閑話 レダという男①
25話と26話の間のお話です。
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「ヨシュアさん、起きないですね」
「胸部グッサリ突き刺してたもんなぁ。もっと穏便な死に方もあっただろうによ」
"邪龍憑き"に関する会話が一区切りした後も、リリエリはレダと共に土室に留まっていた。というのも、ヨシュアが一向に目覚めないためであった。
傷口は既に塞がっているとはいえ、あれ程の怪我を負った後である。無理に起こすのはとても気が引けたし、これに関してはレダも同じ気持ちらしい。
そういうわけで、リリエリはレダと二人、そこそこ気まずい空間を共有していた。
レダはだいぶ性格悪めの傍若無人ナルシストであるが(リリエリ評)、悪い人間というわけではない。というのは頭では理解しているものの、ほんの数十分前まで強い敵意を向けていた相手である。会話でもして場を繋げようにも何を話せばいいかわからない。
が、このまま無言でいるのもいたたまれず、リリエリはやっつけで口を開いた。レダに対する好感度は既に低いので、多少の雑さは許容とした。
「あの、お暇ですよね。何か食べませんか。実とか枝とかありますけど」
「枝……? いや、食べ物は自分で持ってきてっから」
リリエリの申し出をそれとなく拒否しながら、レダは土室を出ていった。と思いきや、手に一抱えほどの大きさの鞄を持って帰ってきた。いきなり姿を表してからこっち、レダが荷物を持ってきていた様子は見られなかったが。
「どっから持ってきたんですかソレ」
「その辺のでかい樹の後ろ。隠してたんだ。宮廷魔術師様が荷物持ってたらなんかダサいだろ。登場シーンくらいは格好良くキメないとな」
「わぁ」
印象的な登場シーンを演出するために、一旦荷物をその辺に隠していた、と?
薄々気がついてはいたが、この男、性格が尖りすぎてやいないだろうか。宮廷魔術師ともなると皆こうなのか? それともS級冒険者はヤバい人間でないとなれないのか?
この仮定を検証するため、リリエリはもう一人のS級冒険者の振る舞いを思い浮かべた。残念なことに、後者の信憑性をやたらと増すだけの結果となった。
「食料は魔法じゃどうにもできねぇから、持ち込むしかないんだよ」
レダは鞄から行動食を取り出した。穀物粉に糖分、野菜などの様々な材料を混ぜ込んで乾燥させた、極一般的な壁外用の保存食である。
都市によって中身や形にいくらか違いはあるものの、これ一つで一食が賄えるほどに十分なカロリーと栄養素を含んでいるのは共通している。
リリエリは使わない。高いからだ(リリエリ基準)。
「他には何を持ち歩いているんです?」
「え? 全部コレ」
レダは鞄の口を大きく広げ、リリエリに中身を見せた。四角く固められた行動食がぎっしり詰まっていた。
「もっと、こう、色々、……飽きたりしません?」
「飽きる? 栄養を摂るための行動に、飽きるとかあるか?」
あるだろ。
心の中で盛大にツッコミながらも、リリエリは強く納得をしていた。このレダとパーティを組んでいたのなら、ヨシュアもまた近い価値観を持っていたのだろう。好きな食べ物がすぐに浮かばないわけである。
一つやるよというレダの好意を素直に受け取って、リリエリも行動食を食べてみた。とても甘くてボソボソしていてところどころ苦い。栄養があることだけはよく分かる、そんな味であった。
今後も行動食はいらないな、とリリエリは思った。高いし。
レダもまた行動食を食べ始めたことで、土室は一気に静かになった。自分の咀嚼音と、外に吹いている風の音。耳を澄まさないと分からない、規則正しい呼吸音。
思えば数奇な一週間であった。
いきなり出てきた怪しい宮廷魔術師に追われ命がけで壁外に逃げだしたと思ったら、今度はその宮廷魔術師と顔を突き合わせてご飯を食べている。
これからもきっと、ソロでは体験し得なかった様々なイベントに巻き込まれていくのだろう。リリエリは既に、"邪龍憑き"なる男と行動を共にしているのだから。
今までどおり冒険をしてても良いと、他ならぬ宮廷魔術師からお墨付きももらったわけで。どうせ渦中に突っ込んでしまった身だ、だったらこちらも多少はやりたい放題してもいいのでは? とリリエリは思う。
南方遠くにあるという海に行くのも良いし、霊峰アテライ・ナヴァに挑戦するのも楽しいだろう。冒険者とはいえ依頼がないと壁外には出れない決まりだが、グレーな手段を使えばどうとでも出来るのだ。例えばリデルにそれっぽい依頼をでっち上げてもらうとか。
そこまで考えて、リリエリはふと気づいた。この宮廷魔術師はどうやって壁外に出たのだろう。恐喝?
