第12話 やり手のギルドマスター


 通された場所は応接室であった。

 他所のギルドの偉い人が来たり、大きな成果を持ってきた冒険者を通したりするための部屋だ。リリエリがこの部屋に立ち入るのは、当然のことだが初めてである。


 応接室にはすでに一人の男性が待っていた。見知った顔だ。エルナトギルドのギルドマスター、名をルダンと言った。


 ルダンは老境に入るかといった年齢の、線の細い男性だ。

 その仕事ぶりは実に敏腕――とはマドから聞いた言である。几帳面に後ろに撫でつけられた白髪交じりの髪も、ピンと伸びた背筋も、彼の真面目で厳格な人柄をそのままに表している。

 若い頃は名の知れた冒険者として活躍していたらしく、額から目元にかけてに名誉の傷跡が残っていた。


「あまり固くならなくていい。そちらに座ってくれ」


 そんなことを言われても困る。リリエリは芸術にはたいそう疎いが、それでもこの部屋の調度品が一流であることは理解できる。

 ふかふかと毛足の長い絨毯にこの安い杖を突き刺していいのだろうか。艶々と磨き上げられた椅子に万年C級冒険者ごときが腰を掛けてもいいのだろうか。


「……リリエリ?」


 さっさと椅子に座っていたヨシュアが、不可解そうな表情を浮かべこちらを見やる。

 ……この人、ギルドに支給された亜麻布の寝間着のままだな。

 あまりにラフなヨシュアの姿に、リリエリはようやく肩の力を抜いた。リリエリが椅子に座った姿を見て、ルダンもまたローテーブルを挟んだ対面の椅子に腰掛けた。

 

「ヨシュア氏とは初に御目にかかる。私はエルナトのギルドマスターを務めているルダンという。これからどうぞよろしく頼む」


 ルダンは丁寧な所作で頭を下げた。ヨシュアに向かって、というよりも二人に向けた挨拶のように感じられる動作であった。

 ちらりと横目で伺ったヨシュアもまた小さく頭を下げていたが、ルダンがそれに気づけたかは怪しい。リリエリも急いで頭を下げながら、緊張でやや掠れた声で、よろしくお願いいたしますとだけ言った。


 しっかりと時間をとって礼を見せてからルダンは頭を上げた。傷に彩られた目元には真剣さが滲んでいた。


「まず要件から言わせていただくが、そちらの――ヨシュア氏がS級冒険者であることは、内密にしてほしい」

「わかった」


 ヨシュアは頷いた。言葉を内容をリリエリが理解するよりも早い肯定だった。ルダンもまた、その即答に驚いているかのように片眉を上げている。だがそこは往年のギルドマスター、折角の肯定を無に帰すまいと、すぐさま常の様子を取り戻したようだ。


「……リリエリ氏も承諾していただけるだろうか」

「あ、えっと、ヨシュアさんが良いと言うのであれば」


 ご協力に感謝する、とルダンは再度頭を下げた。本件はこれにて終了、といった雰囲気である。まだリリエリの頭は話の中身を噛み砕ききってはいないのだが。


 ――S級冒険者であることは内密に。

 なんの理由もなくギルドマスターがこんなこと言い出すはずがない。

 S級冒険者がエルナトギルドに滞在しているというだけで、市民の安心感は大きく向上するだろう。ギルドにも箔が付く。ルダンがそんなチャンスを逃すような男とは思えない。 


 ヨシュアが本当にS級冒険者であるならば、存在しているだけでギルドにとってメリットがある。そのうえで内密にしろと言う。


 ……確実に何かある。

 リリエリだって馬鹿ではない。このやり取りを聞いた上で、ここまでは思考することができた。

 ただ、繰り返しになるが、冒険者の頭の中は往々にして冷静じゃない部分が過半数を占めている。


 ――よくわからないけど、冒険を止められないならば良し。

 

 リリエリの頭は、少なくとも主観的には完璧な結論を出し、スタンバイモードに戻った。この間僅か一秒である。


「弊職員からお二人がパーティを希望している旨を聞いているが、合っているだろうか」

「合っている」

「……なるほど。リリエリ氏の等級はCであるから、お二人で請け負える依頼はB級上位までとなるが」

「構わない」


 ヨシュアの回答は淀みない。一方で、隣に座るリリエリはヒヤヒヤしていた。自分とパーティを組むことで、S級相当の男がB級上位の依頼しか出来ないのは大きな損失だ。ヨシュアは肯定しているが、ギルドマスター権限で止められてしまう可能性もあるんじゃないか。


 当然ギルドマスターの立場にいるルダンも同じことを思っているだろう。しかし彼はそれを態度に出すことはなかった。


「であればこの場をもって登録を進めさせて貰おう。くれぐれも安全に配慮し、けして死者を出さないように」

「わかった」

「……承知しました」

 

 ヨシュア、ルダン双方に対するいいのか? という気持ちは拭えない。拭えないが、藪をつつく度胸はない。

 流れに逆らえないまま、リリエリはただただ承諾していた。ルダンの考えはさっぱりわからない。きっと偉い人なりになにか考えがあるのだろうが。


「ヨシュア氏には不便をかけるかもしれないが、一定の間はA級冒険者として活動していただきたい。仮のものではあるが、A級としての冒険者証をこちらから手配する」

「わかった」

「エルナトを訪れるにあたって、先立つものを持っていないとも伺っている。当面の住まいに関してもこちらで用立てよう。無論、一定の賃料はいただくことになるが、ある程度は配慮する所存だ」

「助かる」

「詳細は書面として後ほどマドからお渡しする。リリエリ氏には負担をかけるが、ご案内をお願いできるだろうか?」

「あ、はい! もちろんです」


 二人の間で交わされるやり取りを、リリエリは完全に第三者として聞いていた。


 確かにヨシュアは着の身着のまま武器も食料も持たず森に倒れていたわけだし、エルナトの土地勘もないだろう。住居を用意してもらえるというのは、ヨシュアにとって非常にありがたい話だ。


 ……特別待遇がすぎる。S級冒険者相手では、これが普通なのだろうか?

 ふと一つの考えがリリエリの頭に浮かんだ。なんとなく、あくまで想像の域をでないが。邪推かもしれないが。


 ――ヨシュアをエルナトのギルドに囲い込もうとしている?


「どうもありがとう。私からの要件は以上だ。……折角部屋もとっていることだし、このまま受注可能な依頼の確認でもしていくのはどうだろうか。急かしすぎているかな」

「いえ。全然。依頼を受けます。受けさせてください」


 即答。今度はリリエリの番である。

 B級上位の依頼なんて自分には関係がなさすぎてほとんど内容を知らないのだ。まず見たい。とにかく目を通したい。B級上位の依頼書の束など、この上ないエンタメコンテンツである。そのようなものを前にして、どうして止まれるだろうか?


 やる気があるようで何より、と微笑みながらルダンは一度応接室を離席した。


 その頃にはリリエリの頭にあった邪推は影も形も跡形もなく。ルダンは非常にやり手のギルドマスターである。

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