第29話もう、私を利用しないで

『したたかに、女の武器を使って、利用できるものは利用する』

したたか…圧力に屈しない、という意味だろうか。でも、私の場合、屈したくはないけど、口では負けそうだわ…考え込んでいるうちに、ため息が自然と漏れる。


女の武器って、胸のこと?違うわよね。自分自身に問いかけるが、明確な答えは浮かばない。



利用する…一体何を、いや、誰を利用できるというのだろうか。だめだ、簡単に人を利用するなんて私には無理だ。




そんなことを考えながら日々が過ぎ、気づけば、ソフィアが来てから2週間が経とうとしていた。気分は重く、心の奥に重りがついたようだ。お昼になり、食堂へと向かう足取りも重い。



「それで、エドモンド様の好きな食べ物って何なの?」


「ソフィアちゃんは、なんで副団長のことをそんなに知りたがるんだ?」



「え…それは、やだ、内緒です」


ソフィアの顔が少し赤くなり、はにかんだように答える。



『うわー、まじかよ』『そんな気がしていたんだよな』『いいなー、副団長』盛り上がる一角。数名の騎士たちに囲まれエドモンド様の話をするソフィア。見ているだけで、なんだか胸が痛む。



引き返そうにも、もう足を踏み入れてしまった。食堂のランチをこっそり取りに行く。




「なんなのあれ、食べたら早く出て行ってほしいんだけど…水でもかけてこようかしら」




憮然とするサラに、気持ちが少し楽になる。




「あ!フローリア様。裏口にウィリアムって人が来ているんですが、本当に同期ですか?ストーカーなら俺、殴って追い返しますよ!!」



急に名前を呼ばれ、声がした方を見るとこの前、上級ポーションのお礼を言ってくれたレオさんがいた。え?ウィリアム?ソフィアに会いに来たのではなく、私に会いに来たの?




「ええと、同期で間違いないわ。私を呼んでいるの?」



「ええ、連れてきてほしいって」



「分かったわ、ありがとう。一人で行ってくるわ」



裏口から出る。そこには少しやつれたウィリアムがいた。



「ウィリアムどうしたの?」



「あっ、フローリア!やっぱり居たんだ」



少し焦った様子で、私を見るとすぐに声をかけてきた。




「何か用事?」



「ああ…ソフィアがここに居るだろう?…っ、頼むよ!フローリアから戻ってくるように言ってくれ!」



私だって本当は、戻ってほしいわ。でも、ソフィアは、望んでここに居るのよ。




「私が言っても聞いてくれないわ、きっと。…ねえ、そんなに戻ってほしいならウィリアムが直接言いに行けばいいわ。ちょうど食堂にいるし」



自分に言い聞かせるように、「利用できるものは利用する」と心の中でつぶやく。




「ソフィアは、俺の言うことなんて…あっ!エドモンド様の言うことなら聞くかも。フローリアから頼んでくれないか?」



「エドモンド様に?」



そうだ、ウィリアムは、ソフィアがエドモンド様のことを好きなのを知っていたのだったわ。




「それか、フローリアが戻ってきても…、ああ、それでいい!そしたらまた一緒に共同研究しようぜ。俺今、一人だから困ってんだ」



なぜソフィアもウィリアムも、こんなに無邪気に自分勝手なお願いをできるのだろう。内心で「したたいかに、したたかによ!!」と自分を鼓舞する。




「冗談じゃないわ!今まで私が困っているとき何をしてくれた?」



「な、何を言っているんだ。アドバイスもしたし、励ましただろ?」



「それだけでいいなら、私も今してあげる!ウィリアム1人でもやるしかないわ頑張って。もっと必死にたくさん論文を読んで研究したらきっとうまくいくわ。…これでいい!」


悔しそうな顔で、睨んでくる。でも、負けない。



「これが何になるの?仕事が減るわけでもない。結局、他人事だって思っていたんでしょ?傷ついただなんて想像していなかったでしょ?私のことを考えてくれないアドバイスなんていらないわ。もう放っておいて!!」




一気に言いたいことをぶちまける。こんなに感情的になるのは初めてだ。



「なんだよ急に。怒っている意味が分からない…」



「分からない?分かろうとしないじゃなくて?じゃあ、もう相容れないのよ、私たち」


感情が高ぶり、言葉が次々と溢れ出す。



「あなたは宮廷薬師、私は騎士団の薬師。それでいいじゃない。同じ薬師だけど、もう私たちは違う道を歩んでいるのよ」



言葉に力がこもり、自分でも驚くほどだ。


ウィリアムの顔には、驚きと戸惑いが混じった表情が浮かんでいる。彼の目が大きく見開かれ、信じられないというように私を見つめている。それでも私は止まらない。今こそ、ずっと胸に抱えていた想いを吐き出すときだ。



「一方的なお願いは、もう聞けないわ。私のことを何も考えずに、自分の都合ばかり押し付けてくるのは、もう耐えられないの。もう、私を利用しないで!」




声が震えたが、それでもはっきりと伝えた。ここで立ち止まってしまえば、また同じ繰り返しになる。私の言葉が、ウィリアムの心に届いてくれることを願うしかない。


ウィリアムは呆然として、しばらくの間、言葉を失っていた。彼の顔からは、今までの自信満々な表情が消え、戸惑いと混乱が見て取れる。私がここまで強く出るとは思っていなかったのだろう。



その瞬間、私の中で何かが変わった。胸の奥にあった重苦しい感覚が、少しだけ軽くなったような気がする。


ああ、このままの勢いで、ソフィアにも言いたいことが言えそうな気がしてきた!心の中で自分を奮い立たせる。ソフィアにも伝えるべきことがある。今のままではいけない。


よし、したたかによ!私!!

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