第3話 魔法の師

 シーシャが魔王討伐のために、デイドールへと発った。彼女が仕事で家を空ける事は何度かあったけれど、今回が一番危険なものになるだろう事は分かっていた。

 しかし私が不安になっていても仕方がない。今はとにかく、魔法の修行だ。


「よろしくお願いします、ダイダンテ様! まずは何をやります?」


「はい、よろしくお願いします。それでは……、クッキーとお呼びしても?」


「いいですよー!」


 ダイダンテ様は灯の魔法使いと呼ばれる超凄腕の魔法使い。長命種のエルフの中でも相当な高齢で、もはや伝説的な魔法使いと言っても良いのだそうだ。

 そんな凄い人に師匠になってもらえるなんて、私も運が良い。


「では、クッキー。まずは、貴方の素質を見させてもらいます」


 そう言うと、ダイダンテ様は私のおでこに手のひらを当てて目を瞑った。

 

「ほお……、この歳でこの魔力量ですか。質も素晴らしい。美しい青の魔力だ」


「青の魔力?」


「ええ、貴方の魔力の、いえ魂の色ですよ。それは貴方だけの色だ」


 その後も入念に私の魔法の才を調べ上げるダイダンテ様。

 羊皮紙にちょこちょこと書き込まれていく情報。まとめると。


「貴方の魔力は雷属性と親和性が高い。逆に、土属性にやや弱いですね。

 成長性はピカイチです。最終的な魔力の総量は……、膨大と言うしかない」


 概ね良い感じの評価だった。流石スキル由来の才能補正。ズルだぜ。


「シーシャ様は一目で貴方の才を見抜いたそうですね。流石です」


 魔力調査が終わったら、そこから基礎的な修行が始まった。

 まずは自身の魔力を認知する所から。それから徐々に、魔力を操る感覚を養う。

 私には師弟補正なるものが入っているのだが、そのおかげか飲み込みは早かった。


 三日ほどで魔力を操る感覚が付いて来たので、その辺りから体内で魔力を練り上げたり、体外に出す練習をするようになった。これが中々に難しい。

 そういった基礎的な魔力操作をクリアしたら、いよいよ魔法の習得に移る。

 

