第16話 二人旅の師弟

 最初の一日は森を出ることなく野営する事になった。

 初めての野営にワクワクしつつ、先程の話の続きを聞いてみる。


「そういえば、どうしてマルコシアスと戦った時の事を知っているの?」


 里長のマハラサ様から頂いた芋虫君に、綺麗な葉っぱを食べさせながら聞く。

 ダイダンテ様が助けに来る頃には、私の潜在魔力解放は終わっていたはずだ。


「実は、魔法の剣でインガラを呼びだしたんですよ。それで話を聞きました」


「えっ! 消えたんじゃないの? じゃあ、また私も会える?」


「いえ……、それがその時の限界で、完全に前任者の魔力残滓が消えてしまい……」


「そっかー、もう会えないのかぁ」


 マルコシアス戦の時は、完全に剣の魔力が消えた訳ではなかったのか。

 それが前回のダイダンテ様による限界で、完全に消えてしまったと。

 彼はあの場にいた人たち全員の命の恩人だ。礼くらいしたいのに。


「そうですね。特殊な召喚魔法が必要ですが、今はできません。

 しかし有益な話は聞けました。あの時のクッキーの力なら魔族とも渡り合える」


「私もそうは思うけど……」


 けれど、この三年間で相当魔法の腕を磨いたが、それでも体感であの時の五分の一程度しか力が出ない。本当に一時的に大人になった位の感じだったのだろう。

 戦闘時に発現した補正も消えてしまったし、雷身もあれ以来一度もできていない。


「まあ、簡単にはいかないでしょう。そこで、秘密兵器をゲットしに行きます」


「秘密兵器? でも、人を探しに行かなきゃいけないんでしょ?」


「ええ。一人目の探し人、薬の魔法使い、アイティア。

 彼女がいるという獣国に行く途中で、とある町を経由するのです」


「なるほど」


「経由地は冒険者の町、デルク。そこで貴方の剣を入手します」


「……私の剣? えっ!? 剣っ!? まじか、やったああああああっ!!」


 盛大にガッツポーズを決めた事で、芋虫君が吹飛んでしまった。すまんね。

 しかし嬉しい。勇者候補だというのに、魔法ばかりで剣はずっとスルーだった。

 やっぱり前世で王道ファンタジーに憧れ続けた人間としては、剣は外せない。

 