「んなもん宮廷魔術師の身分を振りかざせばチョロいもんよ。国から周辺の魔物の露払いを依頼されております、っつったら顔パスだったぜ」
「詐称でしたか」
「アンタが無理してヨシュアをエルナトから連れ出したように、俺も結構無理してここに来てんだよ。宮廷魔術師の仕事四件くらいサボってるからな」
リリエリは二の句が継げなかった。よくもまぁこの男が宮廷魔術師として働けるものである。魔法使いとしては比肩するもののないほどに優秀なところが本当にたちが悪い。
「実際露払いはしたぜ。この辺の蜘蛛の巣は軒並み焼いたし」
「おかげで私たち、死にはぐったわけなんですけどね」
「……どういう意味だ?」
「どうもこうも。貴方が私達に大蜘蛛の群れをけしかけたんじゃないんですか?」
リリエリの言葉にレダはピタリと動きを止め、記憶を浚うかのように右斜め上空の虚空を眺めた。
想定外の行動だ。どうして悩むような、考えるような素振りを見せるのだろうか。てっきりレダのことだから、端から蜘蛛をけしかけるために巣を焼き払ったのだと思ったが。
「……いや、あのスタンピードは想定していない。あぁ、そうか、蜘蛛本体は巣より熱に耐性があったか。アレは住処を一気に失ったための暴走、だったんだな」
レダは頭痛を堪えるみたいな仕草で目元を覆った。そうして、呻き声に似た溜息を一つ吐いてから、……深々と、頭を下げた。
「すまなかった。俺の浅慮が招いた結果だ」
「な、なんで頭を下げるんですか、貴方が」
「ここいらの蜘蛛の巣を払ったのは俺だ。周辺環境の保持のために最低限の出力を狙っていたんだが、その見通しが甘かったらしい。そうして生き残った蜘蛛が暴走したということなら、それは俺の責任だ」
「でも、あの、取り返しのつかないことにはならなかったわけで。ここいらには私達の他に冒険者はいないですし、」
「それは結果論だろう。俺はS級冒険者で宮廷魔術師だぞ。管理しきれないリスクを生んで良い立場じゃないんだ、本来は。……アンタらに危害が及んだことを、深く謝罪する」
すまなかった、とレダはもう一度口にした。しばらくの間、彼は頭を上げなかった。
予期せぬ危険に曝された怒りより、困惑の方が勝っていた。これまでずっと居丈高で傲岸不遜な人間だと思っていた男が、目の前で頭を下げているのだ。
彼の声色には一切の遊びもなく、ただただ真摯にリリエリに、そして奥で眠るヨシュアに対して謝罪を告げている。
……意外な一面だ、とリリエリは舌を巻いた。今の彼の姿には軽薄さなんて欠片も見られない。まるで別人のように誠実な様子に、リリエリはほんの少しだけヨシュアを想起した。
もしかしたら、こちらの姿こそがこのレダという男の素なのかもしれない。
「すみません、こちらこそ、レダさんを誤解していたようです。ものすごく丁度良いタイミングで、何もかもお見通しみたいに現れたものだから、てっきり」
「ソレはアレだ、状況が読めなかったからそれらしく適当に振る舞ったんだ。宮廷魔術師ってのは見栄の商売なんだよ。うまくいってたようで何より」
いややっぱナルシストで傍若無人な方が本性かもしれない。
リリエリは見直していたレダという男の評価を、再び元のうっすら嫌い評に戻した。
いくらか話をしてみたものの、結局レダという男についてはよくわからないままだ。
「逃がした蜘蛛は後で俺が全部責任持って殺しておく。次は一斉掃射なんてしないで、一匹ずつ確実に燃やすことにするよ」
二度とアンタらに、人間に仇なせないようにな。
そう言ってレダは笑った。ともすれば獰猛とも表せるような、悪辣な笑みであった。
レダという男に関して、リリエリが得たものはほとんどなかったわけだが。
一応、恐らく、概して言えば。
リリエリの、そしてヨシュアの敵ではないということくらいは、信じてみてもいいのかもしれない。
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