第40話

ー国王ー


”真実の愛”に浮かれ、セレスティーヌと結婚したまでが幸せだったのかもしれない。


セレスティーヌは、王妃教育に早々に音を上げ、実家に療養へ行った。そうか、その時か…。



あんなにやつれていたのに、懐妊したとわかるとすっきりとした顔で戻ってきた。それを理由に、王妃教育も公務もまったくやらなくなった。私を含め他の者が苦労していたことにも気付いてはおるまい。いや、それでも愛した女が愛しい我が子を産む。何も不満はなかった。



生まれた時、髪も瞳も王家特有のものかと言われると首をひねらざるを得なかったが、徐々に私に似てくる息子に、安堵した。



はは、全てがまやかしだったか。なぜ、こうなった?


この国を守っていた結界も消えた。我が騎士団だけでは魔獣の討伐は無理であろう。他国とのつながりはシルヴィの力が大きかったのは百も承知。どれだけの国が助けてくれるだろう。




シルヴィが優秀すぎたため、息子が陰に隠れるのではと恐れたのが間違いだった。


息子と王妃が使い物にならぬからとまだ婚約者の身分だというのに仕事を肩代わりさせた。


シルヴィの置かれている状況を知っていて目をつむった。


大聖女の力を秘匿し、結果、シルヴィが享受すべき、輝かしい未来、人々からの賞賛をすべてうばった。


全ては偽りの息子、偽りの真実の愛の相手のため。


国を思えば、シルヴィを大切にしなければならないことは火を見るより明らかだったというのに。




あのシルヴィがまだ幼かったあの日、頬が赤かった理由をしっかり聞いていれば


セドリックが生まれなければ、セレスティーヌに出会わなければ


いや、隣国に嫁いだ穏やかな私の元婚約者を大切にし、妻にしていれば…



…くくっ、そうか…婚約者を大切にしなかった…血はつながっていないのに、そういうところだけそっくりだったというわけだ。はは、皮肉だな。"婚約中の浮気行為はいかなる理由があろうとこの国では、厳罰の対象”か…。ああ、私も厳罰を下されればよかったのだ。



セドリックから取り上げた冊子をめくる。



”種をまき、水をあげ、花を咲かせたことを見届けた。付けた実を刈り取る、それは国王陛下にお任せすることにした。”



最後は、私だな。



********************




「ああ、マティアス。すまないこんな遅くに。」


王の執務室に、弟のマティアスを呼ぶ。



「いかがなさいましたか。国王陛下。」


「ああ、内々に、国王の座をお前に譲る相談をしようと思ってな。」



「兄上!!」


「なに、驚くことではないだろう。それに、お前たちが謀反を起こそうとしている情報はつかんでいる。争わずに国王の座が手に入るんだ。いいことだろう。」


「……。」


ああ、年の離れたマティアスは、感情を隠すのが苦手だったな。心配だ。だが、能力は高く側近も優秀だ。



「今、この国の現状を何とかするには、お前が国王になるしかない。そして、隣国の皇帝に親書を送れ。この冊子に書かれている者、私を含め適切に処分したと。そして、シルヴィにこの国の安寧のための助力をお願いするのだ。きっと聞いてくれる。私の処遇は、離宮に幽閉では弱いな。…北の極寒の地にでも行くか。死という楽な道は選ばん。」



「そんな…。」


「よいのだ、愚かな兄のせいで、国王としてのお前の国づくりは辛いものとなる、すまないな…」


その後、泣き出し何も言わなくなった弟をなぐさめる。はは、よくそんな涙もろくて謀反などと考えたものだ。この優しい弟が、非情になるのは無理だっただろう。これでよかったのだ。


泣き止んだ弟と酒を飲む。ああ、兄弟で酒を酌み交わすのも久しぶりだ。酒のつまみにと冊子をぱらぱらとめくる。




最後のページに書かれている文をもう一度読む。セドリックはきっと読まなかったのだろうな。シルヴィがセドリックのために書いただろうに。馬鹿な奴だ。




” 答え合わせをしたら、それで終わりではございません。間違いに気付いたら再び考え、修正するのです。同じ間違いを繰り返さないようにし、正解を導き出す。人はそうやって成長するのです。 ーシルヴィー ”



この結末で合っている、そうだろうシルヴィ。


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