恋に猫被りは必要ない

@dango4423

第1話 猫を被るのは始業式の後で

好きな人がいる。ずっと側にいてくれて、何も言わなかった人。

その人に好意を口にした事はない。する勇気が無かった。

今の関係が壊れるのが凄く怖くて、口を閉じてしまったから。

だから今のままでいいのだ。今が続くのが、私の一番の願いなのだから。


桜が舞い、入学式にはもってこいの良い季節。

「雪菜、これで合ってるよな。どうにも気苦しくて。」

こくりと頷き、服の袖を引く。

彼は優、雨宮優。私の友達で、幼馴染で、そして片想い中の相手だ。

「お前に説得されて同じ高校に入ったけどよ、クラスが違うから休み時間しか会えないぞ。」

私達がこれから通う高校、神前高等学校は三つのクラスに分かれている。

「特選抜」、「選抜」、「進学」。上に行くにつれて偏差値が上がり、私は「特選抜」で彼は「進学」だ。

またクラス毎に校舎が違うのも、この高校の特色だろう。

「小中みたいに俺は側にいないから頑張れよ。」

そう彼が側に居ない。

私こと巫雪菜は無口だ。喋るのが苦手だ。それは長年頑張ったが今も直せていない。

それあって、小中学校では上手く人間関係を築けず、優に頼りきっていた。

「頑張る。」

その一言ぐらいが限界だ。

「まぁ行けるだろ、高校生なんて皆が皆、初対面だ。大丈夫だよ。」

そう言って頭を撫でてくれる。そうやってずっと私を支えてくれたのだ。

神前高校までは徒歩、電車、バスで通う事が出来る。バスは高校側で手配しており、

高校まで止まらずに行くこと出来る。とても楽だ。

大体一時間ほどで到着し、高校に近づくにつれて、同じ制服の人が増えていく。

「分かりやすくガチガチだな雪菜。」

言われなくても分かっている、でも緊張しない方が無理な話だ。

「じゃあ俺はこっちらしいからまたな雪菜。」

「あ、待って。」

そんな声も虚しく人混みの中に彼は消えていった。途端に心が引き締まるように痛くなる。

入学式は全員体育館に集合し行われる。

クラス毎に列形成がなされ、流れに身を任せるまま、私も席についた。

その後、様々な先生が学校の事や行事、生活に関する事を話していたが、正直、入学式での先生の話は覚えていない。


頭がパンクしてるまま、教室に案内され着席する。

皆が皆、私を見ている。昔からそうだった、容姿が整っているとよく言われるが、

それでも見られる感覚は好きじゃない。

「幾らか配る物があるから前から後ろに回してくれ。」

先生の一言で周りも前を向き、ようやく視線が外された。

(こんな状態で学校生活大丈夫かな。)

資料やハンドブックやらが配られ、入学式もあって直ぐに昼休みに入った。

この高校ではスマホなどは授業中以外では使用可能らしく、優に連絡を取ろうとした。

それよりも先に、

「雪菜さん!」「連絡先交換しませんか!」「この後お昼どうですか!」

大勢に囲われるのであった。

「初めまして。」

「ありがとうございます。でもそういうのまだちょっと。」

「すみません、お昼は予定が入ってまして。」

小中学校の比にならない程の集まりに、なんとか対応。

普段の自分なら絶対に口に出ない事を話していた。

(少しは変わろうとしてるんだな私。)

もし変われきれたら、私は優に思いを伝えられるのか。

ふとそんな考えが頭をよぎった。


「雪菜大丈夫かな。」

「雨宮が話してた女の子の事か。」

「そうそう。」

雨宮優は雪菜とは異なり、普通にしていた。

先生の意向でランダムにグループを作られ、自分がいるグループだけ3人となっていた。

一人は土御門勝。今話している男子であり、ゲームの趣味が合い、意気投合した。

もう一人はと言うと、

「アマミヤ!ツチミカド!学食行くぞ!」

このうるさいのに一切表情が動かない黒瀬一香である。

彼女も同じゲームをしてるらしく、馬が合った。

「構わないけど、友人の様子を見に行きたくて。」

「了解、早よ行ってこい。」「行ってら〜。」

そうして教室を後にするのであった。


場所は戻り、彼女はと言うと。

「ごめんなさい、この後用事がありまして。」

冷や汗を掻きながらも、なんとか人を払う事に成功した。

(疲れた、心臓が痛い、優助けて。)

スマホを見ると「向かってる」とだけ返ってきており、少しだけ気持ちが楽になった。

廊下に出ても人の視線が自分に集まる、その気持ち悪さをなんとか耐えてると、

「雪菜遅れた、昼飯まだか?」

一番安心出来る人が来てくれた。


「彼女が雨宮言ってた人か。」

「噂になってたぞアマミヤ。」

「なんで???」

二人とも合流し、計四人で食堂に着くと、各々が食べたい物を頼み、席に着く。

「確かに美人さんだな。校舎別なのにこっちの耳にまで入ってきたぞ。現に今もだし。」

「そうそうユキナの話題で持ちきりだよね。」

もうそこまで噂になってるのか、やっぱ雪菜は顔良いもんな。

優はそう考えていた。雪菜は容姿良し、学も良し、運動神経はちょっと悪いのがむしろ良しで、小中で男女の心を掴んできた。それは高校でも同じらしい。彼女は嬉しくないだろうが。