「魔法には自然物を扱う属性魔法と、概念や事象を操作する抽象魔法があります。

 当然、抽象魔法の方が難易度は高い。まずは属性魔法の基礎を抑えて貰います」


 属性は主なものとして、火、水、土、雷、風の五種類。まあ、よくある設定だ。

 この五種類は人類と親和性が高いので、大体誰でも基礎は身に着くのだそう。

 それ以外の属性は個人差が大きい。例えば、光、闇、鉄、氷などがそうだ。


「ねー、ダイダンテ様はどんな魔法が得意なの?」


 五メートル先の的に小さな火を飛ばす訓練をしながら、話しかける。


「そうですね。私は火でしょうか。灯の魔法使いとも呼ばれますし」


「ほえー、かっこいいね! じゃあ、シーシャは?」


「シーシャ様は光ですね。彼女はそれ以上に、剣術が素晴らしいのですが」


「それは知ってる! シーシャは勇者だからね!」


 魔法の修行を始めて一週間後、雷属性の魔法だけが顕著に伸び始めていた。

 才能補正と師弟補正のおかげなのだろう。ダイダンテ様も驚いていた。


「やはり雷属性との相性が良い。貴方の才は本物です。きっと凄い勇者になる」


「……でもさ。私はエルフじゃないし、シーシャに追い付けないんじゃない?」


 私は普通の人間に転生したから、寿命の長いエルフに追いつける気がしない。

 この世界のエルフの寿命は、長くて三千年くらいだそう。

 何でもエルフの始祖である半神半人が、三千歳の時に殺されたかららしい。


「確かにエルフは寿命が長いから、人間より長い時間魔法を極められる。

 けれど寿命が長い分、エルフは熟すのが遅い。逆に、人間は早熟なのです。

 貴方ほどの才があれば、きっとシーシャに負けない勇者になれますよ」


「なるほど……。分かった、頑張ってみるよ!」


 ダイダンテ様はにこりと笑い、私の髪をゆっくりと撫でてくれた。ちなみに私の髪は生まれつき青色なのだが、この世界の人間なら普通の事なのだろうか。


「どれ、今日の修行はこの辺にして、この後は町で遊びましょうか?」


「え、いいの? やったー! 私、リンゴのはちみつ漬けが食べたい!」


 ダイダンテ様はたったの一週間で、すっかり私の扱いを覚えたようだ。

 悩みも親身に聞いてくれるし、私もダイダンテ様の事が気に入っていた。




                 *




「ふふ、クッキーはそろそろお帰り。ここからは大人の時間さ……」


「…………ダイダンテ様はエルフのくせにエッチだ」


 町に繰り出し、好きに飲み食いをしたのち、ダイダンテ様は綺麗なお姉さんの沢山いるお店で酒を飲み始めた。ほろ酔い気分で、美しい女性たちを愛でている。

 貴方は御年数千年の大魔法使いのはずでは。

 

 まあ、鼻の下を伸ばす感じではなく、イケオジの色気を放ちながら上品に女性を愛でているから、別に嫌な感じはしないのだけど。

 もしかして、エルフは熟すのが遅いってそう言う事なのだろうか。


 英雄色を好む、の現実を見た気がした。さて、帰るか。






                 *






 シーシャは馬車に揺られながら、ロケットペンダントの中身を見つめていた。

 中には一枚の写真。クッキーこと、クインキーラ・グラムウェルの写真だ。

 しばらく真顔で写真を眺めた後、シーシャは盛大に顔面を緩ませた。


「はぁ……うちの子、マジ天使」


 シーシャはクインキーラの事を溺愛していた。


「もしクッキーが男の子なら、絶対食べてた……。ふふ」


 そんな危険な事を言う程度には溺愛していた。

 ダイダンテしかり。エルフは貞操観念が強い代わりに、性癖には正直であった。

 つまり長命かつ神性なエルフには、繁殖活動に興味のない健全な変態が多い。


「その写真は、娘さんですか?」


 シーシャと一緒に馬車に同席していた、デイドールの騎士が質問した。


「養子です。私は独り身ですが、この子は娘同然に育ててきました」


「なるほど、可愛らしい子だ。青髪ですか……、珍しいですね」


「ええ、そうですね。やはり、デイドールでも青髪は……」


「シーシャ様、到着いたしました。ここでお降りください」


 シーシャが何事か訪ねようとした時、馬車が目的地に到着した。

 促されるまま馬車を降りると、そこは古代の遺跡群のある場所だった。

 植物に覆われた、かつては栄華を極めたであろう古代都市跡地。


「ここが魔竜の出現した場所、古代マスカーナ朝跡地ですか」


「はい。魔竜は現在、賢者の施した結界に封じてあります」


 賢者とはデイドールにおいて最高位の魔法使いを指す言葉だ。


「我らが勇者、マクハイス様は先に到着しております。

 シーシャ様の準備ができ次第、結界を解いて魔竜の討伐を行います」


「分かりました。では早速取り掛かりましょう。案内をお願いできますか?」


 同伴してきた騎士は頷いて、前を歩き出した。先程と違い、仕事モードだ。

 シーシャもまた腰の剣を軽く握り、スイッチを切り替えるのだった。






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シーシャ・グラムウェルのプロフィール


出身地  エルフの国リーラ

種族   エルフ

年齢   二百歳前後(エルフに年齢を数える習慣はない)

家族構成 養子(クインキーラ)


好きな物 ブドウ酒、クインキーラ

嫌いな物 魔王、戦争


エルフの英雄。十六年前に六大魔王の一人を打倒した勇者。

両親は魔族に殺されている。エルフの中ではめちゃめちゃ若い。

クインキーラの才能を理解し、次期勇者として育て上げようとしている。

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