第17話 敗因:定義不足
翌日早朝。シジエノ廃村周辺探索の開始である。
朝に強いリリエリは、しゃっきりと準備を整え白地図を広げながら簡単に最終確認を行った。
「初日は北西に向かいます。一定区間ごとに止まっていただいて、周辺の様子を確認しながら、……渋い顔をしていますが、いかがしました?」
「……昨夜の、夢見が」
「……壁外でネズミヒユを食べるのは、もうよしておきましょうか」
心なしかヨシュアの顔色が悪いような気がしないでもない。最も彼の顔色は常に良くなさそうな様子を見せているが。
「簡単に調査の流れを共有しますね」
リリエリは白地図の上にいくつかの石片を転がした。いずれも赤く輝いていて、手のひらにすっぽり収まる程度の大きさをしている。どの石片も真ん中に割れ目がついていて、二つに分けられる構造になっていた。
「これは行程石と呼ばれるものです。対になっている石片同士が離れれば離れるほど、赤い光が減衰していきます。距離を測るために使用する道具ですね」
「一方をシジエノに置いておけば、光の強さでシジエノまでの距離がわかるんだな」
「その通りです。ただ、あまり長い距離は測れないので、道中に都度都度片割れを置いていく形になりますね」
かなり遠くまで光を維持する行程石もありはするが、そういう便利なものは大抵高価だ。到底C級冒険者リリエリの手が届くようなものではない。リリエリの使っている行程石は、中でもかなりローエンドに近い代物である。
「この指示石では方角は分かりません。なのでヨシュアさんにはこのコンパスに従って、可能な限り真っ直ぐ北西に向かって欲しいんです」
こちらをどうぞ、とリリエリはヨシュアにコンパスを手渡した。何の変哲もない普通の品だ。やたらと使い込まれていて所々に傷があることを除いては。
「調査範囲の端まで到達したら、シジエノに引き返します。……できればなんですが、行程石は使いまわししたくてですね。行きと帰りはぴったり同じ道を使っていただけると」
「設置した行程石を帰りに回収するんだな。わかった」
「すみません。本当にすみません」
ローエンドに近い代物ではあるが、それでも高いものは高い。金のない冒険者は泥臭くやっていくよりほかないのだ。
それでヨシュアに負担をかけてしまうのは、なんとも心苦しいところである。
「可能な限り真っ直ぐとは言いましたが、無理のない範囲で大丈夫です。あくまで無理のない範囲で、です。よろしくお願いしますね」
リリエリはしっかり念を押した。ここで念を押しておかないと、本当にヨシュアは真っ直ぐ北西へと進みかねない。その道中にいかなる障害があろうともだ。
無茶をしがちなヨシュアではあるが、基本的にこちらの指示には忠実に従ってくれる。なので、きちんと口頭で伝えておけば大丈夫なのである。
■ □ ■
大丈夫ではなかった。
「ヨシュアさん、前、前、道ない!」
「大丈夫だ」
唐突に地面が途切れている先にヨシュアは身を躍らせた。眼下には川が流れている。ああここ渓谷になっているのかと思う間もなく、二人の体は空中に落ちていた。
「お、落ち、落ち」
「喋らないほうがいい。舌を噛む」
ヨシュアは大きい岩石のゴロゴロ転がる川緑に着地した。ドシャという鈍い音が聞こえたと同時、ヨシュアは何事もなかったかのように既に次の一歩を踏み出している。……何事もないはずがないような音がしていたのだが。
そのまま川中から露出した岩の上をぽんぽんと軽快に飛んで川を越え、勢いのままにヨシュアは急な斜面を駆け登った。
だが、ほぼ垂直な面に差し掛かったあたりで、ヨシュアの体が後ろに傾ぐ。バックパックを背負ったリリエリを背負っているのだ、当然予想しうる結果である。
死んだとリリエリは思った。自分を育ててくれた祖母の顔が、鮮やかに脳裡に浮かび上がるほどに。
……が、落ちない。恐る恐るリリエリが現実を見据えると、ヨシュアが振り抜いたアダマンチアの剣が深々と斜面に突き刺さっていた。
片手で剣にぶら下がるヨシュアと、彼に背負われているリリエリ。
足元の川めがけてからりと小石が落ちた。お先にとでも言わんばかりの調子で。
「…………あの。ここからどうするおつもりで?」
「登る。しっかり捕まっていてくれ」
ヨシュアは剣を握っていない方の手を崖の側面に引っ掛けた。そうして突き刺さっている剣を引き抜いた後、ほぼ右腕の膂力だけでぐいぐい崖を登っていく。
瞬きのうちに二人の体は対岸に辿り着いていた。夢でも見ているような気分だったが、リリエリの背後にはばっちりと深い渓谷が存在している。何事?
「すみ、すみません。一度降りていいですか」
「ああ、渓谷を記録するんだな」
「それもありますが、ちょっと」
リリエリはそっと北西の大地に降ろされた。ただ背負われていただけのはずだが、不思議とヨシュアよりも疲れ果てて見える表情をしていた。
主に気疲れによって乱れた呼吸を整えながら、リリエリは一応尋ねた。返答は予測できていた。
「あの、無理のない範囲でと、お伝えしていたように思うのですが」
「無理じゃないから大丈夫だ」
「ですよね」
なんとなく空々しい笑顔を返しながら、リリエリは大きな深呼吸を繰り返した。落ち着いていこう。これは初日の往路である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます