閑話 帰路
「宮廷魔術師っつったら羨望の的、子どものヒーローだろうが。つまり、宮廷魔術師に就任したからには、相応な振る舞いが必要なわけよ。そこはほら、俺様は天才だから何の苦にもなりやしないが、エルナトでの公務の際にさぁ。ルダンのやつ、俺との打ち合わせでずっと笑いを堪えてやがんの。この完璧に宮廷魔術師然とした俺様を前にして? 何を笑うことがあんのかって」
「宮廷魔術師然とした、ってなんだ」
「それはアレだよ。優雅で気品溢れる感じだ」
「……それは俺でも笑うと思う」
「腑に落ちねぇなー。あぁ、腑に落ちないといえば、この前――」
ようやく復活したヨシュア、レダと共に廃村シジエノに向かう道中。
普段より速度を落としたヨシュアの背に揺られながら、リリエリは黙々とレダの話を聞いていた。いや、聞かされていた、が正確な表現かもしれない。
この男、移動の間ずっと喋り続けているのである。
レダの益体もない話に対し、ヨシュアが一言二言返事を返す。それを数倍に膨らませてレダがまた話始める。これを延々と繰り返している。
始めはリリエリも会話に加わっていた。出発から十数分経った今では、何も言わずに二人の会話を聞く側にまわっている。
出会って間もないレダとの会話が気まずいというのもあったし、純粋にレダのお喋りに付き合うのが疲れたのも本音だ。
レダは喋ること自体を目的としているのか、ともすれば素っ気ないともとれるヨシュアの返事にもめげることはなかった。リリエリが聞いているかどうかも、彼にはあまり関係ないのだろう。
……この男、なんでこんなによく喋るのだろうか。
リリエリは一周回って尊敬の念すら抱いていた。だからといって、会話に参加したいとは全く思わないのだが。
リリエリの冒険者人生の中でも、一二に入るかというほどに賑やかな帰路であった。
ヨシュアと二人きりで過ごす壁外では得られなかった空間だ。リリエリはお喋りな方ではないし、ヨシュアに至ってはそもそも自発的に言葉を発することが珍しい。
壁外は人類にとっての危険に満ちている。本来は会話が好まれるような場所ではない、わけだが。
流れる水のように話し続けるレダに、それでも不思議と悪い気持ちを抱かないのは、結局はリリエリもこの現状が好ましいからなのだろう。
日没後の暗い森を照らす魔法の光も、喋り続ける素行の悪い宮廷魔術師も、つれない返事をしつつも彼の話をきちんと聞いている仲間の背中も。
ほんの数ヶ月前までは、夢に見ることすらなかったような光景なのだから。
「……さっきから静かだが、リリエリは寝ているのだろうか」
「寝てるんじゃねーの? この俺様がいるんだ、安心するのも無理はないさ」
「珍しいな。今日は色々あったから、疲れているのかもしれない」
などとリリエリが感慨に耽っていると、いつの間にか会話の内容がリリエリの話題に移っていた。
流石に壁外で寝るほど気を抜いてはいないが、起きていると応えるタイミングを逃してしまったし、起きてるなら俺様の会話に付き合えなどとレダに突っ込まれるのも面倒だ。それに、自分以外と会話をするヨシュアの姿はとても珍しい。
ならこのまま寝ているということでいいか、とリリエリは返事をしなかった。
「色々、ねぇ。……そういえば、謝っておかないといけないことがあるんだ」
「謝られる心当たりが、いくつかあるが」
「俺様にはあんまりないから、全部は謝れないかもな。……大蜘蛛のスタンピードは、俺のせいだよ」
「そうか」
「俺がここに来なければ、ヨシュアがああなることはなかった」
「どうせいつかは同じことが起きていた。だったら、レダがいるときに起きていた方が良い」
「そうかもな。でも、悪かったよ。本意じゃなかった」
会話が止んだ。シジエノに向けて歩き出してからもう数十分は経っているが、レダの言葉が途切れたのは初めてのことであった。
