Ep.307 噂の真相を求めて

 アグニと契約してから既に3日が経過していた。


 アグニとの契約で僕は案の定昏倒して、1日寝込んだ後に目覚めた時、自分の内に宿る魔力に、アグニの魔力が混ざっているのを感じた。


 水の中位精霊シズクの契約時とは違い、アグニの魔力が体に馴染みきっていないのか、上手く体が動かせない。

 起きた直後は歩くことはおろか、立ち上がるのも一苦労な有様だった。


 強力な精霊フェンリルと契約しているシェーデ曰く、体が新しい魔力に慣れてくれば今まで通りに動けるようになるそうだけど、しばらくは不自由することになった。



 そして、アグニと契約したということ。それは僕に新たな可能性をもたらした。


 ……火の祖精霊アグニを召喚出来るようになったんだ。

 まだ試していないが僕にはそれが出来る。それが感覚で分かった。


 元々得意だった火属性の魔術も、強力な魔術を出しやすくなっていた。

 アグニから借り受けたこの力は、これからも戦いで多いに役に立つはずだ。



 だけどその力を得る代償に、僕は右腕を失った。

 利き手ではなかったが、左手だけで剣を扱うとなると、取れる手段はかなり限られてしまう。今までのようには戦えなくなってしまった。



 だけど僕はもう悲観しない。

 アズマ達が僕の腕の代わりになる物の為に動いてくれたんだ。

 本当なら他の祖精霊に会わないといけないところなんだけど、きっと他の祖精霊も試練を課してくるに違いないし、希望があるならそれに賭けてみたい。


 仲間達のおかげでそう思えたから、僕達は今帝都にいる。



 帝都リムデルタに戻ってきた理由。それは義手と呼ばれるものの噂について調べる為だ。


 ……この義手の噂が本当だという確証は無いし、そもそも噂の域を出ていないけど、この時代に僕が腕を取り戻す手段はそれしかないと思う。


 魔力が馴染みきらずに動けない僕の代わりに、皆は情報収集をしてくれることになった。


 皇帝の計らいにより、来訪した僕達に提供された部屋で、僕はこの体の不自由を早く除くために、体を慣らすことに注力したのだった……。




 それからさらに2日が経ち、ようやく僕の体と魔力が馴染んだのか、不自由はなくなり自由に動けるようになった。


 ようやく動き易くなった僕は、皆が情報を集める間も鍛錬をして、体を慣らしていた。


 剣の素振りや体捌きなどの基本動作を繰り返す。

 右腕が使えない分、今まで通りとはいかない。でも戦いのさなかでそんなこと言ってはいられないだろう。


 僕は何度も剣を振っては体に慣れさせていった……。




 そしてその夜、皆が集めた情報を基にして、義手について調べた結果が出揃った。

 皆は酒場など街での聞き込みや、情報屋を通じて義手の噂についての情報を集めてくれたのだ。


 その情報を精査してまとめると、どうやら義手というものは実在する物らしいという結論に達した。



 どうやらそれはとあるツヴェルク族の技巧技師が発明したものであるそうだ。

 

 その義手は、金属で出来たガントレットのようなものらしくそれを装着すると、自分の意思のままに動かせるようになるものらしい。


 この時代で勇者一行ですら精霊具を誰も持っていないあたり、おそらくまだ精霊具という概念は存在していない。

 僕は、その義手なるものが精霊具の原点なのではないかと思考を巡らせていた。



 もちろん、噂で話が盛られている部分はあるだろうけど、実在するというのなら僕にとっては願っても無い話だ。


 その技巧技師を探し出せれば、義手を作ってもらえるかもしれない!


 ……しかし、その技巧技師の名前は未だ知れず、その場所もわからないというのが現状だった。

 その噂があるだけで、技術者の存在を知る手立てが今は思いつかない……。



「ツヴェルク族の技師か。ならばやはり、ツヴェルクの里『槌と鉄の都シュミートブルク』に手掛かりがあるかもしれないね」


 情報をあらかたまとめ終えた僕達に、アズマが口を開いた。


「それはどこにあるんですか?」


 僕の言葉にアズマは広げた地図を指さしていく。


「僕達がいるこの北西大陸から反対側にある……ここ。南東大陸のさらに果てだね。かなりの距離だ」

「アズマの故郷がある大陸ね」

「ああ。ここは国というものはない。それぞれの部族が共存や奪い合いをしているところだ。その中にツヴェルク族がいるね」


「なるほど……」


 その大陸は僕にも馴染みのある大陸だ。

 東方部族連合という共存国家に所属する僕とサヤ、ウィニの故郷が、この南東大陸だ。


 まだ500年後の東方部族連合の政治体制が確立する前の状態なんだ。



 アズマはさらに言葉を続ける。


「ツヴェルク族は優れた技巧技術を持つ小人の一族で、この大陸の東端部に住んでいるね。彼らが作る武具はどれも一級品なんだ。帝国にも店を出しに来てる者も多いよ」


 地図に指を滑らせると、ツヴェルク族の里は地図の東端部を指した。


 ツヴェルク族といえば、サリア神聖王国の街の一つ、エルヴァイナで出会ったポルコさんや、その奥さんのカルアさんを思い出す。


 皆二人のようにはちゃめちゃに溌剌なのだろうか。


「シュミートブルクのツヴェルク族は幸い問答無用で攻撃してくる部族じゃないから入るのは問題ないはずだ。だけど周辺部族には好戦的な部族もいるから、南東大陸に入ったら用心しよう」


 アズマの忠告に皆が頷く。


 僕達にとってはこの時代には馴染み深い土地だけど、この時代で言えば未知の場所だ。

 魔族の動きも完全に終息したわけじゃないし、慎重に進まないと。


「よし。じゃあ次の目的地は、槌と鉄の都シュミートブルク! 出発は明日にしよう。皆、今日はしっかり休んでくれ」


 僕は仲間達にそう呼び掛けると、皆は了解とばかりに頷いて、その場は解散となってそれぞれの部屋に戻っていくのだった。

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