。


「なに!?」


「次はこいつ!」

 

 バシュ!

 リビングデッドの鎧の中で爆発玉が炸裂して、2番目のグループが消える。


「どうやって見極めておるのだ!?」


 視聴者たちがAIによる解析をしてくれており、すべてのリビングデッドはラベリング済みだった。


 私は3番目、4番目のリビングデッドを攻撃する。

 視聴者がそれに合わせて、グループごとに爆発玉を破裂させていく。

 次々と消えていくリビングデッド。


 私は7体すべてに斬りつけていた。

 それほど時間がかからずに、数百はいたリビングデッドは1体だけを残してすべてが消えた。


 あとは中央の司令塔、この1体のリビングデッドを残すだけだ。

 こいつが強敵なのだ。


「は、はははははは……」


 リビングデッドは乾いた笑い声を上げる。


「本当だったとはな、LV200も。そしてお主の正体も……」


「ふ……」


 偽情報の一つとして、私のレベルは200ということにしてある。

 なんだか、本当に自分が強い気がしてきた。

 もしかして、私、覚醒するんじゃない?


 そう思いながら、私は手のひらで自分の右眼を覆う。


「最後に私の右眼。ここに宿る魔●。これを目覚めさせてしまえば、あなたを倒すなんて造作もないこと。つまり、邪眼を持つ私にとって、あなたは敵ですらなかったということね。お前は、その程度の小物でしかないのよ」


「ふは、ふはははははは……」


 リビングデッドは笑うが、どこか負け惜しみのような声だ。


「じゃあ、右眼を解放させてもらおうかしらね」


 そう言って、右眼を覆う手を少しだけ顔から離す。


 うずいてうずいて、仕方がない。

 ほら、私の邪眼がうずいているぞ。

 今すぐ解放させろと言っている。


 どうするんだ?

 さあ。

 解放しちゃうぞ? いいのか? いいんだな?


 ついに、リビングデッドは最後の手段に出た。


「魔●であるお主には、最初からワレに勝ち目はなかったのだな。なら、こうするだけよ!!」


 私のダンジョンデバイスに指を伸ばし、そこにあるボタンを押した。


「では、みせてやろう! 最終手段!! 唯一ワレに残された道! きさまも道連れよ。ワレがなぜこの部屋の扉を消したのか。そしてこの部屋を密室にしたのか。すべてはワレの計画通り。ワレの策略。ワレの策謀。ワレの知略!! ワレの思惑に、お主ははまっておっただのよ!!」


 空中に無数の瓶が現れる。

 とんでもない数だった。


 次々と割れていき、水が溢れ出す。そして数が減るどころか、割れるそばから新しい瓶が現れていき、この部屋はどんどん水で満たされていく。


「これだ。このデバイス。この中にはすでに大量の聖水を用意していたのだよ」


 リビングデッドが実体化したアイテム。聖水。

 今、私たちの部屋に滝のように流れ込んできている。


「このデバイスをワレの手によこしたのが失敗であったな」


 勢いよく水かさがあがる。

 すでに聖水は私の腰の高さまで水面が上昇し、その勢いは止まらない。


「200,000個の聖水でこの部屋を満たす。お前もワレも、聖水の海に沈もうではないか。道連れだ。魔●よ。聖水の中でワレとともに、死を迎えるのだ」


 そう言いながら、リビングデッドの鎧の表面が溶け、内部の死霊が見え始めてきた。

 リビングデッドの声はだんだんと苦しいものになっていく。


「ふははははは。自爆だよ。お前を道連れにしてな! ワレのような小物などはいくらでもいる。いくらでもこのダンジョンから産み出される。だがな、ワレのような小物であっても、お主のような強者に一矢報いるともなれば、滅して悔いはない。ふはははははは!!」


 視聴者が伝えた情報。

 私の偽りの弱点。

 この部屋を密室にし、聖水を満たすことで巻き添えにするという作戦。


「ふははは……。恐ろしいであろう。お主は永遠の死を迎えるのだ。魔のものは聖水により滅する。それがダンジョンの摂理! 何者も逆らうことはできぬのだ!!」


 水面が首の高さまであがってきた。

 私の神王装備は見た目は重厚な鎧だが、実際のところは軽量だ。


 今はなんとかつま先立ちで水面の上に顔を出して呼吸している。

 ちょっと、体勢が苦しい。でも、このくらいなら、なんともない。


「ふは……ふははは……ははは……。どうだ。ワレのような小物に倒される気持ちは。まさか、自爆する手段など、選ぶとは思うまいて。これこそがワレの策略である! くやしがれ、悔しがるのだ! 魔●よ!! ワレは魔●を倒すのだ!! ワレの名がのちの世まで語り継がれるであろう!!」


 リビングデッドの鎧は完全に溶け、本体である死霊もかなりの部分が溶けていた。

 聖水は天井に届くほどに満たされ、私はなんとかバタ足で浮上していた。

 

 もうほとんど、死霊の本体である黒い姿が掻き消えようとしている。

 リビングデッドは残るわずかな部分で、かろうじて声を出す。


「な、なぜお主は平気な顔を……」


 そりゃあ、私だって楽じゃないよ。バタ足大変だもの。平気そうな顔を作っているだけだ。


 悔しそうな声を残し、溶けていくリビングデッド。わずかに黒いもやが残る。


 本体である死霊が完全に消える間際、最後の言葉が残された。


「お、おぬし……。

魔●……なんだ

……よ……な……?

…………

……」




 ……。

 ……。

 ……。




 違います。


 女子中学生です。

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