「こらこら、言葉遣いが酷いですよ。それに、使い魔も可哀そうです」


「そういえば、この子の名前は何て言うんだろう? 急に渡されたけど」


 芋虫型の使い魔は、葉っぱを食べて元気になったのか、そこらを歩き回っている。

 デフォルメされた見た目には大分なれた。まあ、ほぼポ〇モンのあいつだし。


「名前はクッキーが決めるのです。その子は、貴方の使い魔ですから」


「そっか。キャタ……、キャタピラ……。ピラ……ピラフだっ!!」


「キャタピラとは? まあ、良い名前ではないでしょうか? おそらく……」


 私が異世界のモンスターから着想したとは知らずに、ダイダンテ様はそう言った。

 そう言えば、この世界で前世の知識が生きた事ほとんど無いな。

 魔法は体系化されているし、私の場合、スキルは異能力というか追加補正だ。


「ここから剣の町までどれくらい? 獣国は?」


「冒険者の町ですよ。そちらは二週間ほど。獣国は早くて一月ですかね」


「獣国って獣人の国? アイティアって人は、獣人なの?」


「確かに獣人の国ですが、アイティアは違います。彼女は蛇女スネイキ―です」


蛇女スネイキ―?」


「はい。まあ、会えれば分かります。気まぐれな人なので、連絡は取れません」


「知り合いなの?」


「はい。彼女もそれなりに長寿ですし、度々会ってはいます」


 スネイキーという音から、何となく蛇っぽい種族だと想像は付く。

 薬の魔法使い。ダイダンテ様と同じ、二つ名付きの魔法使いは数少ないそうだ。

 称号は薬。意味する所は、回復魔法のスペシャリストといった所だろう。

 上手くいけば、一月かそこらで一人目を見つけられる。

 そうすれば、その次は遥か大陸の東側へと長旅をすることになる。


 人を探す旅をすると聞いてから、実はずっと気がかりな事があった。

 東の国を目指す道順には、デイドールの横を通っていく箇所もある。つまりだ。


「ねえ、ダイダンテ様。シーシャは、今どこにいるんだろう……」


「クッキー……。そうですね、一体、どうしているのでしょうか」


 リーラが襲撃されたあの日、デイドールも同様に襲われていた。

 デイドールも首都内に突然魔族が現れ、なす術もなく蹂躙が始まったそうだ。

 そして魔王が二人も同時に現れたとも聞く。その場に、シーシャもいたはずだ。


「我々も三年間ずっと探してきましたが、残念ながら手がかりはありません。

 彼女が自ら身を潜めているのか、それとも……」


 尻すぼみになるダイダンテ様の声。最悪の想定を、気を使って言えないのだろう。


「うん、凄く心配。……でも、分かる事もあるんだ」


「分かる事、ですか?」


「うん。これはきっと、勇者の、シーシャの子だからこそ分かる事……」


 そして、スキル『主人公』が与えた勇者補正による直感。いや、確信だ。


「シーシャは生きてるよ! これは、絶対。わたしが言うんだから間違いない!」


 ダイダンテ様はちょっぴり驚いた顔をしたが、直ぐにふっと笑ってくれた。


「ええ、そうですね。彼女は、エルフ最強の勇者ですから!」


 初日はこうして何事もなく終わった。

 夜中、寝ている時にピラフが顔面を通って行ったときは、流石に死を覚悟したが。






                  *






 翌日、私は森で遭遇した大型の植物型の魔物と戦闘していた。

 この魔物は巨大なウツボカズラみたいで、その弱点を地面に隠している。


地形変形ランドメイク! からの、火炎の牙フレイムファング!」


 地形操作魔法で地面を掘り上げると弱点の球根が現れた。

 そこを火属性魔法で狙い撃ちすると、驚くほどあっさりと巨体が崩れ落ちた。

 戦い方をダイダンテ様に教われば、今の私でも十分に魔物と戦える。


「いいですね。植物型の魔物は、地面に弱点を隠している事が多い。

 そうでなくても、地形操作で根っこをあぶり出すのは効果的ですよ」


「分かった!」

 

「ここまで四回、魔物と戦っていますが、各属性の使い分けもバッチリですね」


「ダイダンテ様のアドバイスが分かりやすいから、戦いやすい!」


 里から大分離れると、魔物が沢山出るようになってきた。

 これまでの安全圏での修行と違い、生死を分ける実戦の世界で指導してもらう。

 そんな緊張感が、私にダイダンテ様への敬意と師としての信頼を高めていた。

 ダイダンテ様が今までと違う、本当の指導をしている事も感じていた。

 魔法を覚えるためではなく、魔族や魔物と戦うための魔法を教えられている。

 それはつまり、敵の命を奪う行為を、という事でもある。


「魔族も魔物も生き物です。初めは抵抗感もあるでしょう。

 しかし、その一瞬の逡巡が、自分や仲間の死を招く。冷徹さも、時に必要です」

 

「はい!」


 その後も数度の戦闘をこなし、順調に森を歩き進めていく。

 そして歩き続けること半日、ついに森を抜ける所までやってきた。

 森の先には果てまで続く平野と、適当に整備された街道がどこまでも続いていた。


「この街道をずっと行けば、冒険者の町デルクに着きます。途中山道もありますが比較的安全です。ただ、最近は魔族の動きが活発なので、気を付けて行きましょう」


「おー、この道を……。先は長そうだね」


 街道を歩いていく途中はほとんど魔物は出なかった。

 前世では見たことない植物や生き物を楽しみながら、歩いていく。

 しかしピクニック気分を味わえるのは、翌日の朝までだった。

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