第21話新たなお願い

「食堂の裏口に、フローリアの同期だって言う、えーと、自分の言うことは何でも聞いてもらえるみたいな顔をした女が来ているわよ。ソフィアって言ったかな。『呼んできてくださらない?』だって」



食堂でランチをとっていると、サラが教えに来てくれた。ソフィアの名前を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。




「待っているけど、どうする?いないって言ってこようか?」



どうしよう…。今会わなくてもまた来そうね。しばらく姿を見なかったから諦めたと思っていたのに…


「会いに行きます」


「そう?」




ああ、気が重い。



裏口に向かうと、そこにはソフィアが立っていた。久しぶりに見る彼女の微笑みは、以前と変わらない。



「あ、フローリア。久しぶり」



声は相変わらず軽やかで、何のわだかまりもないかのようだった。



「…久しぶりね。どうして裏口から?」


「ええ、公開している騎士団の練習場までは入れるんだけど、この本部は、入れないのよ。警備の騎士にとめられちゃって」



ソフィアは肩をすくめて、可愛らしく笑った。



「そうなの。あのね、前の手伝いの話なら…」


話を早く切り上げよう。ソフィアの様子に何か不穏なものを感じるわ。



「あ、あれね。室長にとめられちゃったわ。なんだかごめんね。それより、今日はフローリアに提案があって」


提案?嫌な予感がさらに強くなる。



「実はね。私よく考えたの。そして、いいことを思いついたの!フローリアがいなくなって、今みんなとっても困っているし、もう仕事を押し付けられることもなさそうだから…フローリアが元に戻って、私が騎士団の薬師になればいいって!」


「え、待って?なんで?」



驚きと動揺が声に滲み出る。なんでそんな思考に…。交換なんて、そんなの嫌よ。





「なんでって?フローリア学院に行っていないのに独学で合格するくらい宮廷薬師になりたかったんでしょ?私は、今あまり美容部門もうまくいっていないし、心機一転薬師として違う場所で頑張ってみるのもいいかなって」


「わ、私は戻らないわ」



私の思いを勝手に代弁しないで。



「そんな…。チャンスよ、フローリア?あなたなら、主任、いえ室長だって狙えるわ。だってあんなに仕事をこなせるんだもの。私を信じて」



あそこに戻らないことは、私にとって逃げではないのに、話が通じない。自分がようやく築き上げた場所を、簡単に手放す気にはなれないわ。

それに、先輩たちに謝ってもほしいわけでも、気を遣われたいわけでもない。戻ったところで、『いい気味だと思っているんでしょ』というような顔で見られるかもしれない。そうなったら居心地は悪いに決まっている。





「簡単に交換なんて…前も言ったけど、私たちの一存じゃ決められないことよ」



「私たちが承諾していれば、話は簡単よ。室長だって本当は戻ってほしいと思っているわ」


「わたし、第3騎士団での仕事が好きなの。だから、嫌よ。ようやく仕事も軌道に乗ってきたばかりで…」



ソフィアは困ったように顔を曇らせ、急に手を握りしめ、切実な声でお願いを始めた。




「お願いよフローリア!私もここで働きたいの。ウィリアムにしか言っていないから、まだ内緒にしてほしいんだけど…。実は私、副団長のエドモンド様に一目ぼれをしてしまったの!」



ソフィアが恥ずかしそうに手で顔を覆った。その顔が赤く染まる様子を見て、心の中で何かが崩れる音がした。



「…エドモンド様?」


「そうなの。あっ!あなたに宮廷薬師として活躍してほしいのが一番よ。そうしたら、ここに薬師がいなくなるじゃない?でも、私、エドモンド様のことをもっと知りたいから、ここで働いてもいいの。だから、気にしないで。お父様だって説得してみせるわ」



何を言っているの?



『エドモンド様のことをもっと知りたい、ここで働いてもいい、気にしないで』


心に渦巻くのは、痛みと焦燥。ソフィアの笑顔が、心をさらに深い暗闇に突き落とした。




「じゃあ、また来るから、考えておいてね」


ソフィアはそう言い残して去っていった。

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