「まぁ雨宮も気をつけろよ。見てる俺たちでも二人の距離感近いと思うから。」

「どういうこと?」と口に出した瞬間、横を見ると、雪菜の肩がくっ付いてる事に気づく。

雪菜は恐らく無為意識なのだろうが、確かにこれでは悪い噂も立ちそうだ。

「雪菜近いぞ、俺もちょっと食べずらい。」

雪菜も気づいたのか、スッと横にズレまた食べ始める。

でも気のせいかだろうか。少しだけ雪菜が雰囲気が暗くなった気がした。

そんなこんなで昼食を済ませ、食堂を出る。

雪菜は話さなかったが、勝も一香もその事を気にしてなかったので、こちらとしても安心出来る。二人が良い人そうで良かった。

「雪菜も何かあったら連絡しろよ。俺に出来ることなんて少ないけど。」

「うん。」

小さく呟くその声はいつもと変わらないが、彼なら気づく。少しだけ震えているのを。

「終わったら一緒に帰ろ雪菜。」

それでも側にはいられない。もうそんな子供ではないのだから。

「また後でな雪菜。」「またね。」

お互いに別れを告げ教室に戻って行った。


「雨宮さん、雪菜さんについて聞きたいことが。」

「雪菜さんとはどんな関係で。」

「雨宮さん!」

想定はしていたが、やっぱり面倒くさい事になっていた。

「うるさい散った散った。あいつとはただの友人だから何も知らん。」

本当にこの手の奴は広まるのが早い。一応別のクラスで別の校舎の筈なのに。

「高校生活初日からこれで大丈夫かよ。雪菜に何かあったら面倒だし、早めに行くか。」

今日の終わりのチャイムが鳴り、既に出来始めているグループ毎に解散していく。

「じゃあ夜に集合な二人とも。」

「オケ!」「雨宮もな。」

せっかく同じゲームやっているので、夜にパーティー組んで遊ぶ約束を済ませ、教室を後にする。

雪菜は既に校門に着いていると連絡が届いているので、早速向かう。

「雪菜はどこ・・・・あそこだな多分。」

校門前の広場の一箇所に人だかりが出来ている。

正直行きたくはないが、彼女を放置するのも無理な話だ。

「すみません、通ります。」

「あ、優。」

「遅れた、帰ろうか。」

多人数に質問攻めやナンパされたのだろう。彼女の顔にも疲労が見え隠れしている。

それにしても普段の彼女なら喋らず静止してる筈だが、今の状況を見ると、頑張って話していたようだ。

雪菜も高校生活で変わろうとしているのだろう。それは応援しないとな。

周りの視線がドンドン切れ味を増してきてるので、雪菜の腕を引き、その場を後にする。

校門を出れば、二人に話しかけにくる人もいない。存外場所は弁えているようだ。

「雪菜も今日はお疲れ。まぁ大変そうなのは見てたからな。」

「うん。」

「俺にも何か出来る事あれば言えよ。今日知り合ったメンツに顔広くなりそうな奴いたし。」

「ありがとう。」

雨宮優はそういう人だ、いつも私を優先してる。でも私は優に何も出来ない。

話を続けなれば空気が悪くなる訳でもない。もうそういう関係は超えている。

バスを降り、改札を抜け、電車に乗る。そしていつも私を壁側に寄せてくれる。そして私の前に立って守ってくれる。

多分無意識だ。でもそんな些細な行動が好きになった理由だ。

(口に出せれば良いのにな。)

ガコンと大きく揺れる。

『急停車します。急停車します。』

自動アナウンスの声と共に電車が止まる。人身事故だろうか。

「大丈夫か雪菜。」

「だい・・じょうぶ。」

優の空いている片腕で抱きしめられている形でくっ付いている。

(力強い、男の人の腕。)

顔が熱くなるのを感じ、優に見えないようにより胸に顔を当てる。

彼の体温と心臓の鼓動を感じる。

(ゆったりとした鼓動、何より暖かい。)

彼は緊張などしてないのが少しだけ残念だが、問題はそれではない。

『前方の踏切の安全が確認されましたので、運転を再会します。』

そのアナウンスと共に、小さくまたガタゴトと電車が動き出す。

「あの・・雪菜さん。」

「何か・・・あっ。」

優はもう腕は解いている。つまり今は私から彼にくっ付いている。

顔が熱くなるどころでなく、自分の体温が急激に上がる。

「あ、えと。」

もう頭も動かない、お礼を言わないといけないのに余計にだ。

「雪菜が無事で良かったわ。」

電光掲示板には次の駅が最寄り駅を示す。

「ほら降りるぞ、荷物忘れるなよ。」

「わかった。」

彼は対して気にしていない。多分私の気持ちなんて気づいていない。

そこあたりは鈍感だから寧ろ助かっているのだが。

駅から出てもまだ体が熱っているのが分かる。まぁさっきの事で原因なので仕方ない。

ここまで来ればもう同級生は優しかいない。

彼の袖を握る、昔からの癖だ。

手を握った事はあまりないが、私の優の場合はこれが握手の代わりだ。

帰り道では本当に雑談に花を咲かせた。まぁ一方的に話を聞いてただけだが。

けどそれでも時間は直ぐ過ぎるもので。

「じゃあまた明日な。」

「またね。」

家は隣同士、会おうと思えば直ぐに会える距離だ。

それでも別れの挨拶だけは絶対に伝える。

好きな人の顔を忘れない為に。


自分の部屋にカバンを置き、制服のままベットに飛び込む。

「バカ〜、私のバカ〜。」

もうちょっとこう何かあったでしょ!あんな事あったのだから。

一人でモジモジする、もうこれをずっと続けている。彼の事が好きになった日から。

「でも男の腕だったな。知らなかったな。」

あの腕でギュッとされたらどうなるのだろう。私はまともにいられるかな。

「好き。大好き。」

明日が怖い、でもそれ以上に明日が楽しみ。

大好きな人とまた会えるのだから。

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