ざくざくと二人分の歩行音が聞こえる。ざわざわと木々の擦れる音が、まるでたった今思い出したかのように耳に届き出す。
魔法の光が届かない森の奥、ほんの少し離れたところに魔物の気配があった。それにリリエリが気づいたと同時、後ろを歩くレダが近くの木の根を乱暴に蹴りつけた。
夜闇の向こうで重い木箱が崩れるような音がする。続いて獣の呻き声が聞こえ、それきり。後には暗く静かな森があるばかりだ。
レダは二、三歩駆けてヨシュアに追いついて、そのまま何事もなかったかのように歩き続けている。リリエリが気づいていないだけで、似たようなことは既に幾度か起きていたのかもしれない。
「レダが俺に会いに来たのは、俺を殺すためだと思った」
唐突にヨシュアが言った。落ち着いた口調であったのに、リリエリの心臓は冷や水を浴びせられたかのように大きく跳ねた。
レダはリリエリを試す行為の中で、ヨシュアを殺しに来たんだと発言した。リリエリはそのことをヨシュアには一切伝えなかったし、そもそもアレはリリエリに発破をかけるための虚言だと思っていた。
……では、どうしてヨシュアがそのことを知っている?
ほんの数分前まではすこぶるどうでもいい話ばかりをしていたはずなのに、なんて酷い温度差だろうか。
リリエリはバクバクと鳴る心臓を必死に落ち着かせながら、半ば意地のように寝たふりを続けた。ここで起き出せる胆力を、リリエリは持ち合わせていなかった。
「あぁ、約束したもんな。でも、邪龍を殺す方法は、まだ見つかってない。……俺もステラも、頑張って探してはいるけれど」
「ありがとう。……もう少し生きていられることが嬉しい、と言ったら怒るだろうか」
「まさか。ステラも喜ぶだろうよ。それから、そこの小さい冒険者も」
「……うん」
再び会話が途切れた。
リリエリの心臓は未だに大きく鳴っている。ヨシュアにはもう、起きていることがバレているかもしれない。
ふとヨシュアが身を屈めた。地面に落ちていた光るものを拾い上げるためだった。……行きがけに設置した、行程石だ。シジエノはもう、目と鼻の先にある。
約束、と二人は言った。
リリエリは二人の過去を知らない。でも推測は容易だった。邪龍を殺す約束、つまり、ヨシュアを殺すという約束を、二人は過去に交わしていたのだろう。
今の関係にはいつか終わりが来る、とレダは言った。
ヨシュアはそれを、きっとずっと前から受け入れている。……リリエリはまだ、受け入れられていない。
ただ、先程のヨシュアの言葉を。もう少し生きていられることが嬉しいという言葉を、リリエリは大事に大事に抱え込んだ。
少なくとも、今のヨシュアは生きることを肯定している。それだけは見失うわけにはいかない。たとえいつか、抗いようのない終わりがやってくるのだとしても。
「じゃあ、どうしてレダはここにいるんだ」
「それはアレよ、ヨシュアが知らない冒険者と組んでるって聞いたから、ちょーっとソイツの顔を確認しに来ただけ。コミュニケーションってやつだな」
「……俺の想像以上に、リリエリに迷惑をかけていたみたいだな」
「このレダ様が太鼓判を押してやろう。そこのリリエリは大変図太い。だからまぁ、ちょっと表皮が鱗になるくらいなら、受け入れてくれるんじゃねぇかな」
「その受け入れられ方は……喜んで良いのか?」
「さぁ? そういや鱗っつったらさぁ、ミトゥヤクの――」
そのまま、会話はレダの雑談に変わっていく。西方で流通している蛇の鱗がやたらと値上がりしているなんて話を聞き流しながら、リリエリはどのタイミングで起き出すべきかを思案していた。
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